08 後日談
ひたすら燃える雑木林に向かって、アンリは何もしなかったわけではなかった。
しかし、アンリの想定より炎魔法の威力は数段高く、他の魔法の威力は驚くほど低かった。
渾身の魔力を注ぎ込んだオリジナル魔法<
その結果───
王都の南にあった名もない雑木林は、辺り一帯焦土と化した。
王国から数十名体制で調査が行われるも、原因はついに分からず、未確認の魔物の仕業ということで結論付けられた。
食事をとりながら、ドゥルジール・ザラシュトラは一ヵ月前の事件を考え溜息を吐く。
「あの雑木林は、平民が薬の原料をよく取りに行っていた場所と聞く。向こうしばらく、ポーション類が高騰するかもしれんな……」
ポーションが出回らなくなれば、その分ポーションを必要としていた冒険者の生存率に関わってくる。
安全のために、依頼を請け負う量が少なくなるだろう。
そうなると、冒険者組合のシステム自体が回らなくなってしまう。
そのこと自体は貴族であるドゥルジールには何も影響はない。
しかしその先を考える。
そもそも、冒険者組合とは、平民の相互扶助の考えから生まれた集まりである。
平民の中で困ったこと───例えば、近くに魔物が巣を作ったので退治してほしいとか───があれば、まずどこに相談するのか。
それは本来ルールであれば、国税を収めているアフラシア王国に相談するべきだ。
しかし、アフラシア王国に全ての依頼に迅速に答えられるリソースも無く、特に平民の依頼など年単位で後回しにされるだろう。
そこで生まれたのが、平民達で作った冒険者組合だ。
相互扶助に賛同した組合員から一律で集金し、困っている平民の依頼を解決した者に集金した一部を支払うのだ。
身分格差が大きい、アフラシア王国の平民街で生まれたこの冒険者組合システムは、他の国、大陸でも取り入れられ、冒険者組合はどこにでもある存在となった。
ドゥルジールは考える。
では、アフラシア王国で冒険者組合が回らなくなった場合、何が起こるか。
問題が解決されない不満、それは王都に向き、最悪反乱となるだろう。
ドゥルジールから見ても、今の王国は平民達の助け合いや努力の上に胡坐をかいているだけの存在に映る。
そのことに平民達が皆気づけば、全員が反旗を翻すのではないか。
「……とりあえず、税金の軽減を進言してみるか。」
不安に思いつつも、これといった解決策が思いつかないドゥルジールは、確実に却下されるであろう提案を思いつく。
ああ、そういえばとドゥルジールはアンリに声をかける。
「アンリ。そういえば雑木林が火事になった日、お前とメイドは二人で南に向かっていたな。何をしていたんだ?」
アンリは、予めジャヒーと相談し準備していた回答を思い出す。
「僕が図鑑にあった花をどうしても見たいと駄々を捏ねてしまいまして。困ったジャヒーが雑木林に行くことを提案してくれたのです。ただ、王都から出た時点で煙が上がっていたので引き返してきましたが」
言葉が通じないと不便な部分は多岐にわたる。
そのことを色々と実感していたアンリは、最近は大人と同様に話すようにしていた。
そのせいで神童ともてはやされ、小恥ずかしい思いをしているが、それはまた別の話だ。
「あの日、メイドの服装が出た時と変わっていたと報告があったが」
「いつもお世話になっているジャヒーに、僕から服をプレゼントしたのです。ほら、今ジャヒーがつけている髪留めもその時に同時にプレゼントしたのですよ」
ジャヒーの髪を一瞥すると、ドゥルジールは納得したのか、優しい声色に変化する。
「本当に巻き込まれなくてよかった。お前を失っていたらどうなることかと……お前は私の宝だ」
ドゥルジールの言葉にフランチェスカも重ねる。
「えぇ……本当に。アンリは私たちの宝よ。ちょっと前まではあなたはよく泣いていたけど、私が回復魔法をかけてからは全く泣かなくなったの。多分どこか怪我をしていたのね。あの時まで気づかなくて本当にごめんなさいね」
「いえ、母上。その時のことは覚えていませんが、僕を産み、育ててくれている。そのことだけで、どれだけ感謝をしても、恨むことなど決してありません」
「アンリ……あなたは本当にいい子ね。それに比べて……」
フランチェスカはアンリの隣で食事をしているシュマを見る。
シュマはまだ一人で食べることに苦労しており、ボロボロとご飯を落としている。
そしてフォークを机の下に落とすと声をあげる。
「ママー、とってー」
フランチェスカは溜息をつくと、ジャヒーがフォークを拾う前に声をあげる。
「あなた。シュマに拾わせなさい。何時までも甘やかしていては駄目よ」
(鬼か。まだシュマは2歳だぞ。俺もだけど)
そこで、アンリはフォークを拾い、ナプキンで汚れをとりシュマに渡す。
「あいっとぅ」
シュマから言葉足らずのお礼を言われ、アンリは破顔する。
(あぁ、やっぱり子供はこのぐらいの時期が一番可愛いなぁ)
その様子を、フランチェスカは仕方ないと見守るのだった。
「ジャヒー、嘘をつく必要はあったのかな。正直に話しても良かったんじゃない?」
食事が終わり、シュマをいれて三人になったところで、アンリはジャヒーに問う。
「なんなら、魔法を使えることを証明すれば、家庭教師を雇ってもらえるかもしれないよ」
アンリの疑問にジャヒーが答える。
「なりません、アンリ様。もう少し自分が異常ということをご認識ください。そもそも、普通なら魔法が使えるわけが無いのですよ」
ジャヒー曰く、魔法はどんなに天才、神童と呼ばれる者でも十歳からしか発動できないらしい。
過去をどれだけ遡っても、ただの一人の例外も無い、この世界のルールなのだそうだ。
それならば一体アンリはなぜ魔法が使えるのか。
(転生者特典とか……そんなのか? まぁ理由の検討もつかないし放っておくか)
「でも実際に魔法が使えるから仕方ないじゃないか。僕は今のうちにちょっとでも魔法の理解を深めたいんだ」
「アンリ様……。アンリ様のその探求心、感服いたします。しかし……今魔法が使えることを公にするのは危険です。七歳や八歳であれば、もしかしたら神童と呼ばれ、初の十歳未満魔法使用者として称えられるかもしれません。しかし……アンリ様はまだ二歳なのです」
ジャヒーは言葉を続ける。
「主様達は勘違いしておられますが、普通の二歳はシュマ様のように、まだ満足に会話することも難しいのです。魔法を使える二歳が居ると噂になれば、聖教会から異端審問官が派遣され、最悪魔女狩りとなる恐れもあります」
「聖教会ねぇ……。名前を聞くだけで面倒そうな組織だね。分かったよジャヒー、色々と考えてくれてありがとう」
「私のほうで魔導書を搔き集めて参りますので、どうかそちらで魔法へのご理解をお深めください。それにしても、アンリ様。一体なぜそこまで魔道を追求するのですか?」
「んー……どうしても直したい病があるんだよ」
「アンリ様でも治せないのですか? それは一体……」
アンリは二歳とは思えないような、野望に満ちた笑顔で答える。
「タナトフォビア。それが僕が治したい病の名前さ。絶対にこの病を治してみせる。その為の指針はある程度たっているからね。ジャヒー、僕に付き合ってくれるかい?」
ジャヒーは跪き、どこか吹っ切れた笑顔で答える。
「御意にござります。この身は足の爪から髪の毛の一本までアンリ様の物でございます。この魂は未来永劫アンリ様に捧げております」
二度目の生を受けた男は、不老不死を目指す。
その先は、星占術であっても未だ予測はつかないだろう。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます