10 side:ジャヒー 後

 私が心を閉ざしてから、凡そ5ヵ月程がたった。


 何も考えず、食事をとり、何も考えず、仕事を行い、何も考えず、寝る。

 何があっても心を動かせず、何があっても反応できない日々が続いた。


 日課であった星占術を今日も行う。

 今となっては、何のための行為か忘れてしまってはいたが、いつもと違う結果に少し目を開く。

 その結果を要約するとこうだ。


“明日、私は全ての苦悩から解放される”


 これは、一体どういうことだろうか。

 悪魔の命運が明日で尽きるということだろうか。

 それとも私が死に、天国へ行くことができるのだろうか……



 翌日、悪魔から声がかかる。


「ジャヒー。魔の森に行きたいんだけど、一緒に付いてきてくれないかな?」


 これだ。


 久々に感情の動きを感じながらも、努めて平静を装い悪魔に理由を聞く。


「……失礼を承知でお尋ねします……魔の森へ如何なる理由で訪問されるのでしょうか」


「いや、自分で作った攻撃魔法の効果を検証したくてね。検証の対象として魔物が丁度いいと思ったんだけど、他に丁度いい対象があれば教えてくれないかな」


 私の身を差し出せということだろうか……?

 いや、それでは何も変わらない。

 恐らく、外で何かが起こるのだろう。

 しかし、今から今日中に魔の森に辿り付くには、馬車の移動速度や主様の承認等を考えると、不可能だ。

 焦りながらも、これが私の人生のラストチャンスと思い、必死に思考を巡らせる。


「王都の南に少し歩けば、雑木林があります。規模が小さいので、魔の森のように多様な魔物はいませんが、そこには、少しは魔物が生息すると思われます。そちらでは如何でしょうか」


 私の案は採用され、急遽二人での外出が決まった。




--------------------




 雑木林に入った私と悪魔を待ち受けていたのは、五匹のホワイトウルフだった。


 なんで?


 なんで危険度Cの魔物が、なんでこんな町に近い林にでてくるの?

 やっぱり私が解放されるというのは、私が天国にいけるということだったの?


 それでも今よりはマシと自分を納得させて、私はホワイトウルフに向かって歩き出す。

 しかし、死ぬことができるとはいえ、猛獣に食べられるのは中々に恐ろしく、足が震えた。

 そして、ホワイトウルフ達が食事を始める。


 ぐちゃぐちゃ  ぼきぼき

 ぐちゃぐちゃ  ぼきぼき


 痛い、痛い、痛い

 とても痛いのに、とても気持ち悪いのに、やっぱり私は死ねなかった。

 自殺を図ったあの時と同じ、痛覚は確かにあるのに無傷だった。


 ぐちゃぐちゃ  ぼきぼき

 ぐちゃぐちゃ  ぼきぼき

 ぐちゃぐちゃ  ぼきぼき


 痛い、苦しい、助けて


 ぐちゃぐちゃ  ぼきぼき

 ぐちゃぐちゃ  ぼきぼき

 ぐちゃぐちゃ  ぼきぼき

 ぐちゃぐちゃ  ぼきぼき

 ぐちゃぐちゃ  ぼきぼき


 これは地獄だ。


 どうしようもない痛みと、咀嚼されているという気持ち悪さに嘔吐し、何か救いを求めて頼り振り返った私が見たものは───こちらに向かって、何らかの魔法を唱える悪魔だった。


『<ザラシュトラ家ザラシュトラ・の火葬クリメイション>』




 その瞬間、世界が燃えた。


「ああぁぁぁぁぁぁああああああぁぁぁ────────!」


 熱い、苦しい、死ぬ、死ねない

 息ができない、体が痛い、体の中が痛い、何が起こっているのか分からない


「────────────!」



 苦しい、悲鳴を上げることすらできない


 死にたい、死ねない、死にたい、死ねない


 さっきまでが地獄と思っていたのが間違いでした


 地獄より尚地獄です


 助けてください

 助けてください

 助けてください

 助けてください

 助けてください

 助けてください

 助けてください

 助けてください

 助けてください


 周りの全てが燃えている中、必死に助かる方法を探す


 助けてください 助けてください

 助けてください 助けてください

 助けてください 助けてください

 助けてください 助けてください

 助けてください 助けてください

 助けてください 助けてください

 助けてください 助けてください

 助けてください 助けてください

 誰でもいいんです、助けてください


 目についた人物に向かって歩く、歩く、歩く


 助けてください 助けてください

 助けてください 助けてください

 助けてください 助けてください

 助けてください 助けてください

 助けてください 助けてください

 助けてください 助けてください

 助けてください 助けてください

 助けてください 助けてください

 助けてください 助けてください

 お願いです、助けてください


 どうか、どうか私を助けてください



 ただただ救いを求めて歩く


 永遠に思えた炎の世界が、ついに終わる


 最悪の拷問を潜り抜け、業火を抜けた先には、一人の子供がにんまりと笑って立っていた。


 ああ、嗚呼、悪魔だなんて、とんでもない。


 悪魔なんて、そんな優しいものじゃない。


 あれは……もっと恐ろしいなにかだ……


 もう止めよう、抗うのは。


 庇護下に入ろう。そうすれば、こんなに苦しい思いはしなくて済む。




 ────ポキリッ



 いつもより綺麗に聞こえたその音は、


 紛れもなく、私の心が折れた音だった。


 気づけばすんなりと、目の前の御方に対して跪いた私は、誓いの言葉を紡ぐ。


「私の体も心も魂も御身のままに。このジャヒー、アーリマン・ザラシュトラ様への永遠の忠誠を誓います。どうか、どうか私に平穏な日々を。」


 ああ、初めからこうしておけば良かった。

 私は星占術の結果通り、全ての苦悩から解放された。

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