第7話

- 第7章 -

五月下旬。舞に言われて俺は勉強しなければ、と思いつつ、結局何もしないまま、毎日のように適当に過ごし、授業は図書館でサボり、放課後本を読む生活をしていた。このままではいけないと思いつつも、何も変えられない、情けない自分に落ち込む生活が続いていた。

そんな俺に、転機が訪れた。五月最終週の土曜日、甲本先生が種を買ってきた。朝顔の種だ。小学校の自由研究で教材としてよく使った。あの美しい絹のような花びらが、まるで舞踏会のドレスのようで、俺は朝顔が花の中で一番好きだった。甲本先生を手伝い、その日は鉢植えに種を蒔いた。指で土に小さな穴を開け、そこにてんとう虫ほどの朝顔の種を蒔く。そして優しく土をかぶせれば、完成。あとは水をやって、発芽を待つばかりだ。

俺は一通り作業を終え、水道で手を洗っていると、舞が俺のところに来た。

「先輩、ちょっと来てください」

なんだかいつもの優しい舞じゃなかった。不安そうで、悲しそうで、でも怒っているようにも見える。

「どうした?」

「話があります」

いつもよりもシリアスな表情に、俺は思わず目を丸めた。図書館の机に向かい合って座り、俺と舞は話し合った。

「先輩、授業図書館でサボってるんですか?」

いきなりこのようなことを聞かれ、内心ドキッとしてしまった。一体どうしてそのことを知っているのだろう?しかしそれよりも、舞の険しい目つきに俺は恐ろしさを感じ、

「う、うん」

とうなづいてしまった。

「なんでサボるんですか?このままじゃ進級できないんですよね?私、先輩が心配で心配で……」

舞の声が強い声から、今にも泣き出しそうな声に変わった。

「ご、ごめん。でもどうしてもやる気がでなくて」

「やる気ですか?先輩は将来の夢とか目標とかないんですか?」

俺は人生なんてゴミみたいなものだと思うペシミスト。どうせなんともならない。

「人生なんて、ゴミみたいなもんさ。努力なんてしたって意味ない」

「どうしてそんなこと言うんですか!」

まだ彼女の口調が厳しいものに変わった。でも、明らかに俺に対して攻撃的な声だった。

「明日を生きたくても生きれない人もいるんです。なのになんでそんな簡単に人生を諦めようとするんですか?」

「だって……」

「先輩の言い訳なんて聞きたくありません!最低!人生がゴミと思うならゴミみたいに生きればいいじゃないですか、私……私……」

彼女は目からひと粒、ふた粒涙をこぼした。まだ何か言いたげだったが、言葉が詰まってそれ以上何も言わなかった。

彼女はそのまま俺の前から全力で走り去った。何やってんだ、俺。女の子を泣かせるなんて。最低だ。

「どうかした?今舞ちゃんすごい剣幕で走って行ったけど」

「甲本先生……」

「どうしたの?」

「俺、やっぱなんの価値もありません」

「どうしたの?急に」

「女を泣かせるなんて最低です。それに、今しがた、一番大切なものを失いました、俺……」

俺は言葉が出なくなって、その場に膝から力なく崩れた。そして目から涙がひと粒、ふた粒と溢れ始めた。

「啓介君、とりあえず落ち着きなさい。この世に価値のない人間なんていない。感情で動いてはダメ。今何があったのか知らないけど、きっと大丈夫だから、とりあえず落ち着いて。そうだ、美味しいピーチティー入ったから、一緒に飲みましょ。今からお湯沸かすからね」

落ち着け、と言われても俺は手が震えて、神経の先の先まで絶望していた。目から涙が溢れた。舞、ごめん。俺が悪かった。戻って来てくれ。俺は、お前がいないとダメなんだ。お前がいないと俺は消えてしまう。そんな気がした。先生はピーチティーを入れてくれたが、俺が今まで飲んだお茶の中で、一番苦いお茶だった。

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