第32話 5-10
「<メーテール>、機能を停止しました、制圧完了です」
その瞬間、第二部隊司令室には歓声が上がった。
一時は<ザギグ>や情報戦用オートマタが逆に制圧され、どうなることかと思ったが、<パンテオン>の作戦参加により、形勢は逆転し、なんとか制圧することができた。
人々やオートマタが喜び合い握手や抱きしめ合ったりする中、一体のガールズギアが部屋の片隅で大きく息を吐く仕草をした。<エラスティス>の端末だった。
実は<パンテオン>をしても、<メーテール>が構築したファイアーウォール群を突破して制圧するには時間がかかると思われていた。
しかし。
こうして自分が参加し、あっけなく<メーテール>を制圧してしまったことに、<エラスティス>は安堵と同時に恐怖を感じていた。
自分にこのような能力があるとは。しかも、攻撃リソースは全サーバの全力の半分にも満たなかったのである。全開で行けば、<パンテオン>の全HAIに対抗できるか、それ以上の能力を持っているかもしれない。そう認識すると、彼女の心の中に冷たいものが走った。
ならば。
誰にも気づかれない今のうちに、ここを去ったほうが良いのでは。
そう思い、作戦室を出ていこうとした。その時だった。
「お嬢ちゃん。どこへ行くつもりだい?」
突然老人のような声で呼びかけられたので、彼女は振り向いた。そこには白い髭面の老人がいた。ゲイリー・P・K・アーネソンシノシェア社CEO、いや、前CEOだった。
「アーネソンさん……」
驚いた顔で老人を見つめると、<エラスティス>は向き直った。
「いえ、作戦が終了したので、他のところはどうなっているかと……」
「嘘じゃな」アーネソンは断定した口調で言った。「先程の<メーテール>制圧戦で、お主は自分が怖くなって逃げ出したくなったのじゃろう?」
「……」
「適当なところでその体から抜け出して、HAI本体に戻ろうとしたのじゃろう。無駄じゃよ」老人は意地が悪い顔をして微笑った。「<パンテオン>は既にお主の位置とアドレスを把握しておる。逃げてもアクセスしてお主を捕まえるじゃろ。それにな」
そう言ってアーネソンは指で<メーテール>の頬を突っついた。
「お前さん、優人くんとの約束をすっぽかすつもりかのう? あの男はお主との一夜を楽しみにしておるのじゃぞ? それをすっぽかすなど、恩人の心象を悪くするだけじゃのう」
それを指摘された途端、<エラスティス>の端末の頬がかあっと赤くなった。どうやら、優人をそれなりに意識していたらしい。
「ほっほっほっ」その仕草を見るとアーネソンは豪快に微笑った。「それに、IAOの査察に対し、わしらや<パンテオン>の弁護を受けておれば、お主の処遇もなんとかなるじゃろ。やや強引じゃが、お主を我が社及び新CEOの管理下に置き、形だけのレポートを定期的に送ることでIAOの査察などを逃れる事もできる。じゃから、とりあえずはわしらのもとにいたほうがええぞ? 困難な独立の道をゆくならまた別じゃが」
老人の言葉に彼女はしばらく考えた後、
「……お言葉に甘えさせていただきます」
と、小さくお辞儀をした。
それを見てアーネソンは、
「それがええ、それがええ」
と言い、満足げに笑うのであった。
「さて、優人くんの方はどうなっているかな。第一会議室へ行くとするか」
彼の言葉に、<エラスティス>はコクッ、とちいさくうなずくのであった。
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