07 魔法の検証2

 アンリとシュマは2歳になった。

 その頃には、アンリとシュマは歩けるようになっており、簡単な言葉を話せるようになった。

 アンリは表向きはシュマに合わせるものの、以心伝心のジャヒーに対しては素の自分のまま接するようになっていた。


 そして、夜な夜な行う魔法修練は常に継続しており、アンリの魔法量は底を付くのが難しいほど増加し、アンリの魔法の原典アヴェスターグにプログラミングされた魔法は2桁となった。

 そこで、またアンリは課題に直面していた。


(回復魔法は自分を対象として発現できるけど……攻撃魔法は誰を対象とすれば……いくら何でもジャヒーに頼むのは人でなしの所業だしなぁ……)


 それは、作り出した攻撃魔法の検証だった。

 家の中で下手に発動しようものなら、屋敷に傷がついてしまう。

前世で30年ローンを組み一等地に家を建てたアンリにとって、室内での魔法の検証には強い抵抗があった。


 そこで、何か攻撃魔法を検証できる対象がいないか調べたところ、今世には魔物と呼ばれる存在がいることを知った。


───ゴブリン、オーク、オーガ、ドラゴン


 前世のゲームでそう呼ばれるモンスターと、特徴が一致している魔物が今世では存在していた。

 そして、その魔物の一部は、王都から馬車で二日程で到着する、魔の森と呼ばれる地帯に複数生息しているらしい。

 そこで、アンリはジャヒーに懇願してみる。


「ジャヒー。魔の森に行きたいんだけど、一緒に付いてきてくれないかな?」

「……失礼を承知でお尋ねします……魔の森へ如何なる理由で訪問されるのでしょうか」


 魔の森へ向かうことは、戦闘能力を持たない使用人にとっては忌避されることなのか、警戒心を露わにしてジャヒーが質問する。


「いや、自分で作った攻撃魔法の効果を検証したくてね。検証の対象として魔物が丁度いいと思ったんだけど、他に丁度いい対象があれば教えてくれないかな」


 アンリの答えにジャヒーは熟慮する。

 そして、アンリが諦めようと思った時、ジャヒーから代替案が出される。


「王都の南に少し歩けば、雑木林があります。規模が小さいので、魔の森のように多様な魔物はいませんが、そこには、少しは魔物が生息すると思われます。そちらでは如何でしょうか」


「いいね! 別に多様性を求めているわけじゃないんだ。そこに行こう」


 斯くして、アンリとジャヒーの日帰り二人旅が決定したのである。




 ───そして当日、アンリは興奮していた。


 思えば、アンリが二度目の生をうけて、初めての王都外への外出である。

 また、同行人がジャヒーだけということもあり、幼児のふりをする必要もなく、割と素の自分を出せるのだ。

 なんならデートのような感覚でいた。


(流石に2歳では口説くのも難しいよな……まぁ、LoveじゃなくLikeの関係でも良しとしよう)


 馬鹿なことを考えながら、雑木林の中を二人で歩いていく。

すると、草むらから物音が聞こえた。


(ファンタジーで最初に登場するモンスターの定番といえば、スライムかゴブリンと決まっているが……さて、何がでてくるか)


「グルルル……」


 草むらから出て来たのは、前世では見たこともない、全長2メートル程の白い狼だった。

 それも五匹である。


 ───ホワイトウルフ。

その屈強な体と、常に群れて行動する厄介さにより、危険度はCと定義されている。

 危険度Cとは、ベテランの冒険者と呼ばれる争いごと専門の者が、4人程のチームで倒すことが妥当とされている程度である。

 つまり、別段闘争の能力を持たない使用人と、歩けるようになったばかりの赤子では、逆立ちしてでも勝てない相手であり、ホワイトウルフにとって美味いか不味いか、ただそれだけを考える間柄であった。


 思ったより屈強そうな魔物が複数でてきたことにより、アンリは少し焦りジャヒーの顔色を伺う。

 そこには、アンリより更に真っ青になったジャヒーがいた。


(最初は弱い魔物っていうのは物語かゲームだけか! さて、どうしたものか……)


 アンリの考えがまとまるより先に、ジャヒーがふらふらと前に歩いていく。

 だが、その怯えたジャヒーの様子を見れば、何か策があるというよりも、ただ献身的にアンリより先に餌になろうとしていると推測するのは容易いことだった。


(ジャヒー……そこまで俺のことを思っていてくれたなんて……いいやつ過ぎるだろ!)


 ジャヒーに向かってホワイトウルフが殺到する。


(ジャヒーをやらせてたまるか!)

『<自動回復魔法リジェネ>!』


 寸でのところで、アンリはジャヒーに魔法をかける。

 アンリの魔法により、五匹のホワイトウルフが襲い掛かっているとしても、ジャヒーが死ぬことはないだろう。

 現に、ホワイトウルフ達は、噛み千切ったはずのジャヒーが存命し、ましてや自分が咥えている右腕がジャヒーに未だ存在していることに戸惑いを覚えているように見える。


 ただ、5匹全てがジャヒーに向かうのではなく、一匹はアンリに向かってきていた。

 アンリは前例を見ていたことから、自分が絶命することはないと悟り、大人しく左腕を差し出す。

 ホワイトウルフの牙は恐ろしく鋭利で、2歳児の腕など豆腐を掬い取るように簡単に持って行ってしまった。


 ──無論、予め自身に魔法をかけていたので、痛みを感じる頃には、アンリの左腕は完治しているのだが。


 アンリは思案する。

 どの魔法を試すべきか。

 丁度群れの中心にはアンリの左腕を加えているホワイトウルフがいる。

 ならば、選ぶ魔法はこれしかいない。



 アンリにとって、攻撃魔法の作成はサンプルが無く困難を極めた。

 そこで参考にしたのは、前世の記憶だ。

 前世の記憶といっても、前世には魔法が無かったため、アンリが参考にしたのは骨董品の漫画であった。

 何十年も前の漫画だが、単純がゆえに奥が深いストーリー。

 熱いキャラクター達それぞれの生き方は、アンリにとって間違いなくバイブルとなった。


 そんな漫画の中で登場した敵の技の中に、自分の体の一部を媒介にして炎を生み出す技があった。

 自分の体を代償に相手を燃やし尽くす炎を生み出す。

 そんな浪漫溢れる技を、アンリは使ってみたいと思い、魔法の原典アヴェスターグに作成していた。

 その魔法の名は───


 『<ザラシュトラ家ザラシュトラ・の火葬クリメイション>』


 ホワイトウルフが咥えている、アンリの千切れた左腕を中心に、高温の炎が生まれる。


 アンリにとって予想外だったことがある。

 それは、ザラシュトラ家の血筋である。

 アンリにとって左腕を媒介にしたのは、前世の漫画を参考にした、ただの浪漫である。

 代償を払えば威力が高まると、単純に考えたがうえでの方法であった。

 しかし、アンリの得意魔法は回復魔法だが、アンリの家、ザラシュトラ家が代々得意としてきた魔法、それは炎の魔法だった。

 何時からか、ザラシュトラ家の肉体には炎の魂が宿ると言われている。

 そして、炎の魂を宿した体を媒介にしての炎魔法。その結果は───



 ───ジュッ


 ホワイトウルフ5匹は、バターがフライパンの上で溶ける様子を十倍速で見たように、悲鳴をあげる間も無く蒸発した。

 想定より何十倍も上だった威力の手ごたえを感じ、アンリは焦る。


(ジャヒーは無事か!? 強めにリジェネをかけていたが……)


 地獄の業火のような景色の中で、ジャヒーを注視する。

 すると、肉が溶け、骨が溶けるも、アンリ自身の一番得意とする回復魔法により、何とか生きながらえている様子が伺える。


 そして、肉がついている時間より、骨だけの時間のほうが長いかもしれない足を懸命に動かし、ジャヒーは炎の無い地帯、アンリの前に辿り付く。


(ジャヒー! よかった、無事だった! 思ってた結果とは少し違ったけど、絶対絶命のところを助けたんだ。下手したらLoveな展開もあるんじゃないのか!?)


 ジャヒーは、アンリの前に跪き、口上を述べる。


「私の体も心も魂も御身のままに。このジャヒー、アーリマン・ザラシュトラ様へ生涯の忠誠を誓います。どうか、どうか私に平穏な日々を」


 これまた想定より斜め上なジャヒーの口上に、アンリは顔が少しひきつる。


(いや、別にそこまで感謝しなくても……。そんなに怖かったのにホワイトウルフの前に立つなんて、ジャヒーいい子すぎるだろ……)


 そんなことを考えながら、アンリはジャヒーに声をかける。


「あぁ、ありがと……。その名前は好きじゃないから、僕のことは親しみを込めてアンリと呼んでよ。あと……とりあえず、早めに逃げない?」


 ジャヒーの後ろでは、地獄の業火の如く、勢いよく雑木林を燃やす炎が広がっていた。

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