第55話 着ぐるみ士、師匠に会う

 実家を出て、もう寄るところはないかと思案する。だが、俺はすぐにもう一ヶ所、会わなければならない人がいることを思い出した。


「あ、そうだ。村長にも挨拶に行かないと」


 そう、このバンニステール村を取り仕切る村長である。

 バンニステール村の村長は、エヴァンドロ・ヴィカーリ。年の頃五十ほどのたくましい身体つきをした男性で、元A級冒険者だ。そして俺の師匠に当たる。

 村長の家は幼少期からしょっちゅう通ったから、もちろん覚えている。そちらに向かって歩き出すと、後ろからついてくるリーアが尻尾を振り振り俺の顔を覗き込む。


「村長さん?」

「それもそうよな、村をまとめる人間というのはいるものだし、挨拶に行くのは自然なことだ」

「チィー」


 彼女の肩に乗ったアンブロースとティルザも、納得した様子で頷いていた。果たして、村で二番目に大きい家に、俺は辿り着く。ノッカーをコンコンとやってから、俺はすぐに扉を開けた。


「村長ー」

「おお、ジュリオ」


 家の中では、村長であり師匠、すなわちエヴァンドロが、狐の着ぐるみ・・・・・・を着用したまま、相棒の暁狐ドーンフォックスと一緒に遊んでいるところだった。

 小型犬ほどの大きさをしたドーンフォックスは、エヴァンドロが現役冒険者だった頃から共に過ごしてきた親友だ。調教士テイマーの資格を持たない純粋な着ぐるみ士キグルミストだったというのに、その信頼関係はすごいと思う。

 さて、俺のフェンリルの着ぐるみを見て、大きく目を見開くエヴァンドロだ。冒険者ギルドからの報告は既に行っているから入手したことは伝わっているとして、実際に見せるのはこれが初めてだ。


「ほぉぉー、お前、それがあの新しく手に入れたという最強の着ぐるみか」

「あ、はい。これと、最初に作ったフレイムドッグの他にも三つ持ってますよ」


 そう言いながら、俺は次々に着ぐるみを換装して着替えていく。アイシクルキティ、ブルーシャーク、レッドドラゴン。そしてもう一度フェンリルの着ぐるみに換装してみせると、エヴァンドロは満足した様子で頷いた。


「いいないいな。もっとよく見せてくれ、ほれ」

「はーい」


 着ぐるみを格納しながら俺に近寄って、あちこちもふもふし始めるエヴァンドロだ。師匠のこの着ぐるみもふもふタイムは、今に始まったことではない。俺が彼に教えを受けて、自分の着ぐるみを手に入れてからというもの、欠かさずにされてきたことだ。

 その様子と、俺がまったく抵抗しない様子に、リーアたちが呆気に取られている。ひとしきり俺をもふって満足したエヴァンドロが離れると、そーっと近寄りながら俺に声をかけた。


「ねージュリオ」

「ん」


 リーアの言葉に俺が小さく振り向くと、首を傾げたリーアが容赦ない台詞を投げ込んだ。


「村長さんって、もふもふが好きな人?」


 彼女の言葉に、エヴァンドロが小さく目を見開いた。

 まあ、ここまで率直に言われることはそうそう無いだろうから、驚くのもしょうがない。リーアも人間社会に慣れては来たが、人間的なコミュニケーションはまだまだ勉強中だ。

 だから肩をすくめつつ、俺は答える。


「そういうことだ」


 その言葉に、俺の後ろで着ぐるみを再び着用しながらエヴァンドロが同じく肩をすくめる。

 エヴァンドロ・ヴィカーリは自他ともに認めるもふもふが大好きな人間だ。俺以上に普段から着ぐるみを身に付け、相棒のドーンフォックスをことあるごとに愛でつつもふり、自分以外にもふもふした冒険者やその卵がいれば、積極的にもふる男だ。

 村長の職務ですら着ぐるみを着たまま行うんだから筋金入りだ。変態ともいえる。

 そんな彼が、ようやく俺からリーアへと、そしてリーアの頭の三角耳へと視線を送る。


「おお、そちらのお嬢さんは狼人ウルフマンか。人間のパーティーにいるのは珍しいな」

「あ、うんっ! ジュリオと一緒に旅している、リーアです!」


 元気よくリーアが返事をすると、今度はエヴァンドロの視線が下に向いた。言わなくても分かる、リーアの尻尾を見ているに違いない。


「ほうほう、そうか。あとでもふらせてもらってもいいかな」

「いいよー! あ、もふもふ好きならウルフになった方がいい?」

「ちょっ」


 と、もふられを快諾したリーアがとんでもないことを言いだした。

 確かにウルフになったらその分だけもふもふになるし、エヴァンドロにとっては天にも昇る気持ちだろう。しかし、家の中で狼化したら、間違いなく迷惑だ。せいぜい獣人ファーヒューマンくらいに留めてほしい。

 アンブロースもぎょっとしながら、自分が乗っかっているリーアの肩をぺしぺし叩いていた。


「おいリーア、さすがにここでウルフになるのはまずかろう」

「あ、そうかー」


 そこでようやく、自分が大きいということを把握したらしい。こういうところがあるから、彼女の動向には目を光らせていないとならない。

 ふっと息を吐いて苦笑しながら、それでも俺はエヴァンドロに向かって手を伸ばした。


「まあ、でも村長はかなりのもふもふ好きだし……なんなら、俺に着ぐるみ士キグルミストとしての訓練を付けてくれたのは村長だから、普通に嬉しいと思うぞ」


 俺がそう説明すると、エヴァンドロが着ぐるみの胸を見せつけるように胸を張った。


「そうとも、かつてブラマーニ王国にこの人ありと知られた着ぐるみ士キグルミスト、『紅狐べにぎつね』エヴァンドロ・ヴィカーリとは俺のことだ!」


 本人から聞いた話によると、この『紅狐』という称号は、彼が常に身に付けているこの狐の着ぐるみが由来らしい。

 現役時代から肌身離さず持ち歩き、ほつれたら大事に修繕し、もはや一心同体と言ってもいいくらいのこの品は、現役時代にあるドーンフォックスの母親から託されたものなのだとか。その時に保護した子狐が、今こうして彼の相棒となっている狐なのだそうだ。

 ともあれ、俺以外の着ぐるみ士キグルミストを初めて目にしたリーアが、改めて目を見開いた。


「うわー、ジュリオ以外の着ぐるみ士キグルミストの人、初めて見た!」

「なるほど、いるところにはいるものだな。ジュリオが一体どこで、着ぐるみ士キグルミストのスキルを身に付けたのかと思ったが」


 アンブロースも嘆息しながら言葉を零した。

 特殊レアクラスに就くためには、ギルドでの講習を受ける以外に前提となるスキルが必要だ。同じく特殊レアクラスに位置する調教士テイマーで言えば、魔獣語や竜語などの魔物の使う言語関連のスキルと、調教のスキルがそうだ。

 これらのスキルは冒険者学校で身に付けられるようなものではないため、生来の保持スキルとして持っているか、先達の冒険者から手ほどきを受けて習得するしかない。

 俺は元々素養があったことに加え、住んでいる村の村長が都合よく着ぐるみ士キグルミストだった。なので教えを受けるのには都合がよかったのだ。これがアルヴァロから指導を受けなかったことの理由でもある。


「村長にはいろいろと教えてもらったからな。着ぐるみ換装や着ぐるみ洗浄のスキルの身に着け方とか、魔物との話し方とか」


 そうして説明すると、エヴァンドロも大きくうなずいた。腕を組みながらしみじみと言う。


「ああ、ジュリオは村の子供たちの中で一番筋が良かったからな。俺もしっかり教え込んだ。まさかこんなに大きな存在になるとはなぁ」

「全くもって同意見です」


 彼の言葉に大仰に肩をすくめて言葉を返した俺だ。本当に、俺は能力値的にも知名度的にも、大きな存在になったものだと思う。鳶が鷹を生むとはこのことだ。


「ジュリオ、ウルフとしても着ぐるみ士キグルミストとしても、すっごーく強くなったもんね!」

「ギュードリン様に魔狼王フェンリルとして認めてもらうのも間近だろうからな。胸を張っていいだろうよ」


 リーアとアンブロースも笑みを浮かべながら俺に寄ってきた。その言葉を裏付けるように、エヴァンドロも俺の肩をもふっと叩く。


「そうだぞ、ジュリオは俺よりもよっぽど立派な着ぐるみ士キグルミストだ。着ぐるみ士キグルミストとしてX級になった冒険者は今までいないんだぞ? どんと構えていろ」


 着ぐるみの頭に隠れて見えないが、きっとその内側では満面の笑みを見せているんだろう。師匠である彼に大っぴらに褒められたことが柄にもなく嬉しくて、俺も頭をかきながらぺこりと頭を下げる。


「分かりました。村長の名を汚すことのないよう、頑張ります」

「おう。まぁこれ以上汚しようがないだろうけどな! はっはっは」


 それから、俺や狼化したリーア、小獣転身を解いたアンブロースをもふり、ティルザまでももふり、満足したエヴァンドロに解放されたのは一時間後。ようやく村長の家を後にした俺たちは、揃ってぐっと背伸びをした。


「これで、会う人には会った?」

「ああ、もう大丈夫だ、行こう」


 時間も惜しい。リーアの言葉に頷いて、俺は「ピエトリ学舎」に急ぐ。そこで再び茶を飲んで談笑していたアルヴァロとギュードリンに頭を下げつつ、俺は本題を切り出した。


「終わりました。行きましょう」

「オッケー。じゃあ皆、こっちおいで」


 その言葉に、ギュードリンがすぐさま立ち上がる。そうして俺たちを手招きすると、彼女はす、っと右腕を何もない空間に伸ばした。

 と、次の瞬間。まるで空間に穴が開いたように『界』が……いや、『界』への入り口・・・が出来上がる。その意味するところなど、一つしかない。

 この元魔王は、『界』を介して自分の領地に帰ろうとしているのだ。


「『界』ってそんなことも出来るんですか?」

「『移動いどうの界』って言ってね、創界者の基本スキルだよ。大丈夫、いきなり自治区の中に飛んだりはしないからさ。まずは『門番』と挨拶だ」


 そう話しながら、ギュードリンはさっさと『界』の中に入っていく。彼女に続いて俺たちも恐る恐るその中へ。

 そして、呆れた表情でこちらに手を振るアルヴァロに手を振り返したところで、くぐった入り口が音を立てて消えていった。

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