第二章

11 スクロール

 アンリが魔導書を読み漁り、魔法の開発に勤しむ日々が続き、双子は五歳を迎えた。


 アンリとジャヒーの必死の説得により、ドゥルジールから勝ち取った地下室もとい実験室で、アンリはジャヒーに一つの要求をする。


「奴隷が欲しい……? それは何故でしょうか?」


 大凡五歳児が欲しがる物としては少々物騒だとは思うが、慣れたものでジャヒーはまず理由を問う。


「以前僕の目標は話したよね? その目標達成に向けての重要なマイルストーンとして、回復魔法の完成が急務なんだ」


 なにせ、いくら老衰に打ち勝つ手段を見つけても、不慮の事故で死んでしまってはもとも子もない。

 そう答えるアンリに、再度ジャヒーは問う。


「アンリ様の回復魔法は既に完成していると愚考しますが」


「いや、もう少し検証しておきたいんだよね。直接的な外傷に対しては全て有効だけど、他の要因……例えば毒とか、魔法による状態異常とか、そういった要因に対して検証したいんだ」


「……以前、私が何度かそういった実験のお手伝いをさせていただきましたが……」


「あれは直接命の危険は無いからね。正直次に試したい劇薬類と魔法は、すぐに完治するか自信が無いんだよねぇ……。流石にそんな実験にジャヒーを付き合わせられないよ」


 アンリの言葉に、目を潤わせながらジャヒーは答える。


「アンリ様………私などのような者に、そのようなご配慮……痛み入ります」


 しかし、と申し訳なさそうに言葉を続ける。


「アフラシア王国といえど、奴隷は数が少なく貴重になり、当然ながら価格もそれなりとなっております。いくらアンリ様とはいえ、ドゥルジール様が五歳の子供に許可を出すでしょうか」


「それには僕も同意見でね、実はこんな物の開発にも手を付けていたんだよ」


 そう言って、アンリは一枚の丸めた羊皮紙を取り出す。


「……これは……?」


「これは……そうだね、スクロール、とでも名付けようか。このスクロールには予めヒールが発動するようにプログラミング……いや、刻印が描かれていてね。発動する分の魔力も込めているんだ。実際に見てもらったほうが早いかな……ジャヒー、悪いけどちょっと手に傷をいれてくれない?」


「御意のままに。」


 ジャヒーは携帯していたナイフを取り出し、躊躇うことなく左手の腹に突き刺す。

 今はアンリの自動回復魔法リジェネがかかっていないため、勢いよく血が流れだす。


「……結構思い切っていくんだね………」


 若干引きながらも、アンリはスクロールを手渡す。


「そのスクロールを開いてみて」


 ジャヒーがスクロールを開くと、スクロールが光り、かと思えばジャヒーの体も緑色に光りだす。


「っ! ……これは!」


 そして光が収まった時、ジャヒーの左手は完治していた。


 そしてスクロールはその役目を終えたとばかりに、熱さを感じない炎に包まれ消えてしまう。

 ジャヒーが驚愕する中、その様子を面白そうに見ながらアンリが説明する。


「魔力の無い人でも、回復魔法ヒールが使える魔道具。どう? 売れると思わない?」






 ジャヒーのお墨付きを得たアンリは、夕食の席でドゥルジールに話を持ち掛ける。


「父上、最近ポーション類の薬があまり出回らず、平民の方が特に苦労していると聞きましたが」


 まさかその様な話題が、自分の子供から持ち掛けられると思わなかったドゥルジールは、少し驚きながらも答える。


「ほぅ……よく知っているなアンリ。3年程前になるか……ポーションの原料が採れていた林が原因不明の火災にあってな……あれからポーション類は隣国から少量を取り寄せている状態だ。私たち貴族はまだいい、いざとなったら金を積んで取り寄せることができる。しかし、平民となるとそうはいかん……。平時なら生きながらえていた平民も、薬が手に入らずに亡くなってしまうケースも珍しくないと聞く」


(それって完全に俺のせいだよな……)


 罪悪感にかられるも、アンリは表情に出さないように努める。


「私は? お兄ちゃんは? だいじょうぶですか?」


 不穏な空気を感じ取ったのか、話の内容があまり分からないにも関わらず、シュマは心配になり質問する。


「大丈夫だよシュマ。先ほど父上が話されただろう? 僕たちは貴族だからどうにかなるさ。それにシュマに何かあったら、僕が絶対に助けてあげるよ」


「うん! ありがとう! お兄ちゃん!」


 シュマの天使の笑顔に癒されつつも、アンリは話を戻すためドゥルジールに向き直す。


「しかし、平民にポーションが出回らないのは、とても不憫に感じます。そこで、このような物を作ってみました」


 そういって、ジャヒーに説明した時と同じように、アンリはスクロールの説明を始める。

 ドゥルジールは半信半疑ではあるが、ジャヒーにちらりと目をやった後、自分の専属使用人に声をかける。


「おい」


 それだけで通じたのか、ドゥルジールの専属使用人である、眼鏡が特徴の使用人は席を外す。

 1分程経ってから戻ってきた使用人の隣には、あまり身なりのよくない男が付いてきている。

普段目にしたことは無い男だが、無骨な首輪が付けられているところを見ると、恐らくザラシュトラ家が所持している奴隷だろうと推測できる。


 眼鏡の使用人はナイフで奴隷の男の手を少し切る。

 当然血は出てくるが、特に気にした様子も無く、スクロールをアンリから受け取り開く。

 すると、緑色の光に包まれ、奴隷の傷は完治した。


「これは……素晴らしい……」


 ドゥルジールは驚愕し、ジャヒーに向かって話す。


「やはり貴様の血も優秀だったらしいな。もう少し重めの傷でも治るのか? このスクロールはどの程度の量が生産できる?」


 突然話を振られたジャヒーは困惑するが、お構いなしにアンリが答える。


「勿論! かなり弱めの魔力を込めているとはいえ、それなりの傷は治るようにしています。紙さえあれば、いくらでも量産可能ですよ」


 なにせ魔法の原典アヴェスターグでの産物である。アンリの魔力が続く限り、手間なく永遠に作成することは可能だ。

 アンリの魔力量にしても、今できる修練をいくらしても魔力が枯渇することは無くなっている程、無尽蔵に増えていた。

 24時間作成し続けたとしても問題無く生成できるだろう。


「では、まずは100枚程頂こうか。こちらで効果を検証した後、馴染みの商人に配り反応を見よう」


「それで……父上……。引き換えにといいますか……。もっと皆のためになるような物を開発するために、実験用の奴隷がほしいのですが……」


 アンリの提案にドゥルジールは眉を顰め考えていると、フランチェスカから援護が入る。


「平民のことも考えるなんて、アンリはとても優しいのね。あなた、今回の件がうまくいくと、あなたの財も幾分か潤うのでしょう? アンリは天才よ。いくらでも投資しておくべきと思わない?」


「おにいちゃん! 凄い! 凄い!」


「シュマ。あなたもアンリも見習って頑張りなさい」


「うん!」


 フランチェスカとシュマを見て結論が出たのか、ドゥルジールはアンリに答える。


「分かった、奴隷を買うことを認めよう。スクロールの利益の一部を小遣いに乗せる。その中で奴隷の買取を行うことで、お金の使い方も学びなさい」


「ありがとうございます! 父上! 母上!」





 この日、ドゥルジールは二つミスを犯した。


 一つは、奴隷を欲していた者を勘違いし、目的を計りきれなかった。


 二つは、自分の回復魔法の常識で考えてしまい、スクロールの検証に不備があった。

 どの程度の傷まで治るかは確認したが、どの程度の傷が治せないかは確認しなかったのだ。

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