柳に雪 1

 春もうららの通学路、桜並木に花枝垂はなしだれ。もうこの道を通って二年になるが、いまだに感嘆するものがある。

 なんとうつくし平城京。平安京? 平城京?

 いや平常心だろ!

 さっきから呪文みたいに唱えちゃいるがなんら効果がない。そうこうしているうちに学校に着いてしまいそうだ。それはまずい。やっぱり今日は休むべきだったかもしれない。


 昨日のことが夢ならばどれほどよかったでしょうとでも言いたい気分だが、なんとか家に帰り着いて気もそぞろで夕飯を食べて寝て、起きたら誰にでも朝はやってくるのだった。

 ああもう校門じゃん。このさい夢だったというテイでいっちょやってみるか(コントの導入)。

 よし、下駄箱で靴を履き替えて、階段を昇って三階の二年の教室へ向かう。

 今日は水曜か、数学が二コマあってめんどくさいんだよなァ〜!!


「あ、高槻くん……だよね?」


「出た!!」

 一番会いたくない、いや二番目に会いたくない、ウーン、やっぱり気まずさコミで一番会いたくない相手に一番最初に会うとは。


「そ、そんなオバケに遭ったみたいな……」

「エッ、いやごめん……」


 結野名雪。

 クラスの陽キャ集団に属しておりその明るく誰にでも優しい物腰と浮薄とも見える気軽さで付き合いやすいことから人気を集め、二年D組では誰もに一目置かれる存在(陰キャ特有の趣味:人間観察)。


「あの、さ? 高槻くんに聞きたいことがあるんだけど……」

「なっ、なに!? かな!?」


 やべえ声裏返っちゃった!

 結野は階段の踊り場にできた影から俺のいる廊下に恐るおそる歩み寄る。ブロンドに近い髪が陽光を受けて輝き、世界中の格差はなくなり兵士たちは銃を捨て世界はたちまち平和になって俺は緊張のあまり声が裏返っちゃった。


「……昨日のこと、なんだけど」

「へぇっ!?」


 声が裏返っちゃったけど裏返った声がまた裏返ったら普通の声にならないかな!?(意味不明)


「聞きづらいことなんだけど、さ? 高槻くんは……」

「は、はい、高槻くんですが」


 もう支離滅裂な答えしかできない。なにを聞かれても俺はクラスメイトの裸を見た陰キャ男としてクラス内カースト最低位の存在になるんだ。

 初めから下がるカーストなんかないのに!


「昨日のこと、何か覚えてる?」

「ああああそうだよね裏の裏って表だよね!?」


 終わった──グッバイ、俺の青春うんめいのひとは俺じゃないことは辛いけど否めない。

「……って、え?」


「裏の裏……? うーん、それはまあ表、かな?」

「えっ……違うの?」


 結野は裸を見たうえに催眠エロゲみたいな目にあった俺を問い詰めにきたんじゃないのか?


「え、それはってこと?」

「なんか深そう!! だけどそうじゃなくて……」


 もう高校生活の青春は捨ててドルガバの香水つけて大学デビューを目指すしかないかと諦めかけていた俺に光明が見えはじめた。


「……えっ、と、逆に結野さんは何か覚えてる?」

「ううん。昨日の放課後、何か、高槻くんに伝えたいことがあって教室にきてもらったことは覚えてるんだけど、そこからなぜか全然覚えてなくて……」


 結野は焦ったような様子でこちらを窺っている。俺は慌てて答えた。


「俺もなにも覚えてないんだよな!(大嘘)」

「えっ、教室で二人っきりでいたのに……? 気がついたら家に帰ってたし、はっきり覚えてるのは朝起きてからなんだけど……」


 咄嗟に出たさすがに不自然な答えにしどろもどろになりそうになって、天才的な閃きが俺の頭を直撃した。


「あっそうだ! たしか結野、昨日は具合悪そうにしてて俺がとりあえず帰って寝るように言ったんだよな!? 覚えてないくらい体調悪かったのか……病院とか行かなくて大丈夫か!? いまは体調わるくない!?」


「えぇっ!? だ、大丈夫、だよ……?」


 俺のあまりの勢いに結野はたじたじとする。俺は若干の、いやかなりの後ろめたさを感じながらもなんとか押し切れたらしいことにほっとしていた。


「そっか……高槻くん、心配してくれてありがとね? でもなんだかほっとしたなぁ」

「えっ、なんで?」

「あたし変な夢みちゃって、もしかしたら昨日、高槻くんに変なことしちゃったんじゃないかって……」


 もしかしてこれは、

「え、あー、いや、ちなみにどんな夢?」

 結野はその質問にこれまでとは違って少し言いあぐねる様子で、じっと考えてから、そのうちに何故か耳をうっすらと赤くして、

「……言いたくないから、言えないっ」

 軽く俺の肩を小突いてから、先に教室へ小走りで向かっていった。


 夢だけど夢じゃなかったー!

 結野、ちょっと危ないレベルで可愛かったけど大丈夫か?(←大丈夫じゃないのはお前)

 朝から昨日のことが夢であれと願い続けてきたがここにきて夢じゃなくてよかったまで状況が急変してきた。自分で木の実も撒いてないのにめちゃくちゃ木が生えてきたような感じでわけがわからない。

 やはり、これが夢だけど夢じゃなかったというやつなのだろうか。


 俺はうっすらぼんやりする頭で教室に向かった。なんか今日はいい一日になりそうな気がしていた。

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