タナトフォビア ~サイコパスと言われようが、不老不死を目指す男の二度目の人生は、周りに絶望を撒き散らす~

剣 道也

プロローグ

~死~

『人はいつか死ぬ』


 その事実に直面した時、あなたはどう思っただろうか、感じただろうか。


 怖かっただろうか、悲しかっただろうか。


 納得しただろうか、諦めただろうか。


 死があるからこそ、時間を有意義に使おうと、前を向いて歩けただろうか。


 死があるからこそ、全てが無意味だと、前を向くことをやめただろうか。


 何をしても、何があっても、必ず訪れる絶望――



「ぅう…………ぅぅう……」



 誰にでも、等しく訪れる絶望――



「…………ぅう…………ぅうああぁ…!」



 誰しもに一度は恐怖し、眠れなくなった経験があるだろう。


 嗚咽を漏らすこの男もその一人だ。



「ぅぁぁぁああああ!! ぁぁあぁぁあああっ!!!!」



 いや、この男は取り分けて異常だった。



 男が絶望に触れたのは小学3年生の時。

 飼い猫が寿命で死んだのがきっかけだった。

 男は母に尋ねた。


「なんで生き物は死ぬの……? 死んだらどうなるの……?」


 母は笑顔で答えてくれた。


「死んだら天国に行けるのよ。天国から――を見守ってくれているのよ」


 当時の男にとって母の言葉は絶対であり、死の恐怖に対しての最強の盾となった。





 男が絶望に足を取られたのは高校1年生の時。

 きっかけは友人の死を知らせる電話だった。

 通う学校が違ってから半年程経っており、顔を合せなかったためかあまり実感が無く、涙が出てこないのは意外だった。


 ふと、そこで死について真剣に考えてしまった。


 これまで気付かないようにしてきた。

 考えないように走り続けてきた。


 しかし、調べれば調べるほど、考えれば考えるほど、死が怖くなってしまった。



 最強の矛死の恐怖を防ぐ最強の盾母の言葉は年齢を重ねるうちに失くしてしまった。






 そして男は絶望に浸かってしまった。


 毎日、毎日、毎日男は死について考えた。

 答えはでないと分かっていても考えた。



 どんなに成功をしても無駄じゃないのか――どうせ死ぬのに。


 なぜ頑張っているんだ――全て無くなるのに。



 ある人は言った。


『考えられないぐらい頑張れば、余計なことを考えなくて済む』


 ──駄目だった。


 積み上げてきた成功の証を見れば見るほど、それが確実に無くなる事実に恐怖した。




 ある人は言った。


『愛する人と子供を育めば、死を恐れなくなる』


 ──駄目だった。


 自身だけではなく、愛する人も、愛する子も、いつか死ぬという事実に恐怖した。






 死んだら全て無くなる。


 積み上げてきたものが無くなる。


 どこにも走れなくなる。


 誰にも会えなくなる。


 ――体が無くなる。


 笑えなくなる。


 怒れなくなる。


 泣けなくなる。


 ――感情が無くなる。


 死を怖がれなくなる。


 死を恐れなくなる。


 良いことも悪いこともなくなる。


 ――思考が無くなる。







 それはまさに何も無い『虚無』


 一切の生命の証が存在しない、何も無い世界。


 いつか自身が虚無となる事実。


 それが何より怖くて、悔しくて、理解ができなくて……


 怖くて、怖くて、怖くて、怖くて、泣くほど怖くて……


 それでも『虚無』を考えて、考えて、考えて……


 怖い



 頭が割れるほど考えて――


怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い


 涙がでるほど考えて――


怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い


 鼻血が出ても考えて――


怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い怖い














 そして男は――























 ――死んだ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る