第2話 なぜか聖女の素質が無いと言われた

 目が覚めると……私の目の前には、体中に電流を迸らせている一体の精霊がいた。

 どうやら転生には成功したようだ。



 目の前にいる雷の精霊は、当然ゼタボルトだ。

 私はまず、ちゃんと転生に際して二体目の精霊を獲得できているかをチェックすることにした。


 ゼタボルトほど強力かつ強い絆で結ばれている精霊なら、自分の目からは視認することだって可能だが……まだ強力でも親密でもない二体目の精霊は、深い瞑想状態に入って初めて感知できる。

 試しに瞑想してみると……ゼタボルト以外に一匹、初期状態に近い精霊と契約できていることがはっきりと確認できた。


 とりあえず、これで転生の目的は達成だ。

 世の中の全員が全員聖女のなるわけではないことからも分かるように、二体目の精霊が手に入るかどうかは完全に運だったのだが……とりあえずそこの運ゲーは制したというわけだ。

 でなければもう一度転生しなければならなかったところだが、その必要性はなくなったな。



 てな感じで、最重要事項の確認は済んだことだし……次は、現世の状況を一旦整理しようか。

 まず、今の私の名前はイナビル=ラピアクタ。

 ラピアクタ子爵家の次女だ。


 年齢は15歳、ちょうど今日がその誕生日。

 ちなみに今になってやっと前世の記憶を思い出した理由は、ゼタボルトが今世の私を見つけ出すのに時間がかかったからである。

 私が生まれてから15年の歳月をかけてゼタボルトが私を見つけ出し……今朝、前世の記憶を呼び覚ましてくれたというわけだ。

 こうなるのは転生のための術式を開発した時から分かっていたことなので、そこについては何の問題も無い。


 そして今日私は……家族が見守る中、魔道具を使って私の「聖印」を確認することになっている。

「聖印」とは、契約照会系の魔道具を使うと額に浮かび上がる精霊との契約の証のことなのだけれど……この時代では、それを使って聖女の素質があるかを確認するらしい。


 そんな事しなくても、家庭教師でも雇って瞑想訓練を始めれば精霊の存在なんてすぐ確認できるのにと思うのだが……この時代には、早期教育はしない方針か何かがあるのだろうか。

 まあとにかく、精霊の存在を既に確かめてる私にとっては、取るに足らない行事である。


 ラピアクタ家では、聖女の素質が無い女はどこかの貴族に嫁に出される方針らしいけど……それも私には関係のない事だ。


『おはよう、フラジール』


『今世の私はイナビル=ラピアクタよ。イナビルって呼んでね、ゼタボルト』


 脳内の直接話しかけてくるゼタボルトに今世の自分の名前を告げると、私は家族のいる居間に降りていった。

 しかし——ここで私は、予想だにしていなかった事態の直面することになってしまうのだった。



 ◇



「イナビル。残念だが……お前には聖女の素質は無いみたいだ」


 魔道具での聖印照会を終えた直後。

 私の父・ロキシス=ラピアクタは、落胆のため息とともにそう口にした。


 ……は? 聖女の素質が無い? この私が!?

 私は父の言っている意味が分からず、こう聞き返した。


「聖女の素質が無いってどういうことですか? 聖印なら、ちゃんと出てますのに……」


 私は鏡を目の前に用意して、再度契約照会の魔道具を起動してみた。


 ……うん、ちゃんと額に聖印が浮かび上がっている。

 ゼタボルトのと新しい精霊のとが重なって、形はグチャグチャだけれども。


「ほら、ちゃんとここに浮かび上がってるじゃないですの……」


「問題は形だ」


 自分の額を指しつつ反論すると、父はそう答えた。


「聖印が出ている以上……確かにお前には、聖女の力が全く無いわけではないだろう。だが、お前はその力を引き出すことができるようにはならない。そのことを示すのが、お前の額に浮かんでいる『無才印』だ」


 そして父はそう続けた。


「無才……印……?」


 聞きなれない単語の困惑していると……父は書斎から一冊の本を持ちだし、その最初のページを開いた。


「正常な聖女の聖印は、このような形をしている。だが……何かしらの異常を抱えている聖女は、聖印の形が歪になってしまうのだ。そしてそのような聖女は、いくら鍛えても回復魔法が使えるようになった試しが無い。そのことから歪な聖印は『無才印』と呼ばれるようになったのだよ」


 そう説明する父が指し示したのは……初期状態の精霊を持つ聖女の聖印の図だった。

 それを見て、私は違和感を覚えざるを得なかった。


 ん、どういうことだ……?

 この時代の精霊には、「属性を覚えさせたら回復魔法が使えなくなる」みたいな制限でもあるのか……?


 そう疑問に思った理由は一つ。

 聖印の形というのは、精霊の属性を覚えさせると変化していくからだ。

 精霊に属性魔法の知識を覚えさせれば覚えさせるほど、聖印の形は複雑で緻密になっていく。


 だから、聖印が初期状態でなければならないというのは、精霊に属性魔法を覚えさせてはいけないという意味になってしまうのだが……まさかそんな無茶苦茶な話あるわけないよな?


 試しに私は、小規模な雷魔法で手の甲に火傷を作り、それを回復魔法で癒してみた。

 すると……雷魔法と回復魔法は、両方ともちゃんと発動した。

 魔法の発動に関して、特に異常や制限は無いみたいだ。

 やっぱり……不思議だ。



 ……まさかとは思うけど、「無才印」って、精霊との親密度が上がる前に属性を覚えさせると一時的に回復魔法が使えなくなるバグのことを言ってるわけじゃないよな?


 精霊との仲の良さは、魔法制御力に直結する。

 それ故に、あまりに早期に属性を覚えさせると、回復と属性どちらもおぼつかなくなるって噂は確かに聞いたことがある。

 けど……あれだって、後からちゃんと精霊とコミュニケーションを取れば解消できたはずだ。


 それが理由で無才印って概念ができたんだとしたら、この時代では「精霊とコミュニケーションを取ること自体一般的でない」ということになってしまうけど……流石にそんなはずは。



 などと思考を巡らしていると、母・イレッサ=ラピアクタが私を案じてかこう言ってきた。


「イナビル、心配しなくても、私たちがちゃんとあなたに相応しい相手を見つけますからね」


 ……いやいや、なんで私を嫁に出す前提で話してるの。

 私は聖女として生きますから。


 もしそれで見つけてきた相手とやらが、世界最強の剣聖かなんかだったら、戦闘パートナーとしては悪くないだろうけど……そんなの初めから期待するような話ではないし。

 というか仮にそんな人だったとして、政務をほっぽり出して政略結婚の相手と精霊を育てる旅に出るなんてできるはずないんだし、やっぱりその路線はあり得ない。


「いや、私は……」


 と、そこまで言いかけて、私は言葉に詰まった。

 自分の実力は自分が一番分かってるけど……無才印とやらの固定観念を覆すだけの力を、どう証明したらいいのだろう?


 そう思い、父母に目をやると……私は一つ、取っ掛かりとなるものを見つけた。

 父の右腕に、昨日あたりにできたものと見られる擦り傷ができているのだ。


 無才印の聖女は、回復魔法が全く使えないことになっている。

 なら……たとえあの程度の擦り傷でも、完治させられれば最低限実力の証明にはなるはずだ。


「父上、その傷……私に治療させてもらえませんか? たとえ『無才印』とやらでも、そんなの関係なく回復魔法が使えることはここで証明します」


 私は父の目を見据え、そう口にした。

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