第15話 対抗戦と不吉な予感

 それから……事態が大きく動くこととなったのは、一か月後のことだった。


「ご存知の人もいるかもしれませんが……毎年この時期になると、王都の騎士学院同士で学院対抗試合が行われます。そして……この対抗戦では、毎年何人か、ウチの生徒が治癒術士として大会のサポートをすることになっています。本来それは上級生の役目なのですが……今年に関しては、特Aクラスからも何人か参加してもらいます」


 ある日の下校前のSHRショートホームルームの時間。

 テレサ理事長が、そんな発表をしたのだ。



 あとで手招きされて話してもらったことなのだが、狙いは騎士学院対抗戦で特Aクラスの実力を世に知らしめることらしい。


 学園生の参加、名目上は「学園の聖女が治癒術で大会をサポート」となっているが、その実情は学生インターンみたいなもの。

 序盤は学園生が治癒に携わるものの、最終的には治癒しきれなかった負傷者を、大人の聖女が治癒するのが通例となっているのだそうだ。


 そんな中……特Aクラスの生徒が、全負傷者を完治させることができれば。

「特Aクラスの生徒は、かつてないほど優秀である」という評価がつくことになる。

 そして、その実績を引っ提げた上で、属性魔法の授業の影響で変化した特Aクラス生の聖印について公表すれば……無才印という評価が不適切だと、皆が認めざるを得なくなる。


 それが、テレサさんが思い描いているシナリオなのだそうだ。



 ちなみに特Aクラスから選ばれたのは、私の他にはリレンザとシンメトレルの二人。

 首席が異質だっただけって話にならないよう、大会当日の治癒は主に二人に任せ、私はいざという時の保険として同行する形になるのだという。



 そんなわけで……大会当日。

 私たちはテレサさんに連れられて、対抗戦の会場にやってきた。


 聞いた話によると、今回の対抗戦は、王都で一、二を争う二校によるものらしい。

 の、だけれど……。


「えーと、この子たちが……難関騎士学院の生徒たち?」


 騎士学院の制服を着た生徒たちを見て……私はあまりの想像との乖離に面食らってしまった。


 何というか……ここにいる学生が相手なら、たとえ両手両足を縛られてても勝てそうだ。

 前世の騎士学院の最難関校の生徒なら、私がマッハ3くらいで放った電磁加速砲魔法レールガンなら難なく弾き返したものだが……ここの生徒だとマッハ1ですら厳しいのでは?


 正直、試合は見どころが無さそうだな。

 私は率直に、そんな感想を抱いてしまった。


 まあポジティブに捉えるとするなら、このレベルの生徒同士の試合なら大した怪我人は出ないので、シンメトレルとリレンザだけで十分対応可能とは言えるのだが。

 難関校の学院生でこれなら、「キメラ単独討伐が騎士団長レベル」っての、もしかしてあながち間違いじゃなかったのではとすら思えるような……。


 などと考えながら歩いていると、「教会附属聖女養成学園の控室はこちら」という案内板が目に入った。


「あ、私たちの控室は向こうみたいですね」


 そしてそう言うテレサさんについて、私たちは控室へと向かった。



「初めて人を治癒するの……緊張するなあ」


 歩きながら……シンメトレルは、そう心境を口にした。


「大丈夫よ。この学院生の実力じゃ大した怪我人は出ないから、今のシンメトレルの実力なら十分対応できるわ」


 私はそう言って、シンメトレルを元気づけた。


「シンちゃん、もっとワクワク楽しもうよ!」


 対照的に……リレンザは、ワクワクこそしているものの全く緊張はしていなさそうだ。

 シンちゃん……いいあだ名だな。私も今度からそう呼ぼうかな?


 などと考えつつ、ずんずんと通路を進んでいく。


 だが……そうやって、第一騎士学院の更衣室前を通過しようとした時。

 私は、不穏なものを感じ取ってしまった。



「この匂い……まさか、向精神薬?」


 なんと……更衣室の方から、微かにではあるが、精神刺激系の薬剤の香りがしたのだ。

 しかもこれ……多分、中毒症状と依存性がかなり酷いタイプの奴だ。


 まさか……出場選手の誰かがドーピングをしようとでもしているのだろうか。

 それも、およそ人が服用するものとは思えない危険ドラッグで。


 いや……流石に考えすぎだよな?

 大事な試験で魔がさしたり、国家滅亡級の魔物が出て「ドーピングか死か」みたいな状況ならまだしも、たかが学生同士の模擬対抗戦でそんなリスク冒すやついるはずが。

 ……ない、よな。うん。

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