第54話 着ぐるみ士、実家に帰る

 さて、せっかく故郷に帰ってきたのだから回るところを回ろう、と思っていたところで。アルヴァロが俺に声をかけてきた。


「ところで、ジュリオよ。お主折角バンニステール村に帰ったのじゃから、ご両親に顔を見せてきてはどうじゃ」

「あ……あー」


 その言葉に、着ぐるみの中で何とも言えない表情になって言葉を漏らす俺だ。そんな俺の顔を、アンブロースとリーアが覗き込んでくる。


「ああなんだ、貴様、この村に親がいるのか」

「ジュリオのお父さんとお母さんがいるの? 会いたーい」

「チィチィ!」


 二人だけじゃない、ティルザも何やら乗り気だ。俺としても正直、ここまで来たからには顔を出さないと申し訳ないとは思う。思うけれど正直、どんな顔をして親に会ったらいいんだ。

 このバンニステール村を出る時は、「勇者の仲間だ!」と大いに喜んで、喜び勇んで出ていったのだ。それが戻ってきた時には勇者パーティーをクビにされたなんて、情けないにも程度があると思う。


「そうですね……冒険を始めてから特に手紙を出したりもしてないしなあ。ここを離れたらまたしばらく会えなくなりますし」


 とはいえ、ここで断るわけにも行かないし、変な空気にもしたくはない。俺はもう諦めた。


「仕方ない、行ってくるか」

「うん、行っといで」


 尻尾を振るギュードリンと、ため息をつくアルヴァロに見送られながら、俺は「ピエトリ学舎」から外に出た。村の中心にある広場まで向かって、左に曲がって商店街に向かえば家がある。


「ジュリオのお父さんとお母さん、この村で何してるのー?」


 リーアが俺の横で尻尾を振りながら声をかけてくると、彼女の方を見ながら俺は家のある方に指を向けた。村の商店街というにはだいぶ栄えているそこは、武器屋に防具屋、薬屋に道具屋、雑貨屋など、生活や冒険に必要な大概のものが揃うようになっている。


「村の商店街で防具屋をやってるんだ。ここを左に曲がったらある」


 そう言いながら俺がリーア達を案内してしばし。商店街に並ぶ店の一つの前で、俺は足を止めた。防具屋「ビアジーニ装具店そうぐてん」。ここが俺の実家だ。

 ここで俺の父が防具の作成と修繕を、母が接客と材料調達をしている。俺は冒険者として旅立つ前は、父の仕事を主に手伝っていたのだ。


「ここだ」

「ほう、村の防具屋にしてはなかなか大きな建物ではないか」


 アンブロースが俺の肩の上で、実家の建物を見上げながら言う。確かにそこそこ大きな二階建ての家、こうした村の中では大きいと言えるだろう。

 木製の両開きの扉を開ける。そこではいつものように、父オリヴィエーロと、母クララが防具屋としての仕事をしていた。


「父さん、母さん、ただいま」

「へい、いらっしゃ――」

「いらっしゃ――」


 着ぐるみを格納しながら呼びかけると、オリヴィエーロもクララも揃って俺を見て、言葉を途切れさせた。二人揃って、信じられないと言いたげな目を俺に向けている。


「ジュリオか?」

「えっ、どうしたのあんた、勇者様と一緒に冒険してるんじゃ」

「あー……いや、それがさ」


 クララの言葉に、頬をかきながら俺は視線を逸らした。これを聞かれると予想していたから、家にはあまり帰ってきたくなかったのだ。

 とはいえ、話さないわけにはいかない。リーアの肩に手を置きながら簡潔に話す。


「ナタリアにパーティーをクビにされた。それで今は、このリーアとパーティーを組んで冒険している」

「こんにちはー」


 俺の言葉を受けてリーアがさっと手を挙げる。そこで、リーアの頭上にある三角耳と腰から生えた大きな尻尾を見て、両親が二人揃って目を丸くした。

 そりゃそうだ、狼人ウルフマンは厳密には魔物の側の存在だ。魔物が冒険者になって、パーティーを組んでいるとなったら、それは一般の人間は驚くだろう。


「お、おお……そ、そうか」

「ええ、う、うちの愚息ぐそくがお世話になっているようで」


 しどろもどろになりながら二人がリーアに頭を下げると、リーアはふるふると頭を振った。


「ううん、むしろジュリオにたくさんお世話になってます!」

「戦力的にも経験値的にも、ジュリオの方がリーアより上に立っているからな。立派にパーティーを牽引しているぞ、ご母堂」


 リーアの言葉にうなずきながらアンブロースが言葉を発すると、オリヴィエーロの目がますます大きく見開かれた。この反応もそうだ。人間語を流暢に話す魔物は、神獣か神霊というのが一般人の認識。それがここにいるわけで。

 カウンターの内側からオリヴィエーロが駆け出してきた。それに反応してか、アンブロースが俺の肩からリーアの肩へと移る。それを見ながら俺に耳打ちする父だ。


「おい、ジュリオ」

「なに、父さん」


 オリヴィエーロの言葉に声を潜めて返すと、彼の目はリーアの頭に登ってこちらを見つめるアンブロースに向く。


「あの喋るイタチはお前の……なんだ?」


 何とも言い難い表情をしながら俺に問うと、肩をすくめながら俺は自分の父親に返した。


「俺の従魔だよ。俺、今着ぐるみ士キグルミスト調教士テイマー二重職業ダブルクラスだから」

「は……」


 俺の言葉を聞いて、顎がストンと落ちるオリヴィエーロだ。ここまで規格外になると、俺自身も笑えてくる。

 とはいえ、当然といえば当然。着ぐるみ士キグルミストをやりながら調教士テイマーもやるだなんて芸当、普通じゃ絶対出来やしない。

 額に手をやりながら一歩後ずさる父親に、苦笑しながら俺は腰のベルトから金属製のタグを取り出して見せる。


「まあ、その。俺、今はランクがX級まで上がったからさ。そこそこ活躍しているんだぜ、パーティーを離れた後も」


 俺の手の中で、ディアマンタイト製の七色に輝くタグがきらめいた。それが、俺がそのくらいにいることの何よりの証左だ。オリヴィエーロも流石に、困惑の色を潜めて感心した表情で俺を見てくる。


「そうか……お前がなあ。X級ってことはあれか、アルヴァロ先生と同じランクか?」

「そう。まぁランクが同じなだけで、ステータスはアルヴァロ先生よりも上だけど」


 タグをしまいながらため息交じりにそう言うと、オリヴィエーロはいよいよ言葉を失ったようで。話を聞いていたクララも口元に手を当てて信じられないと言った顔をしていた。


「そうなの……まあ、立派になっちゃって」


 一年前に旅立った自分の息子が、こんなに立派になって帰ってくるなんて。両親とも、予想しなかったことだろう。

 そこから俺の着ぐるみを修繕してもらいながら、俺は両親とこれまでの話やリーアの話をした。あまりにもぶっ飛んだ話の内容に二人共とんでもない表情をしていたが、まぁ、それもそれで仕方がないことだ。

 俺の愛用するフェンリル着ぐるみのほつれを直しながら、オリヴィエーロが俺に言葉をかける。


「それで、どうしたんだお前。勇者様と一緒にこの村を旅立ってから、一度も村に帰ってこなかっただろう」


 その問いかけに、鼻先をかきながら俺は視線を逸らした。どう言おうか。


「ちょっとアルヴァロ先生に用事があってさ。パーティー離れたことを報告しないとならないのもあったし」

「うん。そしたら偶然おばあ――」


 軽くさわりを話す程度で話すと、その後を継いで話しだしたリーアがとんでもない爆弾を投下しようとした。慌てて俺はリーアの口をふさぐ。


「リーア、ストップストップ」

「いかんお前、それはここで言うことではない」

「むぐっ」


 アンブロースも一緒になってリーアの口をふさいだ。二人がかりで口をふさがれたリーアがモゴモゴしている。

 その反応にキョトンとするオリヴィエーロが、着ぐるみの布地に通していた糸を切った。補修はこれで完了だ。


「……まあ、いいさ。どうせまたすぐに、ここを発って冒険に行くんだろう?」

「そうよねぇ。冒険者は冒険してなんぼだものねぇ」


 俺に着ぐるみを手渡してきながらオリヴィエーロがそう言うと、クララも俺に新しい裁縫バッグを手渡しながら言った。今まで一年間使ってきた裁縫バッグは、だいぶ酷使してきたからへたりが酷かったのだ。

 新しくなったバッグと、綺麗になったフェンリル着ぐるみを受け取りながら、俺は両親にうなずく。


「うん、そうだな……ともあれ、父さんも母さんも元気そうな顔を見れて安心したよ」

「おう、お前もな。魔物にやられて殺されたりするなよ」


 着ぐるみを格納する俺の肩を、オリヴィエーロが優しく叩く。そしてクララも俺を優しく抱きしめながら声をかけてきた。


「ジュリオ……気をつけてね」

「うん、母さんも」


 抱きしめてくる母の身体に、俺も手を回す。久しぶりに感じる両親の、家族のぬくもり。その温かさに俺はそっと目を細めた。

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