シャロルの回想

シャロルがアンデリア王国を離れたのは8歳の時であり、18歳となった今では当時の事について、一部を除き朧気にしか覚えていない。


王族の責務としてあった国政にも、当時の彼女は幼いが故、参加していなかった。


その為、王国自体にはさほど思い入れがなく、帝国軍との決戦の末に敗れ滅んだと聞いても、当初こそ深い悲しみを抱いたものだが、今に至るまで王国という「名」に未練は持っていない。



しかし、「場所」に関しては違った。


シャロルにとってアンデリア王国という「場所」はとても大切なものであった。



色褪せていく当時の記憶の中で、今なお鮮明に残っているのは、親や兄姉と過ごした宮殿での楽しい日々。



そして、ウィリアムの事である。



とある事件でシャロルと彼は出会い、それ以降もお互いが数々の事件に巻き込み、または巻き込まれるという不思議な縁を持っていた。


多くの事件を乗り越えていく内に絆が深まったのは必然であり、いつしか本当の兄妹以上に仲の良い2人となる。


王宮での温かく穏やかな日々も、ウィリアムとの騒がしくも楽しい日々も、シャロルにとってはキラキラと輝く特別な思い出であった。



また、王国は彼との約束の「場所」でもある。



「必ず帰ってきます。」


「絶対帰ってきてね。」



未だにその約束は果たされていない。



あの日の事は今でも夢に出てくる。



私がもっと大きかったなら。


私が戦場に立てていたのなら。


私が強かったなら。


私が鷲獅子騎兵であったなら。



彼と離れ離れにならなかったかもしれない。


彼と共に、あの「場所」を守れていたかもしれない。



もちろん、そんな「もし」など絶対不可能なのだが、それでもシャロルは、その夢を見た日の朝はいつも後悔に苛まれるのであった。



バーゼスト帝国については、アンデリア王国を侵略した後、突如として同時進行で他国へと侵攻していた軍を引き上げさせ、それから10年経った今に至るまで、小規模な小競り合いこそすれ、他国への本格的な侵攻は鳴りを潜めている。


噂ではアンデリア王国との決戦で消耗した戦力が未だに回復しきれていないだとか、世界征服戦争を仕掛ける為に戦力を蓄えているとも言われており、はっきりとした真相は誰も掴めていなかった。



シャロルはアンデリア王国を脱出してから、王族の遠縁にあたるプリシラ皇国の地方貴族、カルドライト家で養子として育てられた。



シャロルが養子になるまで、カルドライト家当主と奥方には子どもがおらず、夫妻は彼女を我が娘のように可愛がった。


愛情を持って優しく、時に厳しく教育されたシャロルは、道を違える事なく健全に育ち、貴族としての教養を十二分に備える事ができた。



この10年の間に、カルドライト夫妻の間にも男の子と女の子が1人ずつ生まれたが、シャロルへの愛情は変わらず、また、シャロルも夫妻の事を実の両親のように慕い、義弟、義妹についても、本当の姉弟妹のように接している。


今ではアンデリア王国で過ごした時間よりも、カルドライト家で生活している時間の方が長くなり、彼女にとってもう1つの故郷となっていた。



それでも、ふとした瞬間に王国での日々を思い出してしまう。



思い出の場所を奪った帝国について、恨んではいないと言えば嘘になるが、シャロルは復讐する気を持ち合わせてはいなかった。


それよりも、もう二度と大切な人や場所を奪われないよう、守り抜く力をつけたい気持ちの方が強く、それが生活面以外でも皇国軍を目指す理由となっている。



「よしっ!」


過去を振り返り、少しだけ感傷的になっていたシャロルは気持ちを切り替えて、気合いも十分にプリシラ皇国軍学校の門をくぐった。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る