第30話 5−8

「ちっ、倒しても倒してもまだ来やがるっ! ゾンビどもめっ!!」

「これじゃいくら銃や弾薬があっても足りないよー!!」

「隊長、まだですか!?」

 ターミナル駅前の広場に陣取って、押し寄せるオートマタゾンビたちに向かって銃を撃ち続けるアヤネたち第二部隊だったが、いかんせん数が多すぎた。相手のゾンビは何も武器を持っていないかそこらにあるものを手持ち武器にしているだけなのだが、それでも雲霞の如く押し寄せるゾンビたちは十分以上の脅威だった。

 飛行ドローンのレーザーがゾンビの群れを嘗めるように撃つとバタバタと倒れていくが、そのあとすぐに立ち上がり、再び歩き出す。手足や頭部がもげたものも多いが、それでも歩く、這う姿は不気味さを通り越して滑稽ささえ感じる。

「航空支援ができれば要請したいが……」

 そう言いながら隊長オートマタは臍を噛み、銃の電子トリガーを引く。かちっ、かちっという虚しい音が出ただけだった。

「くそっ! 弾切れか!」

「こっちも弾切れです!」

 あちらこちらから悲鳴のような報告が上がる。

 隊長はそれを知ると懐から銃剣を取り出した。

「総員、着剣! 白兵戦用意!」

 その命令を聞きながらアヤネは苛立ちを隠せなかった。

 ──もうっ、マスターったらなにやってんのよっ。もうそろそろアレを稼働させてなきゃ行けないのに……!

 と思ったその瞬間。

 いつの間にそばに忍び寄ってきていたのだろう。眼の前から無貌のゾンビオートマタがアヤネに飛びかかってきた!

「ひぃーっ!!」

 そう彼女が絶叫した瞬間。

なにかに切りつけられたような軌跡と音がしてゾンビオートマタはその場に崩れ落ちた。

見ると、元から壊れていた部分以外はなんともなかった。剣で切ったあとも、銃で打たれた後も、何もなかった。どうしたことかとあたりを見ると、

「アヤネさーん、相変わらずですねい」

 そんな女性の声が聞こえてきた。現実の声とも通信とも取れるような声だ。

 そちらの方を振り向くと、今までそこにいなかったはずのガールズギアの姿があった。ファンタジー中世世界の戦士風の装備をし、大きな大剣を手にしている。その明るく元気そうなどことなくボーイッシュな顔立ちに思える彼女の姿を見た途端、

「ああ、あなたか……<大剣剣士>さん」

 アヤネはそう言うとヘナヘナとその場に崩れ落ちた。

 <大剣剣士>は白い歯を見せた。

「いいってことよ! それよりボクがここにいるってことは、<サウンドメイカー>は起動したみたいだねい」

「そうみたいね」立ち上がりながらアヤネはあたりを見渡した。<大剣剣士>と似たような世界観の、現代のアーバンな都市には似合わないようなファンタジックな美少女たちが剣や盾、杖などを振るい、猛然と突撃していく。彼女らが剣をゾンビに振るうと剣の軌跡のエフェクトと共にゾンビが倒れ、魔法使いの姿の少女が呪文を唱えると杖から巨大な火の玉が発射され、ゾン部の群れに向かって飛んでいき、炸裂すると屍者のオートマタの群れがなぎ倒される。

 しかしその剣の軌跡、火の魔法、そして彼女らの姿は現実にはなかった。そう、これはMRハッキング。複合現実を使ったハッキングなのだ。よって、これが見えるのはオートマタたちや、優人のような人間とオートマタの間の子のような存在に限られ、普通の人間には、突如としてゾンビオートマタが突然止まり、崩れ落ち、動かなくなったようにしか見えない。

 ここに「駆けつけた」のは優人がギアスペースに所有しているオートマタの人格OSたちであった。いや、ここだけではない。首都上空を飛行している作戦コードネームA2の飛行ユニットに懸架されたユイリーの電子戦デバイス<サウンドメイカー>により、首都全体がMRハッキングされていた。

それを利用して人格OSたちはゾンビオートマタ群が活動している地域に送り込まれ、ゾンビたちと戦闘を開始したというわけなのだ。

「これで一安心ってところかあ」

アヤネは小型ドローンが持ってきた新しい弾薬を銃に詰めながらほっとため息を吐いた。人格OSの大部隊に押され、ゾンビたちは後退し、数を減らしてゆく。制圧は時間の問題に思えた。

振り返ると隊長機はじめ、他のガールズギアたちも安堵の表情を見せていた。

──これでこちらはひとまずは安心だけど……。ほかは、どうなのか。

アヤネは小さくため息をつくと、空を見上げた。

先程の騒乱には似合わない、晴れ晴れとした青空だった。


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