05 魔法との出会い4
1ヵ月程たった。
魔法が使えた日から、アンリの生活スタイルは変わった。
自分が産まれて1年も経っていないことを考えると、流石に人の目につくところでの魔法練習は、あまりに奇異に映ると思い自重した。
そのため、皆が寝静まる夜がアンリにとっての魔法の練習時間となり、それ以外の時間は体力温存のため、なるべく大人しくしていることにした。
この1ヵ月、死へ抗う術の一端に触れることができたからか、特に泣き叫ぶこともなく、冷静に周りを観察できた。
その結果、完璧にとは言わないが、日本語ではない今世の言葉をある程度理解していた。
「アンリ様、シュマ様、ご飯の時間ですよ~。色んな物を裏ごししてきましたよ~。お気に入りはありますか~」
今日はあまり見慣れない使用人から、アンリ達双子は食事の世話をしてもらう。
母乳では物足りないと、常々感じていたアンリにとって、最近になって離乳食が出てきたことはありがたかった。
どの食材も新鮮であり、食事の大切さを分かっているアンリは、使用人に促されるがままに食事を進める。
「アンリ様よく食べますね~。偉いですね~。ジャヒーが体調を崩しちゃってごめんね~。今日は私で我慢してね~」
(いつもの人はジャヒーって名前なのか。体調を崩したって大丈夫なのか……? 回復魔法をかけてあげたいところだけど……風邪とかに回復魔法って聞くのか……?)
アンリにとって、産まれた時から常に世話をしてくれていたジャヒーは、いっそ母よりも信頼のおける人間となっていた。
故に体調を崩したと聞くと心配になり、何もできない、歩くこともできない自分に苛立ちを覚えた。
「それにしても……こんなに可愛い子を悪魔だなんて……。ジャヒーはひどい娘ですね~」
アンリがジャヒーのために何かできることはないか、と考えながら食事している間、代理の使用人はアンリとシュマの可愛さに癒されるのであった。
──夜。アンリにとっては、魔法練習の時間。
この日も、アンリは黙々と指を折り、回復魔法を唱える。
ポキッ
『我が祈りで体を癒せ<ヒール>』
ポキッ
『我が祈りで体を癒せ<ヒール>』
ポキッ
『我が祈りで体を癒せ<ヒール>』
機械的に指を折り、魔法を唱える。その作業には一部の無駄も無く、職人の技と言っても差し支えない程となっていた。
最早、指を折って魔法を唱えているのか、魔法を唱えて指を折っているのか、アンリ自身でも分からない程だ。
この半年間、指を折り続けて分かったことがある。
それは、人の指は割と簡単に折れるということだ。
少しコツを掴めば、自分の体重を利用しなくても簡単に自分の指を折れるようになった。コツとは、思い切りの良さである。
そして、魔法を唱え続けてきて、分かったことがいくつかある。
一つ目、魔法を使えば使うほど、自身の魔力は増える。
魔法が使えた当初は、慣れていない一連の作業でも、一時間を待たずして魔力が空になった。
しかし、今では簡易な回復魔法だけでは、朝の光を感じるまで作業を行っても魔力は底をつきなかった。
となれば、0歳で前世の記憶を持ち、自身の魔力量の増加のために修練を積めるというのは、何事にも代えがたいアドバンテージとなるだろう。
将来、死を超越する魔法が、どれ程魔力を消費するか分からない。
ならば、今は少しでも多く魔力量を上昇させるべきだろう。
二つ目、詠唱には、定められたキーワードが入っていれば、魔法は発動する。
母が唱えていた詠唱は、『我が祈りを力に変えて、其の肉体を癒しなさい。』だったが、何度も試すことで、『我が』『祈り』『肉体』『癒す』の類似キーワードが入っていれば、何も問題なく回復魔法が発動した。
これにより、詠唱の短縮に成功し、更に効率のよい指ポキ作業を行うことができた。
三つ目、詠唱は、魔法と術者を繋ぐインターフェースに過ぎない。
詠唱を行ったとき、自分の魔力がどこか違う場所へ向かい、その場所で生成された魔法が返ってくる感覚があった。
魔法という事象を成立させているのは、詠唱を唱えた者ではなく、何か他のもの──例えば、世界の核のようなもの──が行っているのではないかと想像された。
詰る所、詠唱とはAPIのような物なのだ。
人間というアプリケーションから、世界の核に存在すると思われる魔法を成立させるプログラムに繋ぎ、魔法が提供されている。
勿論、厳密には違うのかもしれないが、アンリにとっては魔法はそのように理解できた。
そして、それが分かったことで何ができるかといえば───
『生成─<
「………できたっ!」
詠唱の破棄と、オリジナル魔法の作成である。
従来の魔法の発動を世界の核が行っているのであれば、世界の核と同じ機能をアンリが作ればいいのである。
世界の核の代替えを生み出すなど、この世界の人間からしたらあり得ないことではあるが、前世でAWSやAzureといったメガクラウドの改修と統合を一任されていたアンリにとっては、特別課題のない作業であった。
前世の記憶が有り、魔法への固定観念が無い、アンリだからこその発見だった。
アンリが夢見た、不老不死への階段の一段を、確実に上がっている実感を感じるのであった。
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