ウィリアムとシャロルリード
その日、王宮内の謁見の間には、国王主催による出陣壮行会の為、
今のアンデリア王国は、帝国側の波状攻撃により戦力の多くが削がれて危機的状況に陥っており、また、諜報によると帝国側が決戦の為、大規模な侵攻攻撃を行うとの情報が入っていた。
そこで、王国は各地で少数行動していた虎の子であるグリフォンライダー達を呼び集めて一極化し、帝国との決戦に臨もうとしていた。
現アンデリア国王は、大国の王にしては珍しく温和で人懐こく、されど有事の際には自ら先陣に立って指揮する統率力も持つ聡明な王であり、王国に属する者はみな王を尊敬し愛していた。
壮行会では終始和やかな時間が流れ、ライダー1人1人が王から言葉を賜り、また、彼らも王へと応えた。
王以外にも多くの王族が参加しており、全員が明るく談笑していた。
そんな折である。
「報告致します!バーゼスト帝国および
3日後には国境付近のインドラ平原へと到達する見込みであります!」
突如として伝令役の騎士が謁見の間に現れ、王へと報告すると、その場にいた殆どの者がざわめいた。
「ふむ、情報通りではあるな。」
王は落ち着き払い、騎士から更なる詳細を確認する。
その堂々とした態度に安心したのか、ざわめきは落ち着き、その場にいる全員が次の王の言葉を待った。
王は鷲獅子騎兵団長などの重役と言葉を交わした後、全員の方へ向き壮行会の終了を宣べた。
「残念だが壮行会はここでお開きだ。この後は各自、団長の指示に従って欲しい。
さて、これが最大にして最後の戦いだ。敵は決戦のつもりで臨んでくるらしいが、なに、君達なら楽勝だろう。
いつものように勇敢に空と大地を駆け、そして、いつものように我が国に勝利をもたらしてくれ。
私は勝利を確信しているから、ここで優雅にお茶でもして待っておく。君達も早くここへ戻ってこい。次は祝勝会だ。」
王の言葉に、緊張で表情が強張っていたライダー全員が笑顔となり、そして、引き締まる。
彼らは誇り高き鷲獅子騎兵。王国の最高戦力なのだ。
謁見の間で解散後、鷲獅子騎兵団の兵舎に集合という団長の指示の下、ライダー達が王や王族に別れを告げ、その場から立ち去った。
ウィリアム・グリガルドもその1人で、17才という騎兵団最年少ながら団随一の騎乗技術を持つ彼もまた、王や王族へ別れの挨拶をしていた。
「行かないで、ウィル!」
そんな彼を、泣きべそをかきながら引き留める少女がいた。
「シャロル様・・・」
アンデリア王国第5王女、シャロルリード姫である。
現在8才である彼女は幼い頃、ある出来事がきっかけでウィリアムと出会い、それ以降も度々接点があった2人は、今では年の離れた兄妹のような関係となっていた。
ウィリアムは苦笑しながら彼女に応える。
「私達が行かなければシャロル様達の帰る場所が無くなってしまいますよ?」
王族の子女らは念のため、同盟国へ脱出する手筈となっている。
「でもでも!帝国はたくさんの兵で攻めてくるんでしょ?いくらなんでも死んじゃうよ!」
「私達は王国最強の
「私にはしょっちゅう負けてるクセに!」
「これは痛いところを突かれました。」
彼女は彼の服の裾を握りしめ、頑なに離そうとしない。
まるで、離したら最後、今生の別れになるとでもいうように。
ウィリアムが困ったように頬を掻くと、傍にいた別の人物から助け船が出された。
「シャロル。あまり我が儘を言ってはいけませんよ。」
「リアお姉様!だって!だってぇ!」
第2王女リアベット姫である。
彼女はシャロルを優しく諭しながら、ゆっくりと指を服の裾から離した。
「ウィリアム様が困っておられますよ。それに、貴女はウィリアム様の言葉を信じられないのですか?」
「うう~・・・」
リアベットはしゃくりあげるシャロルを抱きしめながら髪を撫でる。
「ウィリアム様をよく知る貴女なら、彼が嘘をつく人間でないと分かっているでしょう?なら、その言葉を信じないと。」
「ぐすっ・・・分かって、います・・・」
ウィリアムの言葉を信じたからといって、決戦の地に行って欲しくない気持ちがなくなったかといえば嘘になる。
しかし、シャロルも彼を困らせたい訳ではないので、別れの不安を無理矢理飲み込み、姉の胸の中で静かに嗚咽を洩らすにとどめた。
「ありがとうございます。リアベット様」
「いえ・・・。立場上行かないでと言えない自分が恨めしいです。」
「リアベット様・・・」
気丈に振る舞ってはいるものの、シャロルを宥める彼女の瞳も潤んでいる。
シャロル程ではないが、リアベットもウィリアムとの付き合いは長く、彼女もまた彼の事を兄のように慕っていた。
「ほら。泣き顔じゃなくて笑顔でお見送りしてあげないと、戦いに集中できず怪我されるかもしれませんよ。」
しかし、リアベットはシャロルよりも年上な分、自分の立場や今回の戦いの重要性を理解している為、ウィリアムを引き留められない。
ならば、せめて笑顔で戦場に送り出したい。
彼女は妹に笑顔を促すと共に、自身も潤んだ瞳のまま微笑んだ。
「ウィル・・・、うっ、ひっく、行って、らっしゃい・・・でも、約束だからね、必ず、帰って、きてね・・・」
シャロルも頑張って笑顔を作り、くしゃくしゃの泣き笑いの表情で、ウィリアムを見送る。
「シャロル様・・・。これを」
ウィリアムはシャロルの前に片膝を立てて座り、彼女の首にある物をかけた。
「グリガルド家当主が代々受け継ぐ呼び笛です。必ず帰ってきますので、その時までお預かり下さい。」
その呼び笛は、どんなに距離が離れていても吹けば
グリガルド家当主だけが所有を許されており、戦争中に当主であった父が病死した為、現当主となったウィリアムが肌身離さず持っているのだ。
「分かった。ウィル、帰ってきてね。絶対、だよ」
「もちろんです。シャロル様もお気を付けて。それでは、時間も迫ってきておりますので、失礼致します。リアベット様もお元気で」
「はい、ウィリアム様、御武運を」
ウィリアムはシャロルの頭を優しく撫でて、彼女とリアベットに一礼し、背を向けて謁見の間を後にした。
「ウィル・・・」
シャロルは溢れ出た涙で視界をぼやけさせながら、その背中が見えなくなるまで見送った。
そして
「ん・・・」
その日、シャロルは窓から入る朝日と鳥の声により目が覚めた。
「久しぶりに懐かしい夢を見たわ・・・」
着替えて朝食、出掛ける準備を終えた彼女は寮から外へ出る。
戦争から10年経った現在、シャロルリード元王女は18才となっていた。
現在、既にアンデリア王国は存在しない。
先の戦争でバーゼスト帝国に敗れ、国を失ってしまったのだ。
その為、彼女も国に戻れないまま、亡命先であるプリシラ皇国で身分を偽りながら生活している。
この日は皇国軍学校の入学式であった。
現在は身分がはっきりしておらず、元王族という難しい立場の為、普通に就職する事もできず、秘密裏の
学校を卒業して、軍に入れば安定した生活を送れる。
今日はその明るい未来への一歩だというのに、彼女の心は薄い雲がかかっていた。
「ウィルの馬鹿・・・」
シャロルは小さく呟きながら胸元に触れる。
そこには10年前にウィリアムから預かっている、グリガルド家の呼び笛が今も変わらず揺れていた。
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