第13話 3−4
次に優人が感じたのは全身を包む温かい湯の肌触りであった。
同時に、とても近くでよく聞き慣れた、人間のものによく似せた女性の合成音がした。
「ご主人さま? ……ご主人さま!?」
はっと顔を上げると、そこにはガールズギア用のレオタードを脱ぎ、全裸になったユイリーが驚いた声を上げながら自分を見ていた。
「どうしたのですか!?」
言いながら浴槽のそばに駆け寄り、しゃがんで優人の顔を見る。その表情は心から心配している様子であった。
「あ、ああ」彼はちょっと驚いた顔を見せると、その後で苦笑した。「ちょっと風呂の中でねちゃった。本当に気持ちが良かったから……」
「そうでしたか……」優人付きのメイドガールズギアは安堵の表情を見せた。そして、ほっとため息をつく。まるで人間のように。
「どこか機能が壊れたのかと思いました」
彼女は自分の主人の言葉を信じ込んだ様子で微笑すると、再び立ち上がった。彼女は銀色のさらさらとした長髪を後頭部にまとめていた。後頭部から覗くうなじが色っぽく優人には見えた。彼女は先程検査のときに使っていたメンテナンス用の腕から、人間により近い腕に換装していた。腕の継ぎ目は全く見えず、人間そのものであった。
胸の双丘は大きく、豊かな二つのメロンがたわわに実り、その頂点には桃色の突起が生えていた。そのさまは健康健全な男子が妄想する巨乳美少女のものと言えた。そしてその下の引き締まったくびれはどんな女性も羨むものであった。
妄想、といえば、彼女の股間もそうであった。銀の茂みが青々と茂ったそこの奥には、秘書が潜んでいた。その秘所は現実に存在するどんな女性よりも男を感じさせる形状と能力を持っていた。それが彼女の存在意義のひとつであったからだ。
そして尻は胸より大きく、巨大な肌色の桃型をしていた。眼の前にあれば思わず優しく撫でてしまいそうな魅力的な膨らみと曲線を持った尻であった。
彼女はそれらを自分の主人に見せつけながら優しく微笑むと、足の指先からゆっくりと風呂の中へと身を沈めていった。その足先の爪も人間のそれに似ていて、美しい形を持っていた。
森の泉のニンフが自ら身を沈めるように湯の中へ入ったユイリーは、身を動かすと優人の隣へと座った。そして、こうささやいた。
「今夜、あなたと致したいです。ご主人さま」
それは優人にとって衝撃的な告白であった。交わりを求めるのはいつも彼の方で、彼女の方から求めるということは全く無かったからだ。
優人の体が湯の中でこわばった。
「突然何を言い出すんだよ? お前から『しよう』と言い出すなんて」
その疑問に、ユイリーは、自分の手を隣りにある優人の手にそっと重ねながら告げた。
「……ご主人さまのことを慰めてあげたいからです。今日のご主人さまはいろいろとご大変でございましたので。それ以上でも以下でもありません」
「……本当に?」
「本当でございます。ご主人さま」
主人の疑問に機械仕掛けの侍女は即答した。それでも優人の疑惑は晴れたわけではなかった。
「なあ」少しだけ語句を強めながら彼は問いかけた。「ユイリー。お前、何か隠してないか?」
「おありだとしたら、どうなさいますかご主人さま?」
「お前を叱りたい。なぜ隠すんだと」
「それは……。それを知ったら、ご主人さまは自分自身を信じられなくなる。誰かをもっと憎みたくなる。だからわたくしは優しい嘘をついているのです、と応えたら、どうなさいます?」
「それほどのものなのか? 隠してることって」
「かもしれません。でも」
「でも?」
「その誰かがついた嘘、秘密はいつ暴かれるかわかりません。その時、ご主人さまがどう思われるのか……。それを思うと、わたくしは怖いのです」
「……怖いのか」
「だから慰めたいのです。あなたを」ユイリーはそう言って寂しげに笑った。「わたくしの恐れが少しでも薄まるように。ご主人さまがわたくしだけでも信じられるように」
いつの間にかユイリーは優人に肩を寄せていた。そして自分の顔を傾け、彼の肩に顔を預けていた。優人の心臓が少し早くなった。
と同時に、彼は思考を巡らせていた。
──誰かをもっと憎みたくなる。
その言葉に、ひとつ思い当たることがあった。彼は顔を前に向けたまま、そばにいるユイリーに問いかけた。
「ユイリー、お前に嘘をつかせたのはオヤジたちだな?」
「……そうです」彼女は小さくうなずいた。「時が来るまでご主人さまの秘密をあなたに隠しておくようにと命令したのはあなたのご両親です。それは本当です」
「……」優人は黙った。そしてすぐそばのユイリーの顔を見た。目が合う。
彼女の瞳が潤んでいた。
その瞳をしばらく見つめると、優人はつぶやくように告げた。
「……嘘をつかれるなら、人間よりもお前たちのほうがいい。人間は自分のために嘘をつく。お前たちは主人のために嘘をつく。そっちのほうがいい。だからお前たちが好きだ」
それから優人は目をつぶった。それを見て、ユイリーも目をつぶった。
そして二人はお互いに顔を近づけ──。
唇を、重ね合った。深く、強く。
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