02 魔法との出会い1

 アーリマン・ザラシュトラ


 それが二度目の生をうけた男の名前だった。

 再び込み上げてきた死への恐怖からか、幼くなって心も体に引っ張られたのか、産まれてからこの方、男は通常の赤ちゃんと同等、いやそれ以上に泣いた。

 恐怖とパニックから、男は最初に自殺を考えた。

 しかし、幼い体ではどうあがいても死ぬことはできなかった。

 授乳をいくら拒否しても、寝ぼけている時に無理やり授乳させられた。

 渾身の力を使ってうつ伏せになることに成功しても、常に使用人が監視しており結局失敗に終わった。




 3か月ほど経ち、死が怖い自分の心と、生後の自分の行動に矛盾を感じる程度には冷静になった頃、アーリマンという自身の名前が分かり、男は落胆した。


(アーリマンって……今にも死にそうな名前じゃないか)


 それは前世の記憶。

 ネットオークションで買った骨董品のゲーム。

 一部ではマニアが多く、高額で取引されるタイトルだが、運が良かったのか9作目を安価で入手することができた。

 昔のゲームと馬鹿にしていたが、実際にプレイすると中々に面白く、男に骨董品趣味を目覚めさせた契機となったゲームである。

 うろ覚えではあるが、アーリマンとはそのゲームにでてくる一つ目の雑魚キャラで、何のとりえも無く主人公達に狩られる存在だった。


(俺からしたら嫌悪感のあるキラキラネームだ……正直改名したいがせっかく親から貰った名前だし……。アーリマンの短縮形は……アンリ、かな)



 ──ふと隣に目を向ける。


 アエーシュマ・ザラシュトラ


 アンリの双子の妹にあたる女の子だ。

 生後三か月というのに多めの髪は鮮やかな金色で、母であるフランチェスカによく似た大きな碧色の目を見れば、将来は美人になるかもと今の時期から期待してしまう。


(……シスコンという言葉は甘んじて受け入れよう)


 前世では男四兄弟の末っ子だったアンリは、大事にしようと心に誓う程度には妹に憧れを持っていた。


 そんな妹は、アンリが泣いている時も、自殺を試みている時も、大抵は大人しくじっとアンリを見ている。

 このぐらいの子供はもっとぐずり泣くはずだが、今でも死後を考え泣き喚いているアンリが反面教師となれたのかもしれない。

 なにせ幼児の体では動くことができず、できることも無いので、嫌でも死について考えてしまうのだ。





 さらに三か月が経ち、死は絶望であると何千回目かの結論を出した、いや、出せなかった頃、アンリにとっての転機が訪れる。


 周りが少し騒がしいと思い、ベビーベッドの外に目を向ければ、何が起こったのか使用人の一人が口から血を流していた。

 それはいい。

 出血量を見ると内臓器官に問題があるのではなく、せいぜい唇を切ったとかその程度だろう。

 頬が赤く腫れているので打たれたのかもしれない。

 問題はその後だ。


 アンリの母であるフランチェスカがその使用人に近づく。


『────を力に───、────を癒しなさい……───』


 フランチェスカの呟きと共に、使用人の唇が淡い緑に輝きだした。


(今のは……っ!? 日本語じゃなかったか!? それにこの光は一体……っ)


 淡く弱い光の中で引いていく頬の腫れ。

 光が収まった後では、先ほどまで出血していたということが信じられないことに無傷となっていた。


 初めての、魔法との出会いだった。


(ファンタジーだ! 輪廻転生と思いきや異世界転生だったのか! この世界なら……)


 前世の世界では死に抗う方法など一切なく、ただ怯えることしかできなかった。

 しかし、魔法が存在するこの世界では、死を超越する方法もあるのではないかと考える。

 絶望しか無い世界に、蜘蛛の糸の如く希望が降ってきたのだ。


(とにかく、今の魔法を早く覚えたい……。もう一度見させてもらえないと解明するチャンスもないじゃないか)


 しかし、この産まれてから半年経つというのに、魔法を目にしたのは初めてだ。

 勿論、幼児の周りで魔法を使用することなど、普通はないのかもしれない。

 あるいは、魔法自体が珍しいのかもしれない。

 とにかく、何もしなければ、次に魔法を見るのは何年も先かもしれないのだ。



 そこでアンリは、ひどく前向きな行動をとるのだった。

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