第一章
01 悪魔が生まれた日
アフラシア大陸に存在するアフラシア王国。
大陸と国の名前を鑑みれば、アフラシア王国がどれ程の影響力を持っているか計り知ることができるだろう。
そんな王国に存在する王都マーズダリア。
王都の中心にある貴族街の外周は、石造りの外壁で囲まれており、他の地区とは一線を画している。
その壁の内外では確実に貧富の差が存在し、外の人間に対し、「住む世界が違う」と壁が突き放している様だった。
そんな壁の内側の世界、所謂勝ち組の世界の邸宅で、今一つの命が──いや、予定を変えて二つの命が──産まれようとしていた。
「奥様! 頭が見えてきました! もう少しです!」
以前経験があったので立ち合いを命じられた使用人のジャヒーは、ザラシュトラ家の奥方であるフランチェスカ・ザラシュトラへ声をかける。
(星占術では双子では無かったのに……っ)
立ち合いの経験があるとはいえ、双子の出産は初めてだったジャヒーは内心焦っていた。
一介の使用人であるジャヒーと、ザラシュトラ家では石壁が無くとも身分の違いは明白だ。
万が一フランチェスカと産まれてくる二人の子供に大事があれば、一使用人に過ぎないジャヒーの処遇など考えるまでもなくお先真っ暗だろう。
とにかく無事に今日を終えようと、胃が痛くなりながらも必死になる。
加えて、ジャヒーにとってのイレギュラーが発生する。
強く扉を開ける音に続いて耳に聞こえたのは、更に大きな声だ。
「フラン! 生まれたか!? 男か!? 女か!?」
ザラシュトラ家当主、ドゥルジール・ザラシュトラの登場である。
(いつも仕事で家にいない当主様がなぜ……っ! これでは小さなミスも許されない……!)
人に見られてパフォーマンスが上がる人、下がる人。
世の中には様々だが気の弱いジャヒーは典型的な後者だった。
「………っ!! ふぅ………!!!」
フランチェスカが出産のため答えられないと判断したドゥルジールは、代わりにジャヒーに声をかける。
「メイド! 状況を報告せよ! いつ生まれる!?」
この大事な時に無茶ぶりである。
(普段は思慮深い当主様が……こんなに興奮されているのは初めて見るっ!)
「もうすぐです! 奥様も尽力されております! どうかお声掛けお願いいたします!」
助産に集中したいジャヒーは不敬とは思いつつ短く答える。
そして一人目が産まれた時、この日一番のイレギュラー──ジャヒーにとっては二番だが──が起こる。
「黒髪? そんな……」
ジャヒーは困惑する。
『黒髪の子は悪魔の子』
地方により程度の差はあれ、そういった言葉が出てくるぐらいには黒髪は特殊であった。
(当主様も奥様も金髪なのに……何故? 当主様のご両親にはお会いしたことは無かったが黒髪だった……? それとも隔世遺伝……?)
ジャヒーの実家ではその考えは根強いほうだった。
そのため、様々な思考が巡りジャヒーの手が止まるが、ドゥルジールが声を荒げる。
「メイド! つまらん迷信を考えずに手を動かせ!」
「申し訳ありません! 奥様! お二人目ももう産まれます! もう少しです!」
二人目は両親と同じ金髪だったことにジャヒーは少し安堵したが、黒髪の悪魔の出産に立ち会った今日という日は、ジャヒーにとって忘れることのできない日となった。
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