第9話 2−6
カミーラと護衛のドローン群が遠く飛び去ったのを確認すると、須賀優人は彼女のジャミングにより移動不能となり、人々が乗り捨てた自動運転車が何台も停止している市街の幹線道路の路上で大きく息を吐き出した。
そして、独り言のように、
「またあいつを説得できなかっ……」
と周りにいる、侍女であり仲間であり姉妹であり自分の分身でありそして恋人であるガールズギアたちにつぶやこうとしたときであった。
「なんでマスターが怪我してんのよっ!?」
「それは先程も状況説明したとおりです」
アヤネ(の意識OSが入っているガールズギア)の叱責に、ユイリーは顔色ひとつ変えず応えた。
「あのカミーラからの私に対する攻撃を、ご主人さまがかばってくれたからです」
「じゃあなんであんたが躱さなかったのよ!? 当たらなきゃマスターがかばうことなかったでしょ!?」
「それは」ユイリーはやや顔をかげらせながら応えた。「わたくしがあのカミーラを挑発したら、彼女が激昂して、わたくしを集中砲火しただけです」
「やっぱり貴女のせいじゃない!!」
武装したガールズギアの一体が激昂した顔でユイリーに詰め寄った。彼女もマスターである優人のことを心配していたのだろう。その表情は真剣そのものだ。
そのガールズギアとユイリーはしばらく睨み合っていた。
優人はそこでようやくにらみ合いに気がつき、
「おい、みんな、何してるんだよっ!?」
と慌て顔で走りよると、彼女らの間に割って入った。
「ま、マスター……!?」
武装ガールズギアはびっくりした顔で優人を見ると、一歩その場から退いた。
それから彼女はもう一度ユイリーを睨みつけ、厳しい顔のまま離れると、
「マスターに免じて今回は許してあげるわ」
と捨て台詞を吐くと、踵を返して離れていった。
その言葉が合図のように、aスポーツ用ガールズギア部隊は後に到着した輸送用無人トラックの方へと散らばっていく。
優人は胃が痛んでいるような表情を一つすると、大きくため息を吐き、言った。
「なんかあいつらやけに人間臭いな……。誰がプログラミングしたんだ?」
「あんたに決まってんでしょボケッ!」
「ミャーコ!?」
「ミャーコって言うなあ!!」
振り返ると、そこには車に乗っていたメイドオートマタとともに、猫山美也子が腕を組んで仁王立ちしていた。
「美也子、無事だったか……」
「アヤネたちが来てくれなきゃ危なかったわよ!! あのコウモリガールズギアに操られたゾンビたちに取り囲まれて、一体どうなるかと……」
「ごめんごめん。戦っている間にお前たちと離れちゃって……」
「それは良いとして」美也子はしょうがないわね、という顔をした。「優人、あんた、服がぼろぼろよ」
「あ、ああ」
優人はただうなずくだけしかできなかった。家を出るときにパジャマから着替えてきたが、カミーラの重力波に切り刻まれてボロボロだ。どこかのミュージシャンか、ホームレスにも見える。
「服の着替え、どこにあるかな……」
と彼が何かを思い出すように情報ウィンドウを開いたときである。
「ご主人さま、こちらです」
ユイリーが指さしたほうを見ると、車輪付きのスーツケースが自動的に走ってきた。これはドローンの一種で、人間やオートマタが遠隔コントロールで走らせたり、簡単なAIで人間などのあとをついていくようにできている。この現代では普通に使われているものだ。
「あ、ユイリー、ありがと」
銀河は気が利くなという顔でユイリーを見て笑い、ひとつ礼をした。
ユイリーはその笑顔に、それまで緊張というよりかは無表情だった顔を緩め、
「どういたしまして」
と笑い返した。
優人のそばに自走スーツケースが停止し、自動的に開く。彼はそこに腕を突っ込んで適当な着替えを見繕うと、そこから取り出して手にした。
そして、
「ちょっと車の中で着替えてくるわー、ははっ」
と苦笑いすると急ぎ足で自動運転車へと走っていった。
彼の後ろ姿を見送りながら美也子は、はぁ、っとため息をつくと、
「こんなことやらかしてまあ脳天気なものよねー……」
とあたりを見渡した。
彼女らの周囲には、カミーラが引き起こしたジャミング障害により行動不能になり、さらに優人とカミーラ達の戦闘に巻き込まれ、その災禍から逃れるために人々が乗り捨てた自動運転車が道路のあちこちに停止し、ジャミングの過度の影響を受け、機能を停止したオートマタの「死体」があちらこちらで倒れていた。それは市街戦のあとにも似て、見るからに凄惨であった。いや、実際に市街戦が行われたわけであるが。
先に仕掛けてきたのはカミーラであり、優人たちはあくまで自衛で戦闘したが、巻き込まれたものの数と範囲が大きすぎた。
しかし。
「心配なさらないでくださいませ、猫山様」
ユイリーが再び無表情顔に戻ると、子供を安心させるような口調で応えた。その口調のまま言葉を続ける。
「あのカミーラ型ガールズギアのネットワーク妨害により、警察や消防などへの通報機能は麻痺していましたし、目撃者が撮影していたカメラなども電子妨害により撮影不能になっているはずです。さらにわたくしのサウンドメイカーによるネットワーク介入により、警察やマスコミAIやSNSなどへの介入を行い、ニュースなどにならないようにいたしますので、おはようからおやすみまでどうぞご安心ください」
「あ、そうなんだへええ……って、ちょっとあんたなにやってんのよっ!?」
「この処置を行わないと、ご主人さまが犯罪者と誤解されますので」
「もみ消しも十分な犯罪よっ!!」
美也子がしょうがないわね、もう、というような顔をすると、ユイリーに問いかける。
「ねえ、これからどうすんの?」
「とりあえずはご主人さまのご両親の言う通り、シノシェアの東京本社へ向かいたいのですが……」
「ちょっとそういう訳にはいかないわね」
ユイリーの言葉を遮ったのは、まだ二人のそばにいたアヤネだった。彼女は厳しい表情のまま言葉を続けた。その視線はユイリーに向けられている。
「どういうことでしょうか?」
「どういうもこういうもないわよ」アヤネはよくもまあ、という顔で言葉を続けた。「マスターは両親が大っ嫌いなのを知っていながら、
「それは……」
ユイリーは言いよどんだ。明らかに思考ルーチンに乱れが生じていることが、表情からも明らかだった。しばらくしてからようやくのことで、絞り出すように返す。
「今下されている命令に従っていることが、ご主人さまのためになるとわたくしは思っております」
「それも一理あるけどね」アヤネはユイリーの応えを払いのけるように応えた。「マスターが今したいのはなんなのか知っているのに、貴機はそれに従わず両親の命令に従っている。まっ、貴機があの両親に創られたお人形さんだから仕方がないかもね」
「貴機、それは──」
ユイリーが珍しく怒りの色を顕にし、拳を強く握ったときである。
「そこまでだふたりとも」
その声に二人と美也子が振り返ると、優人が立っていた。新しい服に着替えている。彼はアヤネの傍に行き肩を叩くと彼女をあやすように、
「アヤネ、俺はあのカミーラを救いたいのは確かだ。しかし戦闘のダメージで俺の体は結構ガタが来ているっぽくて。最初はどこかの俺んちで整備しようかとも思ったんだけど、どうやらこのハイブリッドヒューマンの体を整備できるのは今の所ユイリーとオヤジたちだけらしい。さらにだ」
その言葉にアヤネは無言だった。
その後で優人はアヤネから離れると、ある共有データをユイリーとアヤネに転送した。それは地図データだったが、ところどころにマーキングがされていた。そこは優人の持ち家などだった。
「どこから漏れたのか、俺の持ち家とかの場所がカミーラ側に知られているぽくってな。その周辺を奴らの偵察ドローンなどがうろつきまわっている。俺たちが補給などで家に立ち寄ったら、即座にカミーラがまた襲来してくるだろう。それは俺にとってもチャンスだが、整備時とかに襲われるのも嫌だしな。しばらくは近寄らないほうが良いだろう」
そう言って一度言葉を切ると、優人は二人をかわるがわる見て、
「なんで、俺にとっちゃあ不本意だが、クソオヤジの言う通り、ひとまずはシノシェア日本本社に行ってみるしかないだろうな。ここまでこうやってこの体で暴れまくった俺がいうのもなんだけど、この体にはまだまだ未知の機能などが秘められているっぽいし、それを会社のエンジニアたちに調べてもらうのも良いかもしれない。カミーラを助ける何かがあるかもしれないしな」
そう言って頭をかいた。彼にとって不本意な状況ではあるが、仕方がない、という表情であった。
その時だった。
「ご主人さま」ユイリーが何かの通信を受け取った様子で突然喋りだした。「たった今シノシェア社から通信が届きまして……」
そう言って言いよどんだ。
「どうした?」
「シノシェア東京本社へ行こうという話なのですが……」
「なんだ、言いにくいことか? どうしたんだ?」
「はい」ユイリーは思い切りをつけるような声で情報を告げた。「シノシェア本社がわたくしとご主人さまの処置を巡って内部で紛糾しており、それについて決定が下されるまで会社外で待機してくださいとのことです」
「もめてる? アメリカ本社で?」
優人はその言葉に最初青天の霹靂を食らったような顔をしたが、やがて何かを感じ取った様子で、
「それってもしかして、オヤジとオフクロが俺をハイブリッドヒューマンに改造したのが原因か?」
問いかけると、ユイリーが、
「そのとおりです」とひとつ頷いた。「さらに申し上げると遵一様とキャサリン様がその後行方不明になっているのも紛糾している原因の模様です。会社に無断で手術を行ったのが大きいかと」
冷静な口調で応えた。
その応えを聞くなり、優人の頭がカッとなった。そのまま激昂して怒りの言葉をはなとうと思ったが、その時、自分の頭の何処かがそれを抑えるがごとく重くなる。と同時に脳内物質が放出され、勝手に心が静まっていく。
──なんだこれ。自分の頭が勝手に落ち着いていく。
自分が自分でないような感覚を得て、優人は戸惑った。その一方で、頭の中の一部分では次はどうするべきか冷静に分析し、判断していく。まるで自分がコンピュータみたいに。
優人はしばらくうつむいたあと、ゆっくり顔をあげると、ユイリーたちに向かってこう告げた。
「まずは都心に行って、どこかのホテルに泊まろう。そこであっちから連絡が来るまで待機だ」
ユイリー、アヤネ、そして美也子から、異論は出なかった。
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