第14話 「無才印」という風評被害の正体

 というわけで、もともと「回復魔法実践」があった日の三限。

 担当の先生の善意(?)で私に譲られたこのコマで……私はついに、精霊への属性のつけ方を教えることにした。


 毎週毎週違う内容を交互にやったりしたら、全部が疎かになると思って後回しにしていたが……週に何コマも授業できるなら、曜日ごとで内容を分けて並行で教えられるからな。

 それだったら、「無才印」という風評被害の解決に繋がる授業内容を、予定より早くから始めようと思ったのだ。


 今のクラスメイトたちの魔法制御力なら、たとえ精霊に属性魔法を覚えさせても、その副作用でヒールが使えなくなるということはない。

 彼女たちに属性魔法を覚えてもらうことで、私が特殊な存在というわけではなく、「無才印」という概念自体が間違いなのだということを立証しようというわけである。



 無才印に対する正しい理解を広めるには、誰か第三者にこの授業に立ち会ってもらった方がいい。

 そう思った私は昨日の朝、テレサ理事長にこの授業を見に来てもらえるか相談したのだが……テレサさんはもとからそのつもりだったらしく二つ返事で来てもらえることになった。

 というわけで彼女は、今も教室の後ろに控えている。


「えー、じゃあ今日は、いつもとはちょっと違った内容に入るね」


 私はそう前置きして、早速授業内容に入った。


「今日はみんなに、精霊に属性魔法を覚えさせる方法を教えていくわ」



「はい! じゃあついに……私たちも、自己紹介のときのイナビルさんみたいな魔法が使えるようになるんですか?」


 すると早速、シンメトレルが挙手してそう質問してきた。

 核心は突いているが……半分正解で、半分間違いってところだな。


「それは……みんなが精霊に、どの属性を覚えさせるかによるわね。精霊に覚えさせられる属性は、たった一つだけだから。雷属性を習得させれば私みたいになるし、別の属性を選べばそうはならない。そこはあなたたち次第よ」


 シンメトレルの問いには、私はそんな答え方をした。

 実際……前世では、精霊に雷属性を覚えさせる聖女はかなりマイナーだったからな。

 戦闘には一番向いてる属性なので、私みたいに精霊の魔物討伐経験値をカンストさせたい人には向いてるが……聖女本来の仕事に専念したいなら、他にもっとマシな属性がある。


 私はその辺を、このように説明することにした。


「特にこだわりが無いなら、私のオススメは火属性ね。火属性、極めれば燃焼以外の酸化還元反応も操れるようになるし……それだけいろんな化学反応を起こせるようになると、ポーション作りとかで結構便利だから」


 私はまず、オススメが火属性だということとその理由を説明した。


「次点で水属性かな。水属性も、極めればいろんな水溶液を生成できるようになるから、これもまたポーション作りに便利なのよね。火属性に比べれば自由度は劣るけど……その代わり、乾燥した地域とか、水自体も重宝するところではこっちに分があるわ」


 ちなみに化学反応を操るうえで火属性に軍配が上がるのは、極めれば不自然な酸化還元反応も強引に起こせるようになるからだ。

 今のクラスメイトたちは「酸化還元反応」自体何か分からないだろうから、そこまで踏み込んでは説明しなかったが。


「それ以外の属性は、どれも似たようなものかな。私の雷属性魔法なんかは、魔法戦闘師志望なら最適と断言できるけど……それ含め風とか土属性なんかも、わざわざ聖女が覚えるメリットはあんまりないし。あと闇属性は、単純に難しいから避けた方が無難だわ」


 私はそう、オススメの属性についての話を締めくくった。

 クラスメイトたちからは、ここまでで特に質問は無さそうだ。



 ……じゃあ早速、本題の「属性を覚えさせる手順」に入るか。

 私はまず、全員に五枚綴じくらいのお手製の資料を配った。


「精霊に属性魔法を覚えさせる手順は、至って簡単よ。いつものように精霊と会話する中で、覚えさせたい属性に関する科学的知識を教えるだけだからね」


 そして私はただ一言、そうみんなに伝えた。

 そう。実際やることは、本当にたったこれだけなのだ。

 然るべき知識さえ持ってれば、精霊と会話できる者なら誰でもすぐに始めることができる。


 ……もっとも、やり方を知ったところで、自然科学の知識を持っていなければどうにもならないのもまた事実だが。

 そこで出てくるのが、先ほどみんなに配った資料である。


「今配った資料には、精霊にまず教えるべき基本的知識を、属性ごとに簡潔にまとめてあるわ。火属性なら熱化学方程式、水属性なら極性分子の性質……みたいな感じで、精霊に何の話題を提供したらいいかが書かれてあるの。各ページに見出しがついてるから……何属性を覚えさせるか決めた人から、内容を精霊に話してあげてみてね」


 話す内容に困らないよう、自然科学の知識の方はこちらで用意することにしたというわけである。

 ちなみに本文は、内容を理解せずともただ精霊に読み聞かせるだけでいいレベルにしておいた。


 本当は応用力をつけるために、自分自身でも科学的知識を身に着けた方がいいのだが……まあその辺は、「自分にも属性魔法が使えた」という成功体験を覚えれば自然と興味が出るだろうからな。

 初歩の初歩は、手厚くサポートすることにしたわけだ。


「一個だけ注意点があるんだけど……一度属性を覚えさせたら、もう二度と変更は効かないからね。自分が将来何をしたいかじっくり考えて、慎重に属性を決めるのよ。分かった?」


「「「はーい!」」」


 最後に注意点を告げると……クラスメイトたちは皆、真剣に資料に目を通し始めた。

 ちなみに私は、新しい精霊には闇属性の知識を与え、属性をロックしてある。

 イレギュラーではあるが、前世で理論的に検証し尽くした結果、雷属性と最も相性がいいことが分かっていたからだ。


 クラスメイトたちからは、今のところ質問などは無いようだ。

 その間……私はテレサさんと、無才印に対する誤解について話すことにした。



「聖女が属性魔法を使うのって……そんな簡単なことだったんですね……」


 教室の後ろへ行くと……テレサさんが、そう話しかけてきた。


「ええ。ですが……簡単であるがゆえに、問題点もあるのです」


 私は手始めに、そう切り出した。


「……問題点?」


「はい。実は……魔法制御力の乏しい聖女が属性魔法を習得すると、回復魔法が一時的に使えなくなってしまうんです。そして、精霊との会話は……瞑想状態と脳の状態が近い、睡眠中にできてしまうケースもあるんです。もしも幼い聖女が、そんな拍子に何らかの自然科学の知識を話してしまったとしたら……」


「——まさか!」


 途中まで話すと、テレサさんも私の言いたいことに気づいたようだった。


「……はい。その聖女は、回復魔法が使えなくなります。夢で精霊に会うなんて、ハッキリ言って一生に数度レベルの奇跡ですし……精霊との会話方法——すなわち魔法制御力の上げ方が知られていない現状では、その聖女は金輪際回復魔法が使えなくてもおかしくありません」


「ということは……イナビルさんは、それが『無才印』だと?」


「おそらくは。属性魔法を覚えると聖印の形が変化するので、判定方法からしても間違いないでしょう」


 そう話すと……テレサさんは、猛烈な勢いで会話をメモにまとめ始めた。

 それが一段落つくと、テレサさんはこう聞いてきた。


「逆に言えば……それって、これまで聖女の素質が無いとされてきた『無才印』のみんなも、イナビルさん式の教育で回復魔法が使えるようになるということですよね?」


「そうですね。属性は既に固定されてしまっているでしょうが、回復魔法は問題なく使えるようになるかと」


 そして……その質問に答えると、テレサさんは極めて深刻そうな表情でこう言った。


「これは……無才印に対する評価を、根本的に変えなければならない話のようですね。少なくとも……無才印を理由に入学拒否をする現在のやり方は論外。その他にも、そもそも聖印判定が必要かという話も絡んできますね」


 それからテレサさんは、私に一例してこう続けた。


「大事な話をありがとうございます。私……この発見を無駄にしないよう、全力で制度改革に取り組みます」


 どうやらこの件に関しては、理事長自ら動いてくれるようだ。

 こうなると、話は思っている以上に早く進んでくれるだろう。助かるな。


「私も全力を尽くしますが……その上でも、この特Aクラスのみんなの実績は制度改革の大きな追い風になること間違いないでしょう。ですので、イナビルさん。今後とも、特Aクラスのみんなをよろしくお願いします」


 最後にテレサさんはそう私に頼み込むと、足早に理事長室へと向かっていった。

 とりあえず……一番大事なことは、達成できたみたいだな。

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