召喚―②

エリーがどれほどそうしていただろうか。

全身に突風を感じて思わず目を開く。同時に先生たちがざわつく。

 魔法陣を中心に白いかまいたちの様な物が四方八方に飛んでいる。そしてそれは何故か最終的に全て上へ向かい天井に当たると吸い込まれるように消えていく。

「おい!黙って見てないで助け――……」

 叫び声に視線を前に戻せば、少女の前に鼻息を荒くした魔獣がいた。彼は虹彩を動かして周りを見渡すと口の中から妙な音がした。どうやら舌打ちらしい。

 黒い胴体に漆黒の鬣と尻尾。頭の上にちょこんと耳があってその横から二本の漆黒の角が弧を描いて上へ伸び、地についている四本の足にはアクセントの様に金色の蹄がついている。

 エリーは状況についていけないながら、これはどう見ても不純を司ると言われるバイコーンではないだろうかと青ざめる。先程のかまいたちに驚いていた生徒たちも徐々に落ち着きを取り戻しひそひそし始める。視線を集めいたたまれなくなってきた辺りでバイコーンが少女を見た。

 「こ、こんにちは。初めまして」

 エリーは取りあえず挨拶をしてみた。こういうのは最初が肝心だろう。想いが通じたのかバイコーンは少女に顔を近づけ鼻をひくつかせた。エリーの匂いを嗅いでいるのだ。それからもう一度向き合うと口を開いた。

「娘、お前に聞きたいことがある」

「なんでしょう?」

 思わず敬語になってしまった。エリーは召喚獣とは対等な関係になるためにいつもの喋り方で接するつもりだったので、これはゆゆしき事態だ。もう一度バイコーンが口を開く前に横やりが入った。

「エリー、早く契約しなさい。召喚した時の様にまた暴れ出すかもしれません。」

 なるほど。あのかまいたちは魔獣が暴れた結果だったのだ。それで安全装置として組まれていた魔法が発動して全て上に向かった。しかしまあ、それはつまり召喚されるという事実に抵抗したということではないのだろうか。

「あの、エリーと契約してほしいの。いい?」

「心底腹立たしいが召喚された時点で私に拒否権はない。勝手にしろ」

ちゃんと契約してくれる気があることにエリーは安心する。何故この魔獣が召喚されたのか定かではない。だからこそ不満が全く無いわけではないが一度召喚したものを帰して別の魔獣と契約することはできない決まりだ。

「ありがとう。それじゃあ貴方の名前だけどノワールでいい?」

「どういう意味の言葉だ、それは?」

「この国の言葉で黒って意味よ。あ、エリーのことはエリーって呼んでね」

「却下だ。私に相応しくない」

(……えぇ?)

 このバイコーンは今何と言った。これ以上ないくらい相応しいだろう。なんせ見たまんまなのだからとエリーは憤る。ならば何という名前なら良いのかと尋ねると拘りはないと矛盾した発言が返ってきた。

 とりあえずもう少し格好良い名前にすればよいのだろうか。声の感じだと雄だと思われるしノワールという響きは可愛らしすぎたかもしれないと反省する。

「じゃあ、シュバルツ!」

「ふざけるな。同じ意味の言葉だろう」

ふざけているのはそっちだろう。魔獣の名前は前々から一応真面目に考えて昨日の内に辞典まで引いたのにあんまりだ。そっちがその気なら適当に付けてやると投げやりで名前を考えた。

「決めた。貴方の名前はシュバルよ」

「さっきの名前と何が違うんだそれは」

「馬って意味よ。これ以上文句は言わせないんだから!」

「まあ、その名前なら構わんが」

(え?いいの?)

 黒はアウトで馬はセーフなのか。よく分からないバイコーンだと少女は思う。馬という言葉の方がバイコーンには相応しくない気がしたからだ。バイコーンは馬型というだけで馬ではない。まあ彼が気に入った(?)なら良しとする。

 エリーは再び心を引き締めて一歩踏み出しバイコーンの首の辺りに手を置く。小さく息を吸い込んでから呪文を紡いだ。

「汝の名はシュバル、我に仕え我を導くもの。我が名はエレノア・ブルームフェルド、汝を従え汝に導かれる星。我、ここに契約を交(まじ)わす。深き闇の鎖よ我らを繋ぎその魂を結べ」

 バイコーンの力が流れ込んでくる。契約の瞬間は心安らぐ物だと学んだけど、どうやらあれは主観的な意見だったらしい。なぜなら今かなりの違和感が今エリーの身体を襲っているから。小さな異物が身体を循環しているような感覚だ。契約する魔獣の力が強い方が契約の儀の主の負担は大きいというからもしかしたらこの子は凄く強いバイコーンなのかもしれない。

 しばらく我慢していると違和感は徐々に弱まりやがて収まった。無事契約できたことに一安心しシュバルの首を撫でる。本当は頭を撫でたかったが届かない。

控えていた先生に報告しようして、彼女の引きつった頬が目に入り私は固まった。

 これはまずい。

 この先生には今日既に一度怒られている。右を向くと両手で足りる程の生徒が此方を見ていた。左を向くとその倍近くの生徒が並んでいた。さすがに苛々とした雰囲気を隠さない。シュバルの額にすっと手を当てて姿を消させる。そして一歩二歩と召喚陣から離れる。

「ご、ご迷惑おかけしましたー!!」

 そう捨て残すと、エリーはくるりとUターンをし勢いよくステージから飛び降り、入ってきたときと同じように全速力で扉まで走る。

 前途多難。少女は浮かんだその言葉を消すことは出来なかった。

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