第13話 回復魔法の派生技を教えた
次の週の、「イナビル特別授業」の時間。
私は体育館にて……クラスメイトたちが鬼ごっこに興じるのを見守りながら、新しい精霊と会話をしていた。
鬼ごっこといっても、今やってるのはただの鬼ごっこではないが。
今やってるのは、カーテンを完全に締め切った、全く光の差さない暗所での鬼ごっこである。
この鬼ごっこの真の目的は、回復魔法の派生技を体験させること。
回復魔法の派生技といえば、私がよく使う「ミトコンドリア・ヘルファイア」などもその例だが……今回はみんなに「赤外線可視化」という魔法を教え、それを遊びの中で習得してもらおうと思って、こんな授業形態にしているのである。
回復魔法、本当はあらゆる生命現象を操作できる優れものなんだが……この時代では、ヒールやエリアヒール、
まずはその認識をぶち破ってもらおうと思い、なんでもいいから生命現象操作魔法を一つ、体得してもらうことに決めたのだ。
そこで私が最初に教えることに決めたのが、網膜の感知周波数を魔法で改変して赤外線を可視化するこの魔法だというわけである。
「ミトコンドリア・ヘルファイア」なんかはこんな魔法より数段役に立つが、その代わり「高熱に耐えながら発動しなければならない」という難しさもあるからな。
まずは万難を排して、誰でも簡単に習得できるという点を重視して、この魔法を採用するに至ったのだ。
ちなみにわざわざ鬼ごっこにしているのは、そういう遊び要素があった方が、より実践的に習得できるのではと考えたからである。
授業の冒頭のレクチャーでみんなやり方は覚えたので、する事がなくなった私は今、せっかくのすきま時間で新しい精霊と向き合っているというわけだ。
「みんな、すごいはしりまわってるねー!」
「そうよね。若い子って何かと元気よね……」
まあなんだかんだで、あまり話すことも思いつかなくなってきた私たちは、二人で鬼ごっこを見守る体制に入りかけてしまっているわけだが。(ちなみにゼタボルトはお昼寝中)
そんなこんなしていると……クラスメイトの一人がこっちに走り寄ってきたかと思うと、こんな要望を出してきた。
「イナビル先生、私……鬼ごっこ飽きちゃった。もし良かったら……最初に見せてくれた炎の出し方、聞いてもいい?」
走り寄ってきたのは、シンメトレルだった。
シンメトレルは……私が授業の冒頭で回復魔法の派生の一例として見せた、「ミトコンドリア・ヘルファイア」の発動方法を教えてもらいたい様子だった。
「良いけど……あれ、慣れてないと想像以上に熱いのよ? 初めは使うのには相当な覚悟がいるけど、それでも大丈夫?」
そんなシンメトレルに、私はまずそう聞いてみた。
ちなみに敬語からため口になっているのは、一週間の間に少しは仲良くなった……ような気はするからだ。
「大丈夫! 私一応、実家ではお父さんの鍛冶仕事手伝ってたし」
私が心配すると、シンメトレルは生い立ちを根拠に、平気だと主張した。
「それに……あの魔法のすっごいいバージョンが、この前キメラを丸焦げにした魔法なんでしょ? 私あれを見て、イナビル先生かっこいいなーって思って……」
「そ、そうなの……」
なんかそんな風に言われると、途端に断りづらくなるな。
私はシンメトレルの意気込みに押され、ミトコンドリア・ヘルファイア、教えてもいいかという気分になってきた。
実家の鍛冶に携わるとかならいっそ、精霊につける属性を火にすれば良い気もするが……確か前世では、「ミトコンドリアを活性化させた指先で刃先をなぞり、最高の焼き入れをする」みたいな技術で数々の名刀を生み出した人もいたしな。
シンメトレルにとって、重要な術式の一つになる可能性は低くはないだろう。
「じゃあ、教えるね」
私はそう言って、シンメトレルを体育倉庫に連れていった。
そしてそこに置いてあった黒板の一つに……細胞を一つと、分子の構造式を一つ描いた。
「私たちの体内にはミトコンドリアっていう、こんな感じの微生物がたくさん住んでるの。この微生物たちがATP——こんな感じの物質を切ったりくっつけたりする過程で、私たちはエネルギーを得ることができるのよ。そして……魔法でその活動をすごく元気にしてやれば、火が出るってわけ」
黒板に書いてある図を指しながら、私は魔法の仕組みをざっくりと説明した。
するとシンメトレルは、大きく頷き——
「分かった! こんな感じかな……はぁぁぁああ!」
——間髪入れず、魔法の発動を試みた。
おいおい、説明はまだ半分しか終わって……
「あちちちち!」
「だ、大丈夫!? ミトコンドリア沈静化!」
などと思っているうちにも、シンメトレルの全身から火が噴き出したので、私はとりあえずミトコンドリアの活性化を強制停止した。
「あの……まだ話途中だったんだけど、この魔法、そのまま使うと火傷しちゃうから火傷をヒールで相殺しながら使わないといけないんだよね」
「そうだったんだ。ごめんなさい……」
私がそう説明すると、シンメトレルはしょんぼりしてしまった。
いや私としては、シンメトレルさえトラウマになってなけりゃ全然大丈夫なんだが。
魔法の習得の過程では、失敗は付きものだし。
「……ちゃんとやるから、もう一回やらしてください」
と思ったが、どうやらそれは杞憂だったようだ。
「うん、ぜひやってごらん。……ヒールと二重に魔法を展開しなくちゃいけないから、威力は控えめにね」
「はい!」
そう言って今度は……シンメトレルは、自分の右手に火を灯した。
「……熱くない?」
「熱いけど……慣れないといけないんだよね? がんばる」
シンメトレルの今回の炎は、かなり安定していた。
流石は鍛冶師の娘というべきか。
そんなに冷静に返事ができるなら、もう慣れたも同然だよな。
……説明途中でやったのをノーカンとすれば、初回でここまで炎を安定させられるのはかなりの才能だ。
これは……この魔法、この子の十八番になるかもしれないな。
そんなことを考えていると、授業の終わりのチャイムが鳴り響いた。
◇
次の授業に向かうために、体育館から教室に移動していると……理事長室を通り過ぎようとしたところで、後ろから声がかかった。
「イナビルさん、少し伝えたいことが」
振り向くと……そこにいたのは、理事長テレサさんだった。
「何でしょうか?」
確かテレサさん、冒頭のレクチャーが終わって、鬼ごっこに入ったタイミングで体育館を去っていったのだが……それから今の間に、何か決定したのだろうか。
などと思いつつ、そう聞き返してみると……テレサさんは、衝撃の事実を口にした。
「実は……『回復魔法実践』担当のメフェナ先生が、『特Aクラスは全員最高評価で単位を出すから、今後の授業時間をイナビルさんに譲りたい』と直談判しに来まして。もしよろしければ……授業を一コマ増やしていただけませんか?」
なんと……私が担当する授業時間が、もう一コマ増えようとしていたのだ。
いやまあ、私としては構わないのだが。
あの小テストだけで、全員最高評価で単位が出てしまうのか……。
「あの……難しいでしょうか?」
「いえ、そんなことは! じゃあ何かしら、次の授業内容考えときます」
呆気に取られていると、テレサさんはそんな私を「難色を示している」と勘違いしたみたいだったので、私はそう言ってOKを出した。
「ありがとうございます! 助かります」
するとテレサさんは満面の笑みでそう言って、理事長室に戻っていった。
回復魔法実践……確か次は明後日の三限だよな。
せっかくなら……そのコマは、教えるのを後回しにするつもりだった内容を並行で進める感じにしようか。
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