第3話 簡単な治療で天才扱いされた……なぜ!?
「傷を……治す?」
私が回復魔法を使うと宣言すると……父はキョトンとした表情で、そう聞き返してきた。
「……あー、まあそのなんだ。自分が無才印持ちだと分かって、ショックを受ける気持ちは分かるが……できもしないことをやると言うのは、どうかと思うぞ」
そして……父は私が現実逃避を始めたと思ったのか、そう諭すような言葉を続けた。
……まあ、そういう反応になるのも無理はないな。
この場では、誰も私が転生者だなんて、知る由も無いんだし。
無才印云々を一旦置いとくにしても、そもそも現世の私は聖女としてのトレーニングを一切やってないのだから、回復魔法を使うなどと言いだしたら変に思われても仕方がないのである。
となる以上……私がすべきことはたった一つ。
とにもかくにも、父の右腕の擦り傷にさっさと回復魔法をかけるのだ。
私が転生者だなどと説明を始めたら、余計に父も母も混乱するだろうし、変に御託を並べるよりは論より証拠で突っ切るべきだろう。
「まあまあ、そう言わず物は試しと思って。ヒール」
すかさず私は父にそう返し……そして間髪入れず、回復魔法を発動した。
すると……一秒もしないうちに、父の右腕からは傷が消え去り、まるで怪我など負っていなかったかのような状態になった。
流石にここまで来れば、もう私にちゃんと聖女の力があることを認めざるを得ないだろう。
そう思いつつ、私は父の様子を窺ってみた。
「……は? 本当に……一瞬で傷が消えた!?」
すると……父は口をあんぐりと開け、信じられないとばかりに上ずった声でそう呟いた。
「ね? 無才印だか何だか知りませんけど、聖印がどんな形状であれ、回復魔法はちゃんと使えるでしょう?」
「こ……こんなことが本当にあるなんて……」
未だに状況が飲み込めない様子で、目を白黒させ続ける父。
しかしその表情は……同時に、どこか嬉しそうでもあった。
とりあえず、目的は達成したとみていいみたいだな。
それはさておき……私はここで、もう一つ施さなければならない治療があることを発見した。
ある程度鍛錬を積んだ聖女の場合、回復魔法の魔力の反射から患者の健康状態を把握できるようになるのだが……私はそれで、父がとある重大な疾患に冒されていることが分かったのだ。
診断できておいて、それを放置するという選択肢は存在しないだろう。
「ところで……父上。右足の甲のデカいホクロ……たまに痛んだりしませんか?」
私は手始めに、そう尋ねてみた。
「……なぜそのことを知っている!?」
すると父は、まるで何か秘密を暴かれたかのように、目を見開いた。
父は普段、家の中では靴下を履いて過ごしている。
見せたことのない場所にあるはずのホクロを指摘され……少し面食らったのだろう。
「回復魔法を使用すると、患者から反射された魔力で健康状態を把握できますの。そのホクロ……放っとくと、大変なことになるところでしたわよ?」
「そんな……ホクロがか?」
どうやら父は、たかがホクロで酷いことになるとは露ほども思っていないみたいだ。
だが……それは大きな間違いだ。
なんせそれ……皮膚がんだからな。
「ターゲット指定破壊——メラノーマ」
私は魔法を発動させ、父の足の甲にある悪性腫瘍をピンポイントで消滅させた。
ターゲット指定破壊というのは、腫瘍やウイルスなどの身体に悪影響を及ぼす生物を指定して消し去る、れっきとした治癒魔法だ。
今回は対象が皮膚がんということで、私はこの魔法で癌細胞だけを消滅させた。
幸い父の癌はそこまで進行しておらず、転移も直下の足の骨までにとどまっていたので……これで完治したことだろう。
「な……さっきとは違う魔法? しかし、痛みは引いた?」
「もう治療したから大丈夫ですが……危うく癌で死ぬところでしたわよ」
「そうか、癌か。……え、癌? 癌ってあの!?」
癌治療を宣言すると、父はショックを受けたようにそう何度も聞き返してきた。
現世の記憶によると……父ロキシスは、多少の体調不良は根性で乗り切ってしまうタイプみたいだからな。
今回のホクロも、多少ズキズキしても全く気に留めていなかったのだろう。
「そんなに驚かなくても、もう完治しましたから」
癌って部分に気を取られ過ぎて、治ったって部分が頭から抜け落ちてるかもしれないと思い……私は再三そう言ってみる。
すると父からは、思いもよらぬ言葉が帰ってきた。
「癌って不治の病のはずだが……それを『治した』って、どういう意味だ?」
……は!?
癌が……不治の病?
この人は一体何の冗談を言っているのだろうか。
「え……不治の病? いったいいつの時代の話ですか……」
「今に決まっているだろう。この世に癌を治療できる人がいるなんて、聞いたことがないぞ」
聞き返しても、父は尚もそう言った。
かと思うと……父は、なぜかますます嬉しそうに微笑みだした。
「これはすばらしい! 聖印を見た時点では、素質が無いのかと思いかけたが……むしろ我が娘は、1000年に一度レベルの稀代の天才だったようだな!」
いやいや、たかがターゲット指定破壊魔法でその扱いはちょっと……。
転生者が神童扱いされるのは、ある程度は自然なことかもしれないが……流石にその評価は、親バカ補正を込みにしても、広域感染症殲滅魔法クラスの魔法を見せてからにしてほしいものである。
「私はそこまでのつもりで治癒をしたわけじゃ……」
「素晴らしいわ、イナビル! これなら当然、教会に学費を払わなくちゃね!」
だが……そう思っている間にも、父だけでなく今度は母までもがそんなことを言いだした。
「イナビルが行っても学ぶことなんて何もないだろうがな! しかしまあ、一応あそこを卒業しないと聖女として国家に公認されないし……。ま、適当に頑張ってくるんだぞ!」
そして父に至っては、学ぶことなど何もないなどと言いだす始末である。
……この人、こんな性格だっただろうか。
というか……流石に前世で死んでからかなりの期間が経っているはずなので、流石に何かしら新しい研究結果とか見つかっているとは思うのだが。
……ま、まあ、これはおそらく、二人とも「無才印」とやらで落ち込んだ反動で過剰に喜んでるだけだろう。
とりあえず聖女として人生を歩めることにはなったので、それで安心しておけばいい……はずだ。
私は浮かれている両親を居間に残しつつ、自室に戻ることにした。
◇
そして……数日後。
「イナビル、本当に馬車は用意しなくて良かったのか?」
ついに、私が王都の教会に入学試験に行く日がやってきた。
ちなみに今父が言っているのは、二日前父が王都行きの馬車を手配しようとしていたので、それを止めた件についてである。
「大丈夫ですわ。馬車なんて、ただただまどろっこしいだけじゃないですの」
未だに心配そうな父に対し、私はそう返した。
父に聞いたところ、王都まで馬車で移動するとなると、一週間はかかるそうなのだ。
地図上の距離を見る限り、普通に行けば三時間で着く距離を、である。
流石に金を払ってまでそんな乗り物に乗るのは、ただの苦行でしかない。
なので、私は私の移動手段で王都まで行かせてもらうつもりである。
「では、行ってきます」
「気をつけてねー!」
満面の笑みで手を振る母に対し、私は手を振り返した。
……じゃ、
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