第10話 3−1

「そもそも優人の両親って会社で何をやっているのよ?」

 ディナータイム、ラグジュアリーの粋を集めてデザインされた最高峰のスイートルームにある楕円形の大きなテーブルで、口に柔らかい肉を入れてよく噛んで飲み込んだあとで、猫山美也子は対面に座っている、ホテル備え付けの寝巻き姿の須賀優人に向かって問いかけた。

 ここは都心にあるラグジュアリーホテル。カミーラを撃退した優人たちは敵の追跡がないことを確認すると都心に入り、そこのホテルでひとまず休み、シノシェア東京本社からの指示を待つことにしたのだった。

 ちなみに、アヤネたち優人所有のオートマタたちはホテル周辺に密かに展開し、敵にたいする警戒と監視を行っている。

「オートマタの開発全般と、それの人間への応用をやっていたんだよ」

 優人は目の前に出された食事に手を付けようとせずに応え、それから窓の外を見た。

 超高層ビルの高層階から見る東京の夜景は美しかったが、優人の憂鬱を慰めるには足りなかった。

最初、食事はこのホテルのレストランで取ろうとしたのだが、食事中にカミーラたちに襲われれば客を巻き込むことになりかねなかった。

 幸い、取れた部屋はスイートルームの最高級で、キッチンがついている部屋だった(優人の家がプレミアム会員だったのが大きかった)。そこでコンシェルジェAIにお願いしてレストランの食材を持ってこさせ、優人の家のメイドオートマタに料理を作らせて部屋で食べることにしたのだ。

 幸い、料理レシピデータはシノシェア社のオートマタでも使えるもので、容易にインストールできた。レパートリーは優人が好む家庭料理に、このホテルのレストランの味付けでアレンジしたものだった。日本の須賀邸では家のオートマタが作り、優との持ち家ではアヤネなどの優人所有のガールズギアが作り、アメリカの須賀邸ではユイリーが作っているような品目だ。

 それはともかく。

 視線を美也子に戻した優人は、話を続ける。

「義手義足の例を取ってみればわかるように、人間の電脳化や義体化の開発技術と、オートマタを開発する技術には共通点が多いんだ。それに、義体化した人間を活動しやすくする生活環境の構築と、オートマタが活動しやすくする生活環境の構築も似ているところがあるし。そもそも、人間型オートマタはヒトの道具が使えるところが利点のひとつだからな」

「たしかにね」そう相槌を打つと美也子は口に食べ物を運んで噛んだ。自動人形が作ったとは思えないほどの柔らかさと味が舌を打つ。「うちでも人間の使う道具をオートマタが使うし」

 心の底から楽しそうに食を味わう美也子を見ながら、優人はさらに話す。

「それでもって、人間と機械、人間とオートマタの融合を研究していたんだよ。オヤジたちは」

「それがハイブリッドヒューマンとかいうもの?」

「そう、そうなんだけど……」

 美也子の問いに、優人はそう応えると黙り込んだ。

 その顔を見て、美也子の顔にも影がさす。

「ご主人さまは戸惑っておられるのです」隣に座って控えていたユイリーが優人の気持ちを代弁するように言った。「ハイブリッドヒューマンとなられて、これでガールズギアを救えるという喜びもありましたが、その一方で、どうして自分がハイブリッドヒューマンになったのか、疑問をお持ちなのです」

「まあたしかにね。ある日突然自分が義体化されましたなんて聞いたら、誰だってびっくりするわよ」

 美也子はそう応えてから最後の一口を入れ終え、よく味わいながら噛んで飲み込むと、惜しげに、

「ごちそうさまでした。優人、あんたのおごりでこんなに美味しいものを食べられて、本当にありがとねっ。またこういう機会があったら、喜んでついていくわ。……まっ、こんな騒ぎのついででなくて、オートマタもいなけりゃね」

 そう言って笑った。最後の言葉が、皮肉なのか期待なのか、優人にはいまいちわからなかったが。

 彼女はそれからテーブルの対面を見るなり首を傾げた。

「あら優人。なんにも食べてないじゃない。お腹すいてないの?」

「ああ……」

 優人はそうつぶやいたきり黙った。その表情を見るなり美也子は同情した顔で、

「まあ、今日はいろいろあったしね……」

 困ったものね、というような口調で苦笑した。

 優人は腕を上げ、少しブラブラさせると、

「二度も戦闘があったせいで体ががたがたなんだよ。着いたとき少しユイリーに調整してもらったけど、本格的な調整はユイリーに徹底的にこのあとしてもらうつもりさ」

 そう言って苦笑し、ユイリーの方を見た。ユイリーと視線があった。彼女も笑みを見せた。

「あんなに荷物を持ち込んだもんねー」

二人が見つめ合うのを見た美也子は、そう話すと隣のリビングの方へ視線を投げた。

ダイニングから見えるリビングには、小さなキャリーケース程度の大きさのコンテナがいくつも置かれていた。これらはユイリー指揮下の輸送用ドローンで優人の自宅から運ばれたもので、彼女が言うには、ハイブリッドヒューマンである優人を整備するための機器や道具などが収納されているとのことだった。

「じゃあ、あたし。部屋に戻るわ」

「お、おう」

満腹で幸せそうな表情で、美也子は席を立つと優人のそばへと歩き、また笑った。こんどは優しい笑みだった。

彼女はホテルの別の部屋で、アヤネと一緒に泊まることになっていた。その他の優人が所有するガールズギアは、ホテルの周辺や内部で警戒することになっている。

「じゃあ、おやすみなさい。……いい夢見てね」

 そうつぶやくように言うと、美也子は優人のおでこに軽くキスをした。

 キスをしてから離れると、彼女は脱兎のごとくダイニングを出ていった。

「お、おやすみ……」

 優人は戸惑いを隠しきれずに、そう応えるしかなかった。

 

 かれは知る由もなかったが、スイートルームを出ていくとき、美也子は目の端に光るものを溜めていた。そして走りながら小声で、

「ばか! 変態! ヘンタイ!!」

 そう、叫んでいた。


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