04 魔法との出会い3

 母であるフランチェスカの魔法を改めて見たアンリは、皆が寝静まった夜、同じ魔法を試すことにした。

 あの時、フランチェスカをよく見ていると、確かに魔力の流れを感じ取れた。


(産まれてから前世では無かった何かを感じていたけど……これはWi-Fiじゃなく魔力だったんだ……)


 そして、母よりは微量とはいえ、自身にも魔力の流れを感じ取れた。

 なので、アンリは自分にも同じ回復魔法が使えると予想していた。


 回復魔法を使う前準備として、自身の体重を頼りに、人差し指を折る。


 ───ポキリ


 痛みと緊張から汗が大量に流れるが、死なない糸口を見つけたアンリにとって、そんなことはどうでもよかった。

 夜まで心の中で何回も唱えた、アンリにとっては言い慣れた日本語で詠唱を行う。


『ああいのいを力にかえて、そのにくたいを癒しなあい<回復魔法ヒール>』





…………





………………





………………………………




 不発であった。


(使い慣れた日本とはいえ、なかなか舌が回らないな………)



『あらいのいを力に変えて、そのにくあいを癒しならい』

『あがいのひを力に変えて、そのにくさいを癒しない』

『らがいのりを力に変えて、そのにくあいを癒しならい』



 折れた指が痛むが、死が控えた未来よりはましと、前向きか後ろ向きか分からない考え方で、必死に何度も練習する。



『我が祈りを力にかええ、そのいくあいを癒しならい』

『我が祈りを力にかえて、そのひくあいを癒しなさい』

『我が祈りを力にかええ、そのにくあいを癒しならい』





 ───そしてついに


『我が祈りを力に変えて、其の肉体を癒しなさい<回復魔法ヒール>』


 魔力の動きを感じる。

 詠唱をトリガーにして、自分の魔力が体から放出される感覚。

 しかし───


(なぜ発動しない!!)


 またも魔法は不発に終わった。魔法が発動する一歩手前で魔力が霧散したのだ。



『我が祈りを力に変えて、其の肉体を癒しなさい<回復魔法ヒール>』

『我が祈りを力に変えて、其の肉体を癒しなさい<回復魔法ヒール>』

『我が祈りを力に変えて、其の肉体を癒せ<回復魔法ヒール>』

『我が祈りを力に変えて、俺の肉体を癒せ<回復魔法ヒール>』

『我が祈りを力に変えて、俺の肉体を癒せ!<回復魔法ヒール>!』


 何度詠唱を行っても結果は同じだった。

 そして自身の魔力が尽きたのか、魔力の放出される感覚すら無くなってくる。

 段々と、酷い車酔いのような気持ちの悪さに襲われる。


「は……はは………」


 絶望だった。


 自分の魔力は感じていた。

 決して魔法を全く使えないというわけではないはずだ。

 しかし、魔法の発動を拒否された感覚がある。


(回復魔法に適性がない……?)


 不老不死に近づくには、まずは回復魔法と考えていた。

 いくら地獄の炎を再現しても、いくら銀色に輝く氷の世界を作り出しても、死が相手では何も意味がない。


(ふざ……けるな……っ!)


 死に抗う方法があるかもしれないと思ったところでこれだ。

 大事なところで梯子を外されたのだ。

 いつもなら、死からは逃げることができないと、抜け出せない世界という迷路で膝を抱える子供のように、悲観しパニックになるところだ。

 ただ、この時アンリが抱いた感情は、純粋な怒りだった。


(使わせろ……! 俺に回復魔法を!)


 迷路の出口が分からなければ、迷路の壁を壊せばいい。

 世界という迷路をぶっ壊せばいい。


(こんな世界……ぶち壊してやる!)


 アンリの感情が真っ黒な怒りで埋め尽くされた時、尽きたはずの魔力が胸の内から暴れだすのを感じた。


(魔力がまだ残っていたか……? 今なら……いける!)


『我が祈りを力に変えて、其の肉体を癒せ! <回復魔法ヒール!>』

 途端、昼に見た光景と同じく、淡い緑に光る。

 そして、光が収まったころには、アンリの人差し指の骨折は完治していた。


(…………)


 痛みは完全に無くなったわけではないが、それでも骨折が3秒程で治るという、前世では決してありえなかった事象。


(…………)


 自分が唱えた回復魔法にも関わらず、自分の理解の範疇を超えていて、実感するのに骨折が治った時間の数倍を要した。

 そして───


(うおおお! きた! きたよ! 俺にも回復魔法が使えた!)


 喜び、ただただ、ひたすらに歓喜した。

 そして、魔法への理解を深めるため、自分の魔法を実感するため、何度も何度も魔法を唱える。

 魔法の効果を確認するため、何度も何度も指を折る。

 その行為は、アンリの魔力が尽き、意識を失うまで続くのだった。

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