第11話 3−2
「アメリカでオヤジたちに検査されるのとあんまり変わんねえな、これ……」
「なら手慣れたものじゃないですか。ゆっくりなさってくださいませ」
「でも医学検査じゃねえしなこれ……」
ラグジュアリーホテル、最高級スイートの居間で、全裸の須賀優人は直立したベッドに固定されたまま、辺りを見渡してはぼやいた。
彼のそばでは、ガールズギアのユイリーが何かを見ながら手元で機器を操作している。
黒を基調とした落ち着いた雰囲気のスイートの居間は広々としていたが、今は優人たちが輸送用走行ドローンで持ち込んだ様々な荷物で溢れ、手狭になっていた。
優人はその荷物のひとつ、オートマタ用検査台に固定され、ユイリーによってメンテナンスを受けていた。検査台の前には、何基かのアームが置かれ、忙しく動いては優人に近づいて止まり、何かを調べたり、肌に触れて何かを注射していたりする。
「で、どうなんだ。俺の体は?」
「戦闘により多少のガタや緩みなどはありますが、
「それは安心した」優人はそう言って胸を撫で下ろした。「手術しなきゃ治らないようなダメージだったら大変だからな」
「ご主人さまは大規模修理でも微小機械さえあれば大丈夫なように設計されていますので」
ユイリーが整備用デバイスを操作しながら突っ込む。
彼女の操作に合わせて、アームと検査台の操作デバイスなどが忙しく動き回る。
彼女の言葉を聞いて、優人は丸い目をした。
「そこまで先進的なのか、俺って」
「ご主人さまは自分のことを知らなさすぎですよ。ま、わたくしも同じくらいご主人さまのことを知りませんが」
「お前自虐がうまくなってないか……?」
「どういたしまして」
優人の言葉に、ユイリーは微笑みを返した。先程まで美也子やアヤネなどが一緒にいたときとは態度が少し異なっていた。
「それはともかく、骨格部分にマイクロマシンを注入しました。このマイクロマシンは汗腺などを通して肌に露出、展開し、傾斜装甲を展開します。つまり簡単に言うと肌に鎧を展開するわけです。ご主人さま、ちょっと腕に意識を集中して「鎧よでろ!」なりに考えてみてくださいませ」
「こうか?」
軽い気持ちで両腕に意識を集中させ、言われたように考えてみる。
すると。
肌があっという間に鋼鉄に似た物質で覆われ、腕全体がまるでアニメや特撮のヒーローのスーツのようになる。
「おっ、すげーっ!」
純粋な喜びの声を上げ、優人はまじまじと自分の両腕を見た。それから、
「で、もとに戻すときは、同じように念じれば良いんだな?」
「それが……」ユイリーは突然不安げな表情になって言った。「実は、もとに戻りません」
「ええっ!?」
「冗談でございますよ。ご主人さま」
ユイリーはそう言っていたずらっ子っぽく小さく舌を出した。今まで、というか、アメリカで優人を世話していたときには考えられないような行為だった。
優人は二つの意外さに驚きながら、もう一度胸を撫で下ろした。それから元にもどれと念じる。光沢が光る装甲は肌に溶け込み、何事もなかったかのように元の肌へと戻った。
「冗談かよ」
「ここのところ緊張しておられましたので、リラックスできるならと」ユイリーはまたガールズギアの無表情に戻りながら言葉を続ける。「それはともかくマイクロマシンの種類の追加と、内蔵システムの解析さえ進めばわたくしのデバイス<ビルドクラフター>でも多種多様なアーマーを製造することはできます。現段階でも、ご主人さまに似せた遠隔操作のダミーボーイズギア程度なら工場機能展開により生産できますが」
「そんなことまでできるんだ」優人は再び目を丸くした。「しかし、内蔵システムの解析ってまだ進んでないのか」
「残念ながら」ユイリーは小さく首を横に振った。「マイクロマシン状態で各内蔵などに収納されているものが多い模様で、より高度な分析機器がなければなにがあるかすらわからなくなっています。‹パンテオン>HAI群か分析専用のオートマタに頼めばわかるかもしれませんが、現在接続不能の状態で……」
「<パンテオン>に接続できない?」優人はそこで耳を疑った。シノシュア社のメインHAIである<パンテオン>はひとつのHAIを指す言葉ではなく、全世界に存在する多数のシノシェア社HAIの集合体である。彼らの合議や開発により、シノシェア社の経営の一部は行われている。
しかし全てはない。シノシェア社の主な経営権は未だ人間によって握られていた。これはこの現代に置いては時代錯誤であったが、一方で人間の柔軟性・創作性を信じるシノシェア社らしい判断と言えた。
それにしても。と優人は首をかしげた。シノシェア社のガールズギアであるユイリーが、<パンテオン>に接続できないって? おかしな話だ。いかに自律型とはいえ、ガールズギアがメーカーのHAIと通信できないというのは──?
「まあ東京本社に到着すれば、それも解決するでしょう」ユイリーが優人の思考を遮るように言った。その笑顔と口調は何かを隠しているようにも思えたが、優人はそれを見過ごした。
間髪入れず、ユイリーは言葉を続ける。
「先程の発言に関連してなのですが、あのコウモリ女、普通のカミーラ型とは異なる気もします」
「というと?」
「例えば重力制御システム、多数のオートマタを隷下として操れる電子戦能力。これらの昨日は通常のカミーラ型には搭載されてないタイプです。とすると、あのコウモリ女はアリステラ社かそのHAI、あるいは会社関連の個人が発注し製作した特別仕様のガールズギアの可能性が大です」
「
優人はそこで考え込む顔をした。そして疑問を投げる。
「そこまでして俺たちを狙う理由は何だ?」
「わかりません」ユイリーは即答した。「しかし、ご主人さまがハイブリッドヒューマンであるということに関係しているのは間違いないでしょう。よくあるパターンですが、ご主人さまの中にある超技術を狙っているのは確実かと」
そう言いながらユイリーは検査台のコンソールを操作した。様々な機器が展開し、メンテナンスベッドの全面が広がっていく。同時に、優人を検査台に固定した拘束具が外れ、彼の体を自由にした。
すべてが終わるなり、ユイリーはオートマタとは思えない優しい笑みを彼女の主人に見せ、こう言った。
「さて、これでご主人さまのメンテナンスは終了です。風呂に入ってゆっくりと休んでいってくださいませ」
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