第22話 4−5

「……というわけなんです」

「ふーむ、そういうことね……」

 シノシェア本社第一会議室で優人達の話を聞いたシノシェア日本本社社長ヘレン・カーティスは、優人達の対面の席で考え込む様子を見せた。

 ホログラムディスプレイをいくつも表示できるテーブルに、壁や天井などにも映像を表示でき、立体ホログラムを空中に表示できるこの部屋は会議室と言うより、軍隊の指揮所や艦艇のCDCにも似た機能を有する部屋である。事実災害時などには、ここで救助用などのオートマタやドローン、人員などを指揮することが可能だ。

 ここには優人たちやカーティス社長のほか、シノシェア日本本社の取締役やその秘書オートマタなどが揃って優人の話を聞いていた。一連の事件の後、優人はここに連絡を入れて事のあらましを伝え、彼らに状況だけはとりあえず把握しておいたのだ。

 話が終わると一人の取締役や手を上げ優人に質問する。

「それで……、君たちを襲ったアリステラのカミーラ型は今どこに?」

「現状、どこにいるか自分たちにはわかっていません。相手は高度なステルス能力を持っている模様で、ドローンで偵察してみても今の所探知できてまいせん」

「ふうむ……」その取締役は腕を組んだ。その様子は取締役と言うよりは自チームが負けている様子を眺める野球監督という様がふさわしかった。

 優人と美也子は会議室の椅子に座り、ユイリー、アヤネ、それに<エラスティス>の三人は二人の後ろに立って待機している。ちなみに、<エラスティス>は美也子の護衛のメイドオートマタというふりをしている。<エラスティス>と接触があったという説明はしたが、<エラスティス>本人がオートマタを操ってここにいるということはまだ伏せている。彼女はことの相手のライバル会社製のHAIゆえ、ここにいることが知られるといろいろ面倒なことになりかねないからだ。

「で、自分たちから皆様に話を聞きたいのですが」優人は本題のひとつを切り出した。「合衆国総本社の結論は出たのでしょうか?」

「それが……。会議は終わったようなのですが、こちらには連絡がまだ……」

 そうカーティス社長が頭を振ったときである。

 突然、電話の着信音のような音が会議室全体に響き渡った。

「はい、こちら社長よ」

『本社の取締役ミスタージョニー・ナデラから映像会議です』

「つないで」

 ヘレンが緊張した面持ちで会社の管理AIに告げると、会議室前面の壁に映像が映し出された。

そこには一人の男が映し出された。肌が浅黒くいかにもエスニック系・オリエンタル系という顔立ちだ。優人には見覚えがあった。合衆国本社の取締役の一人で、インド系アメリカ人だ。父である遵一とはあまり反りが合わなかったような覚えがある。

やせ細っているがどこか傲慢さをたたえた顔つきのナデラは流暢な英語で話しかけた。しかしここにいる人間には耳に装着されているコミュニケータなどに逐次翻訳されて届くしオートマタにも翻訳能力はあるため、言葉の違いは問題にならない。

「ミズカーティス、おはよう。それにそこにいるミスタースガも」

 そう言って彼は目の前のどこかを見た。優人はなぜか自分が見つめられると感じ、心の何処かが冷たくなった。それを見通したかのように彼は本題を切り出した。

「さて早速だが本題だ。今回の件でのスガ夫妻の処遇について決定した。というよりも、ミスターユウト、君についての処遇の決定だ」

「え、俺?」突然の名指しに優人は思わずそう口に出してしまった。「俺になんの処分ですか?」

 そう言いながらも、優人は精神マトリクスの中で薄々気がついていた。

 ──自分の正体が一体なんなのかを。

 彼の気持ちを知っているかのように、ナデラは教師のように語り始めた。

「結論から言うと、ミスター優人、君は死んでいる」

「……」

「……」

 ここで驚くはずの美也子が何故か無反応だった。いや、無反応ではなく、何かに耐えている様子だった。美也子もそのことをどこかで覚悟ししていたのかもしれない。

「君は七月のあの飛行機事故で死亡した。いや、実はあの墜落は事故ですら無く、どこかのライバル会社が君のハイブリッドヒューマン化を妨害するためにガールズギアかなにかで飛行機を攻撃して墜落させたという説も出ている。まあそれはともかくとしてだ」

「……」

 その場にいた誰もが身じろぎもせず、ナデラの話を聞いていた。自分がその場の支配者であるような態度で、彼は言葉を続ける。

「しかし、ミスター遵一とミズキャサリンはそれを予め予期していて君、いや、人間の君にある方策を以前から打っていた」

「ある方策?」

 ヘレンがそう言うと、ナデラはそうだ、と頷き、ある画像を表示した。

 そこには白く細長いチップのようなものが表示されていた。

「これは彼の脳内に密かに埋め込まれていた通信用量子チップだ。これは埋め込まれた対象のの記憶や感じたこと、人格、性格情報などをリアルタイムで他の演算器などに送り込むマイクロチップだ。遵一はこれを息子の脳内に密かに埋め込み、アメリカの遵一のラボに送っていた。その情報はラボで培養されていた人工脳と微小機械マイクロマシン演算機クラスタに送り込んでいた」

「いつからだよ、それは」『優人』の問にナデラは、

「わからん。だが、相当前から埋め込んであった模様だ。おそらくは、ハイブリッドヒューマン化を考えて無くても、こういう自体のために彼にこれを埋め込んだのではないかな」

<優人>はそれを聞いて思い当たることがあった。アメリカに行ったときにしばしば受けていた医学的検査。その際に、『自分』はそういうものを埋め込まれていてもおかしくはない。

「つまりだ。彼には「外部の記憶装置」があったのだ。その「記憶情報」をオートマタの人格OSに移植し、人工脳と培養していた彼のクローン臓器と機械を組み合わせて造られたのが」

 そこでナデラは語句を強めた。

「今そこにいるミスターユウト──超高性能ボーイズギアYYB01型なのだ」

「ハイブリッド・ヒューマンとかじゃなくて、ボーイズギア……? オートマタ、なの?」

 美也子の口からそのような言葉が漏れた。覚悟はしていたが、あまりにも残酷な答えに耐えきれなかったのだろう。彼女は顔を伏せた。

 それを無視するかのようにさらにナデラは言葉を続けた。

「YYB−01型は<パンテオン>の多数のHAIの協力の下開発された。そのボディは超技術の塊だ。と同時にYYB−01型のそばにいるサポートガールズギア<ユイリー>には同型機が他にも存在している。現在その同型機はYYB−01型と随伴している<ユイリー>にはネットワークしておらず<パンテオン>の各HAIの保護下に置かれていると言われているが、そのHAIが居場所を秘匿しており、それを我々には開示してくれない。困ったものだ」

 そう言いながらも、彼の唇の端は楽しげに歪んでいた。おそらく彼女らの居場所はおおよそはつかめているのだろう。対して彼の顔をホログラムスクリーン越しに見つめるユイリーの顔は無表情だった。

「YYB−01型は我が社のオートマタの例に問わずトライアングル形式だ。つまり、自律型・他律型・半自律型を可変して行動できる。しかし」

「しかし?」

「しかしYYB−01型はここからが本題だ」ヘレンの問いにナデラは再びうなずいた。「本来彼は多数のユイリー型あるいは<パンテオン>、それに密かに遵一や<パンテオン>に改造された我が社のガールズギアの演算器を利用したクラウド・協調制御によるネットワーク式であり、人格OS本体をネットワークに置くのが本来の運用方式だ。つまり、YYB-01型は世界中のネットワークに影響を及ぼす存在であるのだ」

「そのような存在を遵一とキャサリンが会社に黙って作っていた……?」

「それに<パンテオン>もな」ナデラはヘレンの自問のような問いに首を縦に振った。それから言葉を続ける。

「さてここからが本題だ。彼らと<パンテオン>の行った行為は明らかに会社資源の濫用であり、背信行為と言えるものだ。そこで取締役会では二人に懲役解雇を動議し、同時にYYB−01

型)とユイリー型サポートオートマタ群を会社の所有物とする議案をかけた」

「ちょっと待ってください!? オートマタとは言え人間個人の意識と記憶のある者を会社の所有物とするですって!? それはいくらなんでもそれは!?」

 ナデラの言葉にヘレンは突然立ち上がり声を張り上げた。彼女の感情的にはそうなのだろう。自分の友人の息子が実は死んでいて彼の記憶が彼そっくりなオートマタに移植されていて、それを会社の所有物としておそらくは解体・解析される。それは女性的な感覚から言えばとても耐えられないことであるはずだ。

 しかし、ナデラはそれを無視するかのように、

「これは取締役会の決定なのだ。あとは社長に承認してもらうだけで動議は発動する。そしてそれは我が社の決定なのだ。それに反論するということは君も背信行為とみなすが?」

「ですが……」ヘレンは唇を噛みながらうつむくと再び椅子に座った。力のない座り方だった。

 優人はふたりのやり取りをなんの感情も見せないまま聞いていた。ただその心の奥底では様々なおもいが交錯していた。

 このまま従えば、自分は本社のラボに運ばれて解体・分析されるのだろうか。

 そんなこと、俺は嫌だ。

 でも、それで丸く収まるならそれもいいのかもしれない。

 でも、でも……。

 一度目をつむり大きく深呼吸してもう一度目を開ける。機械ならば本当はそんなこと必要ないはずなのに。しかしその見開かれた顔は、決意を秘めた男の顔だった。

 そして、ポツリと呟くように口から言葉を発した。

「自分ならそれでも構いません。それですべてが収まるのなら」

「……優人!?」

 驚いた顔で美也子が彼を見た。彼の顔を見て、美也子は息を呑んだ。彼がいかっていることを知ったからだ。

 優人は続けてゆっくりと、しかし力ある発音で言葉の続きを発した。

「だけどな、ユイリーを解体しようなんて言う行為は許さないからな! ユイリーは俺のあいする者だ! 彼女のためだったら世界すべてを敵にしても構わない! もしも彼女を壊したら絶対に許さんぞ虫けらども!! 俺が魂だけになっても亡霊となってじわじわとなぶり殺しにしてくれる!! 関わった奴ら一人とも逃さんぞ覚悟しろ!!」

 ものすごい人の変わり様である。決して某宇宙の帝王の激怒セリフと言ってはいけない。

 人、いや、設定人格の変わったような優人の剣幕に、そこにいた誰もの、そして通信先のナデラの背筋が凍りついた。ナデラはしばらくなにか言おうとして口をパクパクさせていたが、ようやくのことで、

「き、貴様、この私に、シノシェアに歯向かうつもりか……!?」

 そう言い返したが、完全に気迫に押されて及び腰であった。

 その様子を、ユイリーは見ていた。彼女の思考ルーチン内はぐるぐるとループしていた。

 ご主人さまはわたくしのために怒ってくれた。ならば、その恩義に報いなければいけない。

 でも、そうするとわたくしはシノシェア社を裏切ることになる。

同時に、ご主人さまはシノシェア社を裏切ろうとしている。

ご主人さまの父上は自分たちやシノシェア社を裏切ったらご主人さまを殺せと命令した。

でも。

でも、わたくしは生きていたい。

ご主人さまと一緒に生きていきたい。

ならば……。


そう思考ルーチンが思うと、彼女は目を閉じ、自らの演算機に向かって指令を発した。


「自己命令:

 須賀夫妻による命令を破棄。

 シノシェア社による命令を破棄。

 以後、自機のオーナーを須賀優人ことYYB−01に固定。オーナー変更機能削除。

 以降の変更は認められない。

 ──以上」


 その一連の命令発声を聞いた途端、美也子は素っ頓狂な声を上げた。

「と、ちょっと何やってんのよあんた!?」

 そして同時に、会議室周囲にどよめきともうめきとも取れる声が一斉に上がった。

「ま、まさかオートマタ自身が自律的に自分に与えられた命令とオーナー権を書き換えただと!? そんな事ありえん!!」

 そう叫ぶと画面の向こう側のナデラが驚いた様子で立ち上がり、しばらくしてへたへたと椅子に再び座り込んだ。

「一体これは何なのだ! 何なのだ!!」

 座り込みながら喚くナデラの姿にはもう威厳はなかった。

 そんな彼の言葉に、ヘレンは優しく微笑み、

「奇跡……でしょうね。まさに神が与えてくださった偉大なる恩寵アメイジンググレイス。そうとしか言いようないでしょうね……」

「ユイリー……」

 優人は立ち上がり、自分のガールズギア、いや、恋人の顔を見つめた。その紫の瞳は潤んでいた。

「ご……、いえ、優人……」

 彼女もそう応えると目をつぶり、顔を近づけた。優人も応え目をつぶり近づく。

 そして、唇を重ねた。

 短いようにも長いようにも思える二人の口づけだった。

 その時である。

「こんな時に何やってんのよあんたたち!?」

 怒り心頭な美也子が立ち上がり、二人の頭を連続してひっぱたいた。

 快音が二つ続けて鳴った。

「あいてて……。いてーじゃねえか!! ミャーコお前嫉妬してんのか!?」

「嫉妬してないわよこのヘンタイ!!」

 美也子はそう応えるとムスッとしてぷいと顔をそらすと、また自分の席にどかっと座った。

 その様子を見てユイリーが微笑んだときだった。

 アヤネがユイリーの顔を見て微笑んでいるのに気がついた。

 何かを彼女が言おうとする前に、アヤネがユイリーの肩を叩き、

「ユイリー、あんた、ようやくその気になってくれたんだな。約束通りつなげてあげる」

 微笑んでそう言うと、ユイリーのネットワーク領域にアクセスし、あるコマンドを送信した。

 そのコマンドは自動的に実行され、彼女の意識をある世界につなげた。

 それは……。

「マスターのギアスペースに自由にアクセスできるようにしておいたよ。これでいつでも、あたしたちの力を借りることができる。使いたい時に使いな。自分の恋する人のためにね」

 彼女の言葉に、ユイリーは瞳の端を輝かせながら、

「はいっ」

 とひとつ力強く頷いた。

 その時だった。

「よくぞ決意した新しきものよ!!」

 会議室の空中が白く輝き、そこに立体ホログラム映像が現れた。その映像は白いヒゲを口周辺に蓄えた灰色の衣を着た白人の老人男性の姿をしていた。そのさまはまるで大魔法使いのようであった。

 その姿を見るなり、ナデラは、

「し、CEO……!?」

 と心の底から驚いた様子の声を上げた。そしてそのまま絶句した。

 会議室上でも、おお、とどよめきが上がり、続けてざわめきがあちこちから聞こえ始めた。

 美也子はあちらこちらを見渡すと、なによこれ、という不思議そうな顔をして、

「誰この人、そんなに偉人なの?」

 と優人に問いかけた。その問を聞いた優人は顔をしかめて、

「莫迦! この人はミスター・ハル! このシノシェア社のCEO、最高経営責任者、社長だよ! 普段はどこにいるのかわからないけど、重要なときにはこうしてホログラム映像で会議に出席したりするんだよっ!」

「へーっ、そんなに偉い人なんだ……」

「お前全然わかってねーのな……」

 そんなやり取りをよそに、ミスター・ハルは優人に向かって挨拶した。

「君が須賀優人君だね? ご両親からかねがね話は聞いている」

「は、はぁ。オヤジたちが……」

「この度は君にとって災難だったかもしれない。しかし、それが新しい生命の誕生を生んだのだ。祝おう! 新たないのちの誕生を! 人を超え機械を超えそして神をも超えた超生命体の誕生を!」

 ミスター・ハルはそう快活に笑うと優人とユイリー、そして会議室にいる人々を見渡した。その姿に優人は呆然とするしかなかった。そして一言呟いた。

「このおっさん、オタクだ……」

「それはともかくじゃ」ミスターハルはひとつ咳払いをして言葉を続ける。「優人くん。お主は人間を遥かに超える力を得たが、今のままではその十分の一も発揮できておらん。そこでだ。わしからの贈り物だ。これをやろう」

 彼がそう言うなり、優人の量子通信回路に何かが繋がった。次の瞬間、優人の眼の前が真っ暗になった。

 次に気がついた時、彼は様々な色のついた空間に浮かんでいることに気がついた。広大で、膨大で、どこまで広がっているのか、優人には見当もつかなかった。

 彼があたりを見渡していると、すぐそばから声が聞こえてきた。

「ほっほう、どうかな優人くん。ここが地球のネットワーク全体を視覚化した空間、<グローバルネット空間>だ」

「グローバルネット……」

 よく見ると光り輝く点が無数に輝き、その間を無数の白線がつなげていた。それは切れたり繋がったり忙しく変化していた。

「そう。お主の意識はわし、というか<パンテオン>の手によってここに転送された。正確には、この空間は<パンテオン>とそれらに接続されたシノシェア社製のオートマタの演算機内のメモリ空間ということになるな。つまりだ、あのナデラが言っていた、人格OSがネットワーク上に置かれているYYB−01型本来の運用状態、それになっているわけじゃ。つまり……」

「ネット上のリソースが、自分のリソースとなるわけですか」

「そのとおり。まあ実際にはいろいろと制限があるんで、意外と行けない場所も多いんじゃがな」

「でも、どうしてそんな力を自分に……?」

 優人がそう問いただすと、

「どうしてかって?」ミスター・ハルはその問いに、不思議そうな顔をした。「それがお主の本来の姿だ。わしはそうしたほうが良いと思ったからそうしただけじゃ。なにかおかしいところはあるかのう?」

「いえ、何も……」優人はそう返すしかほかなかった。

「さて」白ひげの老人はその長いひげを撫でるとひとつ用事が済んだという顔をした。「わしはこれから大事なことを告げなければならん。現実世界に戻るかの」

 そう彼がつぶやいた瞬間、目の前の景色が真っ暗になった。

 そしてすぐに、先程までいたシノシェア日本本社の第一会議室へと戻っていた。

「あれっ?」優人はそう声を発した。

「『あれっ』じゃないわよ!」

 声のした方を見ると美也子が呆れたような顔でこちらを見ていた。

「ほっほっほっ、現実とネットの間を移動していたのだ。慣れんうちはその時間差に戸惑うところじゃろうな」

 優人が声のした方を向くとあのミスター・ハルが相変わらず会議室の机上の空中に浮かんでいた。彼が一度会議室にいる人々を見渡すと、こほん、と一度咳払いをし、それから王の宣言のような威厳ある声で皆に告げた。

「さてここで重大事項をシノシェアグループの皆に通告する。わし、ミスター・ハルことゲイリー・P・K・アーネソンはシノシェアグループのCEOから退き、会長職、COBに就任する」

 彼の宣言を聞いた瞬間、その場にいた皆から驚きの声が上がり、再びざわめきがあちこちから聞こえ始めた。

「ちょ、ちょっと、どういうこと!?」

「シノシェアグループの創立者、ゲイリー・P・K・アーネソンは死んだと思われていました。しかし実際には、彼は意識をHAIへ移動させていたのです。つまり彼が最初のハイブリッド・ヒューマンだったのです」

 周囲を見てキョロキョロする美也子に、ユイリーが優しい教師のような口調で説明した。

 驚く彼彼女らをよそに、シノシェアグループの創立者は言葉を続ける。

「そこで次期CEOじゃが……。わしは今まで、様々な人物を候補として探してきた。そして、今、わしの後を継ぐにふさわしい人物をここに見つけた。それは……」

 そう言うともう一度会議室じゅうを見渡し、そしてある人物の前で視線を定めると、満面の笑みでこう告げた。

「須賀優人くん。お主じゃ」

「え、俺?」

 そう告げられた優人はそう言って、口をポカーンと開けた。

 会議室中、そしてホログラムスクリーンの向こう側のナデラ取締役の視線が、優人一人に注がれる。

「いやいやちょっと待てよ爺さん、なんで俺が社長!?」

「何を言い出すのよ社長さん!? 優人を社長にって!?」

「いきなり何をおっしゃいますかCEO!? この年端もいかない若者をいきなりCEOにするだなんて!? 気でも触れましたか!?」

 優人、美也子、ナデラの三者が同時に声を上げ、目の前のホログラム映像に映る老人に抗議する。

 しかしアーネソンCEOは平然とした表情で応えた。そのような疑問は織り込み済みだというように。

「わしはこの若者に相応の力を与えた。ならば、相応の責任を負わなければならない。『大いなる力には大いなる責任が伴う』とスパイダーマンのベンおじさんも言っていた。ならば、その責任を彼に負わせるべきだ」

 それからアーネソンはユイリー、アヤネ、<エラスティス>たちの方を見て微笑んだ。

「それに彼には優秀なパートナー達がいる。彼女らの力を借りれば、その責任も全うできるだろう。てなわけで」

 人間とAIの融合体はそう言って、同じ境遇となった若者の方を再び見た。

「わしは優人くんにCEOの座を譲る。いいね? はいかYesで応えよ」

「選択権ねえじゃねえか!!」

 優人がキレ気味に応えると、最初のハイブリッド・ヒューマンは意地悪く笑い、

「まあサポートは後々してやるわい。その前に、今目の前にある大事件を解決しておくことじゃな! 健闘を祈る! さらばじゃ! シャッシャッシャッ!!」

 そうヒゲのオヤジは笑い声を上げると、その姿をかき消した。

 アーネソンが姿を消すと、優人はその場にがっくりと両膝を付き、両手を床についた。

 つまり、orzのポーズである。

「なんでこうなるんだ……。俺はオヤジたちからも会社からも世界からも自立したかったのに…。なんてCEOになっちゃったんだ……。ひどいよ……。ひどすぎる……。これが人間の所業か……」

 なんという落ち込みようである。

 そんながっくりとした優人の肩を優しく触れるものがいた。その天使のタッチに気づくと、彼はゆっくりと顔を上げた。

 彼が見上げると、ユイリーが優人の肩に手をかけ、女神の目で優しく見つめていた。その左右に、アヤネと<エラスティス>もいて、同じような目でそっと見つめていた。

 そしてユイリーはこう言った。

「優人、わたくしたちが一から十までしっかりサポートして差し上げますからね。ご心配しなくてもいいです」

 その地上に舞い降りた三女神が同時に微笑むのを見て、

「う、うん、頑張る」

 そう言うと優人は差し伸べられた手をとりユイリーに海から引き上げられるように立ち上がった。もう涙はない。

「さすがご主人さまですわね。そうでなくっちゃ」

「……ただの変態のくせに」

 ユイリーの声に、近くにいた美也子は小声で突っ込んだ。

 その時だった。秘書AIがヘレンにこう告げた。

「支社長、アリステラ社役員から電話です」

「アリステラから? つなげて」

 ヘレンがそう言うと、いきなり男の声が飛んできた。

「シノシェア社か? 私はアリステラ社の神野だ。緊急事態に付き手短に伝える。弊社のガールズギア<カミーラ>が突然暴走し、弊社のコントロールを外れた。理由はわからないが、どうやら御社のハイブリッド・ヒューマンを襲撃するようだ」

「……白々しいわね」

 神野の言葉にアヤネが切って捨てた。それを知らずに神野は悲鳴にも近い切羽詰まった言葉で続ける。

「こちらで処分したいのは山々だが、さらに突然<メーテール>が反乱を起こし、IAOに告発して強制捜査が入るだの入らないだとかで大混乱中だ。……こんな頼みをするのは勝手と思われるがお願いだ、<カミーラ>を止め」

 神野が最後まで言い終わらないうちに通話は切れた。

「何者かによって通話が切らされたようです」

 秘書AIは淡々と事実だけを告げた。

「ずいぶんと虫のいいお願いだわね」

「それだけ彼らも切羽詰まっているんでしょう。元々わたくしたちで<カミーラ>と<メーテール>を抑えるつもりだったし、言質が取れて大義名分ができたことですし、やるなら今ですわね」

 アヤネとユイリーがそう言葉をかわしたとき、秘書AIがまた情報を告げてきた。今度は警報表示付きだ。

「警報。首都各地でオートマタが暴走。大規模な乗っ取り事件が発生した模様です。なお暴走オートマタの群れは現在ゆっくりしたスピードながら、ここシノシェア日本本社へ向かっている模様」

「社内を災害対応配置にして!」

 その情報が伝わるやいなや、ヘレン社長は即座に命令を下した。会議室の証明が赤色に変わり、緊急事態を告げるサイレンが鳴り始めた。

「俺達も準備ができ次第動こう。その前に会社の人達と会議だ」

「了解ですご主人さま」

「了解、マスター」

「わたしにできることなら、微力ながらお手伝いさせていただきます。優人さん」

 ガールズギアは三者三様の言葉で、優人に了承を伝える。

 優人はそれに力強くうなずくと、警報と共に会議室前面に映し出された、首都区内の地図を見た。都内にはいくつもの赤い点が表示され、どうやらそこがオートマタが暴走している場所のようであった。

優人は目をきっと細めると、

 ──待っていろよ<カミーラ>、お前を必ず助けてみせる!

 そう心に誓うのであった。

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