06 魔法の検証1
なにせ、サンプルとなる魔法は<
現時点で作成できた魔法は<
<
一見、非常に有効な魔法にみえるが、常に<
魔力を多く使う分、将来的に魔力量の増加に繋がるので、アンリにとっては一石二鳥の魔法だった。
消費魔力量の効率上げや、回復効果の上昇については今後の継続的な課題である。
ちなみに、<
<
やはり、実際の怪我を治さないと回復効果が実感できず、魔法の錬度の向上を見込めないからである。
また、何もしていないと死について考えてしまうアンリにとって、ひたすら指を折り続ける作業は、一種の精神安定剤のようになっていた。
そして今、アンリはある悩みを抱えていた。
(母の<
それは、これまで骨折を癒すことしか試していないことだ。
赤子であるアンリの周りには、当然刃物や鈍器などあるはずもなく、また自身の力量を鑑みると、自傷行為は骨折以外の選択肢が無かった。
母であるフランチェスカの回復魔法を参考にしているとはいえ、自分の魔法が骨折以外の傷害に対応しているのかには不安があった。
(いざ刃物で斬られたり銃で撃たれた時に回復機能が働かなかったらと思うとゾッとする……何かいい方法はないかな……)
そんなことをアンリが考えていると、ふと人の気配を感じる。
無論、隣のベッドにいるシュマとは別の人の気配だ。
(あぁ、もう朝食の時間か。お、ジャヒーだ。体調は治ったのかな……。少し顔色が悪いな……)
一週間ぐらいジャヒーの姿を見ていなかったが、久々に見たジャヒーは少し頬がこけており、お世辞にも全快したとは言えなさそうだ。
『<
そこでアンリはジャヒーに気づかれないように、自分で生み出した魔法をジャヒーに唱える。
しかし、ジャヒーの顔色が回復することは無かった。
(効果が無い! やはりこの魔法は骨折しか対象じゃないのか……?)
アンリは自分の魔法の効力に疑問を持ち、強い焦りを感じた。
(試したい……骨折以外の傷へ試したい……)
アンリは焦っている中、ジャヒーが押してきたカートの上に、いつもは無かった銀色の輝きを見つけた。
(あれは……ナイフだ! これはチャンスだ! 切創に対しての魔法の効力を確認したい!)
しかし、まだ幼いアンリではナイフまで手が届かない。
そこで、アンリはジャヒーに協力を仰いでみることにした。
『すみません。そこのナイフで僕を刺してくれませんか?』
今世の言葉は理解はできるが、発音がまだ難しいアンリは、日本語でジャヒーに話しかける。
生後1年も経っていないことを考えると、十分にありえない光景ではあるが、自分の魔法の検証が現在の第一優先となっているアンリにとって、なりふり構っていられなかった。
赤子が意味の無い言葉を発しているだけと思ったのか、ジャヒーは特に動揺した様子もなく、アンリを一瞥する。
『腕を軽く刺すだけでいいんです。』
アンリの日本語が通じたのか、ジャヒーはナイフに手を触れ悩んでいる様子だった。
(通じているのか……? やはり産まれてからずっと一緒だっただけはある。以心伝心というやつか! しかし、流石に本人に頼まれたからといって赤ちゃんの腕をナイフで刺せ、というのは無理があるか…?)
『大丈夫です。多分すぐに傷は癒えるはずなんです。どうか! どうかお願いします! ナイフで僕を刺してください!』
少し熱くなり、アンリの声が大きくなる。
それでもまだ悩んでいるジャヒー対し、アンリは少し苛立ちを覚える。
『僕を刺せ! 頼む! 僕を刺すんだ!』
アンリの声色が懇願から恫喝に変わった時、ジャヒーはナイフを手に取り、勢いよくアンリの喉元に突き刺した。
そして、ナイフを刺した傷から勢いよく血が──出なかった。
出血よりも先に、アンリの傷が癒えたのだ。
<
(骨折以外でも効果があった! 成功だ! オリジナル魔法の作成は成功していた!)
その後も、アンリの意図を組んだかのように、ジャヒーは何度もナイフをアンリに突き刺すが、その全てにおいて、アンリの魔法は成功していた。
『回復の速さも申し分ない。まさか出血すらしないとは思わなかった……。嗚呼、ありがとう。できれば切創以外も試したいんだけど……』
酷だとは思いつつ、アンリはジャヒーに更なるお願いをする。
すると、ジャヒーは窓元に置いてあった花瓶を手に取り、アンリの頭に叩きつける。
───ガシャンと音が鳴り、花瓶が割れる。
花瓶が割れて尚、アンリは無傷だった。
(裂創と挫創も大丈夫か……おそらく全ての外的要因の創傷は大丈夫そうだな……いや、油断は禁物だ。全ての創傷を試さないと…)
アンリがそのようなことを考えていると、複数の人の気配と音を感じる。
花瓶が割れた音を聞きつけ、アンリの部屋に人が集まってきたのだ。
複数の使用人が集まり、何があったのかと困惑する中、この邸宅の主人がついに姿を現す。
「騒がしい! 何があった!」
アンリの両親であるドゥルジール・ザラシュトラとフランチェスカ・ザラシュトラである。
フランチェスカがアンリに駆け寄り、何があったのかと困惑している中、ジャヒーは泣きながら跪く。
「も、申し訳ありません! 許されないことをしたのは重々理解しております! 仕方が無かったのです! 何卒、何卒! 命だけはお助けを……っ!」
これにはドゥルジールも困惑した。
一体何が起こったのか、事態の把握に努める。
アンリが濡れていることと、近くで花瓶が割れていることを考慮すると、恐らく花瓶をアンリの近くで落としてしまったのだろう。
しかし、一歩間違えれば花瓶はアンリに当たり、大事となっていたかもしれない。
「貴様か……以前アンリのことを悪魔と呼んだらしいな……今回の失態といい、最早貴様はザラシュトラ家にとって不要だ」
この展開に焦ったのはアンリだった。
(そうか、自分のことに精一杯でジャヒーの処遇を考えていなかった! ここまで以心伝心のジャヒーが別の人と交代してしまうのはあまりに惜しい! そして何より、どうせ面倒を見てもらうなら美人がいい!)
今は不自然に痩せているとはいえ、それでもジャヒーは美人だった。
そして、通じないはずの言葉で、ここまで意思が通じたことで、ジャヒーは唯一無二の存在に思えた。
そこで、アンリは精一杯の助け舟を出すことにした。
「じゃひー、じゃひー」
その場にいた皆が声の主に注目する。
そこには、笑顔でジャヒーを見つめるアンリの姿があった。
「貴様……名前は何だったか……」
ドゥルジールがジャヒーに問うも、ジャヒーは恐怖とパニックの震えにより、歯をガチガチと鳴らすのみだった。
これでは失礼にあたると、別の使用人が答える。
「主様、この娘の名はジャヒーと申します」
ふむ、とドゥルジールは思案している中、フランチェスカが声をかける。
「あなた、失敗は誰にでもあるわ。今回のことはアンリとシュマに直接危害があったわけではないのだし、不問ということでよろしいじゃない。それに、アンリがこんなに懐いているのよ。彼女を解雇するなんて、アンリが可哀そうだわ」
「……あぁ、フラン、お前の言う通りだ。私も同じことを考えていたよ。メイド、貴様の今回の失態は不問とする。今後もアンリを頼むぞ」
アンリにとって最高の結末を迎えたその場から、次々と人が解散していく。
そんな中、ジャヒーは最後まで跪き、肩を震わせているのであった。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます