柳に雪 2
三限と四限がぶっ続け数学なのは自他共に認める筋金入りの文系の俺にとってさすがにキツすぎる。自慢じゃないが我らが母校は県内トップの公立高校で、理科系分野に重点的に特化した高校の指定を受けているとかで理数科の扱いも良いらしい。数学のカリキュラムは普通科でも比較的重い。
四限の後半に至って数式の波に溺れ完全に集中力を失った俺は、毎日欠かしたことのない陰キャ・ライフワークを発動する。俺は〝陰〟の目(←かっこいい)で教室内を睥睨していた。
教室の中の地政学的分析はすでに済ませてある。まずは陰キャグループ。彼らは小規模な仲間うちで学園生活を彼らなりに謳歌している。たいがいオタク的な趣味や嗜好のつながりがあって、話によれば意外に苛烈な排他性がある。
というのは彼ら自身、人付き合いに積極的でない(ゆえに陰キャであるのだし)から、そもそも友人グループをうまく運用していくだけの能力がないのである。正真正銘の劣位カーストである。
そして陽キャグループ。これは大きなグループの場合も、小さなものがさらに寄り集まっている場合もあるが、概して陰キャのそれよりも規模が大きいことが多い。
構成員はコミュニケーション能力が高く、非言語的伝達──いわゆる〝空気を読む〟ことに長ける。大規模なグループになりがちであることも、彼ら自身が人付き合いをうまくこなしているためにグループを大きくできるのであり、いったい陰キャどもにはそれが不可能なのである。
陰キャが思うような陽キャグループのヤクザ的な抗争は、陽キャ各々の緩衝のはたらきによってほとんどが未然に防がれるし、仮に衝突があってもそれは水面下でなるべく穏便に済まされるのだ。
ひるがえって陰キャのコミュニティでは、善意や悪意の表現は経験の不足から稚拙というほかなく、結果的に相手をコミュニティに受け入れられないという排他の意思は、このうえなくぶっきらぼうに、同類の中でさえ馴染めなかった、可哀想な陰キャ・オブ・ザ・陰キャへと叩きつけられることになる。
なにが言いたいかというと、要するに、陽キャより陰キャのほうが絶対こわい。がくがくぶるぶる。
オタク早口で語ってきたがお前はいったいそのどっちなんだよ、といわれる向きもあるだろう。
物言いからわかっているやつもいるかもしれないが、俺は
べっ、べつに寂しくなんかないんだからねっ!
……チャイムが鳴った。昼休みだ。
俺はそそくさと教科書やらをしまうと教室を出た。昼飯を食う場所取りは俺のようなイレギュラーにとって非常に重要な問題だからだ。
本校舎から南棟へと渡り廊下を通ってゆく。昼休みになってまだ間もないが、ややブラックで有名な昼練習のある合唱部の連中だけが忙しく南棟二階にある音楽室へと向かってゆくのがいた。
俺が向かうのは毎日決まった場所だが、ひとまず南棟の一階に寄る用事がある。
というのも、南棟一階は購買になっている。数年前までは専用の購買があったらしいのだが、いまはもうコンビニチェーンに変わってしまった。
俺が入学してからはずっとコンビニなので特に気にならないが、そこで菓子パンと小さいパックの牛乳を買った。
さて、準備は、すべて整った!
南棟一階の東側、本校舎との通路は中庭とつながっている。屋根のないベンチがいくつかあって、学生たちの憩い場には全然なっていない。
というのも、そもそも購買の脇にはかなり大きめの飲食スペースがある。定時制の食堂として使われている場所だが、全日制の学生にとっては絶好のランチスペースで、当然昼休みは混み合う。
いやはや、春先とはいえ今日は天気がいい。
中庭のベンチは屋根がないため暑い日はとんでもなく暑く寒い日はとんでもなく寒くなるのだが、今日は少し暑いくらいだ。
雨風にも普通に晒されるしこれが人気スポットワーストランクインの理由だろうな。
とはいえお構いなしに菓子パンの袋を開ける。
「……いただきます」
牛乳のパックにストローを突き刺してちうと吸うと冷蔵庫から出したばかりの冷たい甘みが、菓子パンで水分を奪われつつある喉を潤した。
「うん、やっぱコーヒー牛乳は甘すぎるんだよな。成分無調整牛乳の自然な甘味だけが俺を甘やかしてくれる……」
「あ、わかるなあ。あたしも甘いのあんまり得意じゃなくてさ」
え。
「女の子って甘いもの好きだから、たまに女の子だけで遊びにいくとすっごい甘いパンケーキとか食べよ〜ってながれになって、ちょっとこまる」
気がついたら隣に女の子がいる。
「だから、なんていうのかな? ごはん系のパンケーキ? これじゃヘンだね、えっと……おかず系? しょっぱいやつを頼むんだけど」
急にじわじわと汗が出てきて、ゆっくり首を回して隣の顔を窺うと、
「そしたらぜったい女の子たちはなんで甘いの食べないの〜? って……あはは、つい一人で話しすぎちゃった、ごめんね?」
結野だった。
「えっ……結野、なんでここに」
「あ、そうだったっ、まずは急にお邪魔しちゃってごめん、だね?」
彼女はごく自然に俺の座っているベンチの、俺の隣に腰掛けている。手には可愛らしい花柄のランチバッグがあり、昼食を食べにきたことがわかる。
「……えと、天気よくてちょっと暑いね? あたし汗かいてきちゃった」
わからないのはなんでわざわざ俺のところまで来て飯を食おうとしてるのかだけで、それが一番問題なのだ。
結野はポケットから出したフェイシャルシートで額や首元を拭う。柑橘系の爽やかな香りが鼻腔を刺激して否が応でも目の前の結野を意識させられる。
「高槻くんも、使う?」
「あ、ありがと……汗かいてたし、ありがたい」
「えーと、なんとなく高槻くんとお話したいなって思って。そういえばいままで、こんなふうに二人で話したことってなかったよね?」
「あ……ああ、そうね」
いままでもこれからも二人で話すことはないし話す理由もないままだと思ってたんだが。
「せっかくクラスメイトになったんだから、高槻くんとも仲良くなりたいなあ、って」
おいおいこの女、クラス替えで同じクラスになったからって全員と仲良くなってたらマジで友達百人できちゃうじゃん!
めちゃくちゃ大所帯のヤバい団体客になって富士山の上でおにぎり食うつもりか!?
「だから、もし高槻くんの迷惑じゃなかったら、ここで一緒にご飯食べさせてくれたらなあ、って……だめかな?」
そもそも昨日俺が高槻に放課後の教室へ呼び出されたことからおかしい。それまで接点もなかった女の子に呼び出されても、これってもしかして告白ですかーッとは、ならない。
「……あのう、高槻くん?」
そう考えてみれば、昨日からなるべく思い出さないようにしていたものの、結野が俺を放課後の教室に呼び出したのはおそらくあの女──確か、雨宮愛海とか名乗っていた──が、例の得体の知れない力でやったことなんだろう。
「たーかーつーきーくん」
「ひゃっ!?」
ひんやりとした感触が俺の首に触った。
「勝手にお昼の時間を邪魔しちゃったのはあたしが悪いけど、無視することないんじゃないかなあ?」
俺の首に当てたのは結野が持っていた牛乳パックで、俺のと同じ牛の柄の紙パックだった。俺は慌てて結野に答えた。
「ごめ、いや、邪魔じゃ、ないし……全然迷惑じゃねえから……いや、まじでごめん」
「ん、よしっ」
結野は満足げに笑って頷く。
「じゃ、ごはん食べよっか? 話してたら昼休みなくなっちゃいそうだもんねっ」
俺たちは各々の昼食を食べ始めた。俺も顔を拭いたフェイシャルシートの残り香なのか、甘酸っぱい匂いがずっと鼻の奥に残っていた。
俺の学園生活が催眠エロゲなんだが くすり @9sr
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