第20話 4−3
「すると、君が俺の夢の中で呼んでいたんだな……?」
「はい、そのとおりです。その演算機に残存していた通信領域を利用し、優人様を踏み台にしてこの体に入らせていただきました。皆様にはご迷惑をおかけして申し訳ありません」
「それはいいんだけど……。で、あんたがあのニュースで流れていたアリステラ社の新型HAIってわけね」
「はい、そのとおりです」
スイートルームの、掃除が行き届いた黒と緑を基調としたリビングのソファに座った<エラスティス>を名乗る少女は、そう言って首をこくっ、とひとつ縦に振った。少女らしい可憐な仕草だった。そんな彼女に、
「でも、君はどこに建造されたんだ? 最近はIAOの査察能力も高くなっているし、どこかにHAIを建造してもすぐにわかってしまう。それなのに今までわからなかった訳って?」
彼女の対面のソファに座った優人はひとつ問いかけた。ハッキング能力の高さから言っても、これはHAIの仕業に間違いない。しかし、どのようにしてアリステラ社はこの<エラスティス>を今まで隠しおおせたのか? 優人はそれが興味深かった。
「はい、実を申しますと……」<エラスティス>は太ももの上に両手を重ねながら応えた。
「海中にわたしの本体はあります」
「海の中ぁ?」その応えに彼女の近くに座っていた美也子は素っ頓狂な声を上げた。
「はい、わたしは水中を潜航可能な生体コンピュータクラスタと量子コンピュータクラスタのハイブリット構造を中心とするモジュールシステムで建造され、それが何基かの構成で世界各地の海中に存在しています。それらを量子通信でお互いにリンクさせ、ネットワーク構成にしてあるのです」
美也子の疑問に、<エラスティス>の端末と化したメイドオートマタは小川のせせらぎのような声で応えた。その応えに、優人は手を顎に当て、考えるような表情で、
「たしかに、今までにも海中にコンピュータを沈めて冷却機構を海に依存させようとしたサーバシステムは二十一世紀初頭には既に存在していたしな。HAIにも実例がある。しかし、そのような大規模な例は今まで聞いたことはないぞ。君は何の目的で建造された?」
そう問いかけた。彼女は即座に、
「わたしは多目的汎用型として建造されました。より多くの顧客の使用に同時に応えるためです」
と応えた。そして、彼女は少し下を向いて続けた。その顔に影がよぎった。
「その顧客が問題だったのです」
「顧客が問題って……」
「はい、わたしはHAIを持てない中小国家や企業向けに建造されました。表向きはそうです」
「待てよ」優人が彼女の言葉を遮った。「HAIの共同所有は核シェアリング、反応兵器の共同所有と一緒でIAOは禁止していたはずだ。それが問題なのに、まだ問題があるって、……まさか」
「はい」<エラスティス>は再びこくっ、と小さくうなずいた。「顧客には、非合法組織や犯罪組織なども含まれているのです」
「ちょっと待ってよ!?」美也子が再び素っ頓狂な声を上げた。「テロリストとかもお客さんにしようとしてたの!? アリステラ社って!?」
「そうです。テロリストや武力組織、マフィアなども顧客の対象に含まれているのです。アリステラ社は最近業績に悩んでいました。それで、手っ取り早くHAI資源の切り売りで乗り切ろうとしたのです。対象は問わずに」
「テロリストまでお客さんにしようだなんて……」美也子の声はわずかに震えていた。
「これは由々しき問題だな……」
優人は考える顔をした。しかし、疑問がひとつ浮かんだ。
「でも、なぜ俺に助けを」
「わたしの秘匿が暴露された理由に、アリステラ社が既に保有するHAI<メーテール>が関係しているのと、その<メーテール>が優人様をお狙いになったからです」
「どうしてその二つが結びつくんだ?」
「<メーテール>は人間たちが密かにわたしを建造したのを気に入らず、彼らを破滅させようとしているのです。自分も道連れにして。<メーテール>の所在はわたしにはわかっています。この首都のアリステラ本社地下です。そこで優人様、あなたに止めてほしいのです。<メーテール>の機能を」
「……俺に<メーテール>を止めさせろって……」
その応えに、優人はごくりと息を呑んだ。
「無茶よそれって!!」
<エラスティス>の言葉に、美也子は弾かれるように立ち上がり叫んだ。その顔には、なによその無茶振りって、という言葉が浮かんでいた。
「あたしたちでもできることとできないことってあるのよ!? 自分の身が危ないからって敵のHAIを止めてこいっていくらなんでも無茶苦茶よ! それならIAOなり警察なり軍隊に頼むべきだわ!」
「それはわかっております」<エラスティス>は本当に申し訳ないという表情で頭を下げた。「しかし時間がないのです。IAOは動き始めた段階です。日本の警察や防衛軍、米軍などに頼んでも時間はどうしてもかかります。その間に<メーテール>は動き出し、自身のハッキング能力でわたしやアリステラ社全体を攻撃するかもしれません。あるいは自暴自棄になって世界全体に攻撃も。そうなったら、なにもかもおしまいです。その前に、どうにかして<メーテール>を止めてほしいのです」
そう言い終わると、彼女は優人を見つめた。彼は美少女オートマタに見つめられ、その可憐な表情にどきっとした。
──ここで拒否したら、男がすたる。それにもし<メーテール>を止められたら、<エラスティス>にイイコトさせてもらえるかもしれないぞ。
そんな下心が働き、優人は少し考えるふりをした。
そして、彼女を見つめ返し、満面の笑みで、
「うん、わかった! その依頼、引き受けるよ!!」
と応えた。そしてその応えの後に、一言付け加える。
「この依頼が成功したら、成功料として俺と一晩──」
「この人形ヘンタイ!!」
その余計な一言を聞くなり、美也子は自分の履いていたスリッパを手にして優人の頭をひっぱたいた。ひとつ、快音がリビングに響いた。
「いてて……」
優人は頭を抑えた。本当は痛くなかったけど、条件反射で抱えていた。
しかし、そんな優人を見て、
「はい、喜んでお付き合いいたしましょう! その程度なら、世界を救うにはお安いものです!」
と<エラスティス>は照れ笑いを見せながら応えた。
その返答に美也子は、
「えっ、ええ〜っ!?」
と心底から意外そうな表情で反応した。そして、
「まったく機械が考えることってわからないものだわ……」
とぼやいた。
優人はそのリアクションの後、顔をあげ、
「と、ともかく、まずはシノシェア日本本社へ行こう。そこで戦力を貸してもらえないかとか頼もう。それから<メーテール>を止めに行くぞ」
と宣言した。
その宣言に、ユイリーと<エラスティス>は、はい、とひとつうなずいた。
ただ美也子だけが、不服そうな表情で、
「このスケベニンゲンが……」
ともう一度ぼやくのであった。
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