~生~

───ゆらゆら


──────ゆらゆら



 揺れている。

 まず男はそう思った。


 2、3年前に出張で宇宙へ飛んだ際、接待の一環で無重力空間を体験させてもらったが、それに近い感覚だ。


 いや、決定的に違う感覚がある。


 それは安心感。


 宇宙のシャトルの外は真っ暗な空間なので正直ずっと不安だった。

 しかし、今は───



「───────♪────────────♪」



 どこかで聞いたことのあるような優しい歌声。


 宇宙服のような無機物ではなく、暖かい何かに包まれている感触。


 目は開かないが、何が起こっているのか男には容易に想像できた。



(あぁ……そうか……)



 男は自分の死を悟った。


 死因が分からないが、意識が無くなる直前に心臓のあたりから激痛が走ったのは覚えている。


 そして───





(天国は……あったのか………っ!!)



 そこはまさに天国だった。


 一切の負の感情が出現しない優しい世界。


 自分は何者にも害されないという全能感。



(こんなに天国は快適なのに、俺は一体何を悩んでいたんだろう)



 男の意識は柔らかく包まれていく。












 ───どれぐらいたっただろう。


 男が天国に慣れてきた頃、異変が起こった。


 何かに押し出される感覚、優しい世界の崩壊。


 そして───



「っ!?」


 ────────────頭に走る激痛



 その痛みは男がこれまでに経験してきた痛みの中でも群を抜いていた。



「……っ!!」



 痛いのに声すら上げられない強い圧迫感。


 天国から地獄へ一瞬で落とされた男にできることは、ただひたすらに耐えることのみだった。




──────────

───────────────




 痛みに耐えている時は何時間も経っていた気がするが、喉元過ぎれば熱さ忘れる。


 解放感を感じながらも、男は必死に自分の置かれた環境を考える。




 目はうまく開かないが、これまで一切感じなかった光を感じる。



「──? ───── ──」


「─────! ─────────!」


 複数人の話し声が聞こえてくる。


 体を動かそうにも、なかなか力が入らない。


 そして、少しだけ開いた目に飛び込んできた光景。



 自分を抱き興奮した大男──(いや、自分が小さくなったのか……?)


 憔悴しきった母──(天国で感じていた安心感を感じる……)





 男はついに自分の現状を理解した。


『輪廻転生』



 自分は死んだと思った男は、新しい生命として誕生したらしい。


 それが意味するのは、死の恐怖と向き合わないといけないという、うんざりする事実。




 それが何より怖くて───


 もう一度産み落とした神が何より憎くて───


 こんな理不尽な世界を壊したくて───


 興奮した声が五月蠅くてうるさくて、焦った声が煩わしくて───


『─ ────────────────』


 男にとっては場違いな、冷淡な声がきっかけとなり───


 感情を注いだコップに石を落とそうとして、そのままコップを割ってしまったかのように───





 ───強く──激しく──男は泣いた。

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