第8話
- 第8章 -
その晩、部屋にいると舞からメールが来た。
「先輩、今日はごめんなさい。言い過ぎました」
絵文字とともに、メッセージが送られてきた。俺は少しだけ安堵し、微笑んだ。なんとかなんかもしれない。月曜の朝、舞に謝ろう。そう思った。その時だった、
「おい!啓介!降りてこい!」
下の階でものすごい剣幕で叫び声が聞こえた。おじさんだ。また怒っている。
「はい、わかりました」
急いで下に降りると、怒りで顔を真っ赤にしたおじさんがいた。
「まったく、○○○商事の……」
おそらく会社がうまくいってないのだろう。嫌な予感がした。
「おい啓介、そこに座れ!」
言われるがまま、おじさんの近くに座った。
「お前はな、だいたいにおいて……」
八つ当たりか。いつものことだ。しかし、今日のおじさんは、とんでもないことを俺にしたのだった。
おじさんが話している時に、少しだけ目線をそらした。すると、
「おい、どこ見てんだ!」
おじさんは俺に殴りかかった。不意に殴られて、吹き飛んだ。
「イテテ……」
壁に頭を打ち付けた。しかしまだおじさんの怒りが止むことはなかった。おじさんは何度も何度も俺を殴りつけた。受け技を使う間も無く、意識が朦朧とし始め、動けなくなった。
「何の騒ぎ?」
おばさんが駆けつけた時には、もう俺は顔もぐちゃぐちゃにされて、血だらけになってその場で意識を失っていた。その後のことはよく覚えていない。気がつけば病院で包帯でぐるぐる巻きにされていた。
「よく死にませんでしたね」
と看護婦に言われた。身体中が痛くてまったく動けなかった。
「どんな感じですか?俺は?」
「骨折れてますよ。月曜には退院はできますが、しばらく松葉杖ですね。」
まさかあんなに殴られるなんて。ところでおじさんたちはどうしたのだろうか?病室を見渡すと、おばさんだけがそこにいた。
「おばさん、あの後……」
「もうお前のような疫病神とは縁を切ります。高校だけは出してやるからさっさと私たちの前から消えうせろ!あんたのせいでね、主人は……」
おばさんは錯乱していた。どうやら俺を殴りつけたおじさんは、暴行で警察に逮捕されたそうだ。しかし殴ったのはそっちだ、疫病神扱いまでされることはないだろう。俺はつくづくついてない。こんなひどい里親はほかにあるだろうか。おばさんが部屋を出た後、死んだほんとうの両親の優しさを思い出し、涙した。二人が生きていればなぁ…。人生なんて本当にゴミみたいなもんだ。
歩くたびに体のあちこちで痛みを感じる。
松葉杖というものを今までに味わったことがないが、相当窮屈だった。朝学校に行くと、甲本先生は驚きの表情を浮かべた。
「どうしたの?」
「いえ、ちょっと色々とありまして」
「無理しないでね。今週の当番は変わってもらうようにしとくから」
「すみません」
その日はとても不便だった。授業のノートも体が痛くて全然取れないし、トイレに行くのすら一苦労だった。無論、目立ちすぎてサボりなんてできなかった。
「自業自得だな」
昼休みに麟太郎は嫌味ったらしくこう言った。俺は仕返しに麟太郎の教科書に噛んだガムをくっつけてやった。
その日の放課後、いつものように図書館に行った。今日は、いつもよりも遅くまでいるつもりだった。もう家に帰りたくない。疫病神が家にいる必要などないだろう。
図書館の哲学のコーナーに松葉杖で行こうとしたら、図書館の入り口に舞が立っていた。舞も松葉杖の俺を見て口をぽかんと開いて、その場に立ちすくんだ。
「ど、どうしたんですか?」
「いや、色々あってね」
「色々ってなんですか?」
「お前には関係ない」
「どうしてそんなこと言うんですか?私先輩のことを心配しているんです。そんなこと言わなくても……」
舞はまた泣き出しそうになった。また泣かせることになったら、多分もう俺は立ち直れない。
「……わかった、全て話すよ。」
泣きそうな舞をなだめ、俺は図書館の机に向かった。
そして、舞に全て話した。今まで甲本先生にすら話したことのない、俺の両親が死んだ話、おじさんとおばさんの虐待の話、そして俺が松葉杖になった原因も。
話終わって、舞は泣いていた。どちらにしろ、俺は彼女を泣かせる運命だったのかもしれない。
「どうしてそれを早く言わないんですか?」
「だって……」
「先輩、辛くないんですか?」
辛い………本当は、死ぬほど苦しい。今にも死んでしまいたい。消えてしまいたい。この世に生きるのが嫌だ。嫌だ。辛い、苦しい、痛い。
俺もなぜか涙を流していた。
「……辛いさ、そりゃ……寂しい。死にたい気分だよ……」
難解な哲学書に手を出したのも、おそらく寂しさを紛らわせるため、人生とは何かを問うため、今まで否定され続けた存在を哲学でなんとか肯定するために必死だったからだと思う。
「泣かないでください、先輩……」
舞は必死に涙をこらえていた。
「先輩。きっと、ずっと寂しかったんでしょうね。ごめんなさい、私気がついてあげられなくて」
「ううん、舞のせいじゃない」
俺は涙声で話した。俺はなんとか泣くのをこらえていた。そんな俺を見て耐えかねたのか、舞はゆっくりと俺に近寄って、優しく抱きしめてくれた。温かい。舞の温もりがゆっくりと、ゆっくりと俺に伝わる。舞の甘い匂いが俺を慰めた。その小さな体が、どこまでも広く広がる花畑のように、俺を優しく包んでくれた。
「先輩、辛かったら、泣いてもいいんですよ。一人で悩まないでください。私は、先輩の味方ですから。私がついてます」
こう言われて今までこらえていたものが一気に外に出た。俺は舞の胸で泣き崩れた。今までにないくらい、たくさん泣いた。ありがとう、舞。ありがとう……
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