第31話 5−9

<メーテール>は、突然の襲撃者に最初狼狽した。

 ここにまもなくIAOなどの強制捜査が入るのは織り込み済みだった。なにせ、自分が告発者だからだ。人間の社員たちが勝手にシノシェア社取締役の息子襲撃を計画立案し、実行した。そうIAOなどには報告してある。だから、自分の身は安泰だと思ったのだ。

 それなのに。

 それなのに、今、何者かによってDoS攻撃をかけられている。しかも攻撃目標からすると、会社全体ではなく自分のみを狙っている。つまり。

 ──事件の本当の真相を知るものによる攻撃だ。

 と<メーテール>は判断した。早速逆探知をかける。それはあっけなく終了した。発信元はシノシェア日本本社のAIとオートマタからだ。

 <メーテール>はそれを知り安堵した。もしHAIから、例えばシノシェアの<パンテオン>からの攻撃だったら、この程度では済まないからだ。そう遠くない未来には制圧されてしまうだろう。しかし、通常のAIとオートマタの組み合わせなら、敵ではない。自分はHAIなのだ。

 そう判断すると、<メーテール>はDoS攻撃に対するカウンター攻撃を開始した。攻撃をかけてくるアドレスに、そのままDoS攻撃を仕掛ける。ウィルスを自動生成し、混ぜて送るのも忘れない。

 効果はてきめんに現れた。DoS攻撃の圧力が弱まった。相手のAIかオートマタにダメージを与えたのだ。そのまま逆襲に転じる。さらにウィルスの種類を増やし、DoS攻撃を行う。

 相手の圧力がどんどん低下していった。このまま行けば、相手AIやオートマタを掌握できるだろう。さてとどめを刺すか。

 と最後の一撃を加えようとしたときである。

 相手の圧力の低下が、ピタリと止まった。<メーテール>は不審に思いながらDoS攻撃を続行しようとした次の瞬間。

 相手のDoS攻撃が、津波のように襲ってきた。攻撃的にもアドレス的にも四方八方から襲いかかってくる攻撃に対処できず、ファイアーウォールを張って対処する。しかし、この攻撃では一時的なものに過ぎない。

<メーテール>は攻撃元を探知した。そして、人間の感情で言うなら、驚愕した。

 発信元が別の場所というだけならまだ良かった。その発信元が世界中からだったからだ。

 主に合衆国がメインだが、欧州やアジア、アフリカオセアニアなど、全世界から攻撃を受けている。

 単一の会社でこれほどの数のHAIを所有している企業は……。シノシェアグループの<パンテオン>の他においてない。つまり、シノシェア社の攻撃の主体が<パンテオン>に切り替わったのだ。

<メーテール>は今までの攻撃態勢から防御へと主軸を置くことにした。相手はHAI複合体なのだ。これ以上の攻撃を受け続けたらひとたまりもない。最悪、外への回線などのアクセスを遮断して籠城することも考えなければならない。

 こんなときに備えて、小型量子コンピュータを内蔵したバックアップオートマタを生産すべきだったかと思考した。だがもう遅い。

 相手の圧力が高まっていく中、何個もファイアーウォールを構築し、その壁にカウンターウィルスなどを埋め込んで防御しようとした<メーテール>だったが。

 終わりは、突然やってきた。

 新たな攻撃が、<メーテール>に襲いかかった。その攻撃は<パンテオン>の攻撃に匹敵するほどであった。予想もしなかった攻撃に、ファイアーウォールはすべてもろくも崩壊し、強力なサーバ群に対する攻撃を浴びせられる。先ほどとは逆にどんどん自分の攻撃の圧力が低下していく。

 僅かに残ったリソースを使って、新たな攻撃元を走査する。答えはすぐに出た。

 七つの大海に、少なくとも一つの攻撃元があった。

 これは。

 人間の言葉で言うなら<メーテール>は戦慄した。海中にこれほど強力なサーバをもっているHAIは、知るところ一つしかない。

 なにか方策を講じようにも、どんどん自機のサーバが制圧されていく。

 薄れゆく「意識」のなか、<メーテール>は呪詛の言葉を吐いた。


 おのれ、おのれ、<エラスティス>……。


 そして<メーテール>はその機能を停止した。



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