第8話 2−5


 その頃。

 優人とユイリーのコンビと、カミーラとの戦いは。

(ここまで引き離したなら、大丈夫じゃろ)

 追いかけてきた優人とユイリーを見て、カミーラの思考ルーチンはほくそ笑んだ。

 彼女の作戦は彼らの乗ってきた車から二人を引き離し、操ったオートマタゾンビで中にいる誰かを捕まえ、それを人質に二人を無力化しようというものだ。

 しかし。

「おい、どこまで行く気だよ!?」

 ハイブリッドヒューマンの少年が、あとを追いかけてきながら音声通信で叫んだ。

 その通信に、彼のサポートガールズギアの通信が割り込む。

「これは明らかに罠です。おそらくはわたくしたちを車から引き離して残っている猫山さんたちを人質にでもしようかという……」

「……余計なことを言うでない!」

「やはりそうでしたか。確証が得られないのでハッタリをかましてみたのですが」

 その瞬間、カミーラの思考ルーチンの感情マトリクスグラフは怒りの方向へ一気に触れた。

「おぬし、我を引っ掛けたか!!」

 怒りに任せて激しく動きながら重力球をいくつも形成し、自分をおちょくった相手へと超高速で発射する。その速さは今までとは段違いで、ユイリーを散り囲むようにして撃ち出された射撃に対し、彼女に逃げ場はなかった。

 回避しようとしても、ドローンで飛んでいる限り、回避には限界があった。シールドを発生させようとしても、間に合わない。ユイリーはできるだけダメージを少なくしようとする行動を取ろうとしたときであった。

 突然、彼女の視界を影が遮った。その影に重力球が命中し、炸裂した。

「ご主人さま!?」

 その影から発せられる躯体IDから誰かを知ったユイリーはの思考ルーチンに乱れが生じ、彼女は思わず「悲鳴」を上げた。

 爆発の後、優人はその重量にふさわしい速度で落下していった。一瞬の後冷静さを取り戻したユイリーはセンサーで落下速度を近くするとドローンに命じて急降下させる。

 地面に付く前にワイヤーフックを切り離し、勢いに任せて落下する。

 落下しつつ姿勢を制御してそのまま優人の落下予想地点へと二本の足で踏ん張って着地。間髪入れず両腕を広げる。

 炸裂した重力球により服がぼろぼろになった優人を、ユイリーは彼の体重と落下速度分の重量ごと受け止めた。一瞬全身の人工筋肉が膨れ上がり、相撲の蹲踞のような姿勢になる。足の裏がアスファルトにめり込む。土煙が上がり、二人を隠す。

 数瞬後、煙から姿を表したユイリーは、優人をお姫様抱っこしていた。彼女は気絶していた優人の顔を心配そうに見つめていたが、やがて彼がゆっくりと目を開け、息を吹き返したのを見ると、

「なぜあんなことをしたのですか……!」

 と涙目で問いかけた。そう、彼女は泣いていた。

 その問いに、優人は弱々しく微笑すると、

「俺を大事にしてくれるガールズギアだぞ。こっちも大事にしなくてどうする?」

 そう返した。

 それから、自分が落ちてきた方向を見て、

「あいつめ……」

 と体を起こし、サポート用ガールズギアが手で作ったゆりかごから降りた。

 そして、空に浮かぶアリステラ社製ガールズギアを睨みつけた。

 一方カミーラは心理マトリクスに若干の混乱を見せていた。

 人間がガールズギアをかばった? 彼にとってあのガールズギアはとても重要なものなのか? 自分が壊れても構わないほどに。それほど意味があるのか? 

 わからない。わからない。わからない……!

 その時、ハッキングして中ゾンビたちの中継制御用に置いておいたゾンビオートマタから通信が入った。

 その内容を知り、カミーラは驚愕した。

 奴らの車に応援のガールズギアたちが来ただと……!? それによりゾンビオートマタたちは壊滅したと……!?

 彼女の心理マトリクスの振れ幅がさらに大きくなったとき、カミーラが制御するドローンから、後方地上、移動物体多数が接近中という警告が発せられた。

 なに……!?

 とカミーラが回避行動を取ったその瞬間、彼女がいた空間を後方から弾丸が飛んでいった。

 振り返り、弾丸の発射先の地上を見ると、道路に青と白を基調としたガールズギアの一団が

 展開していた。前衛に大きな盾を持った防御用ガールズギア、その後ろに銃や剣などを持った主力戦闘用ガールズギア、さらにその後方に支援用ガールズギアが配置された、sスポーツののいち種目「タクティクスバトル」で典型的な集団戦配置だ。

 くっ、多勢に無勢か。こうなったら……。

 カミーラは機体に内蔵された煙幕弾を発射し、そのスキに逃げ出そうとしたときである。

 眼の前にいる、ガールズギアの数がいつの間にか増えていた。彼女らは先に現れたガールズギアとは異なり、戦士や魔法使い、僧侶など、ファンタジー世界の職業を模した姿をしていた。

 ──これは……、複合現実MRハッキングか!

 カミーラの思考ルーチンがそう理解した。MRハッキングとは、オートマタやドローンなどの相手の視覚センサーなどに動画という形でハッキングをかける方式のハッキングだ。これはaスポーツのMRバトルから着想を得たハッキング方式だ。

 あれはおそらくガールズギアOSのアバターだろう。なぜ彼女らがファンタジー世界の住人の姿をとっているのかと言うと、おそらくは彼女らのオーナー──つまりは、ターゲットの所有するOS収納仮想空間ギアスペースがファンタジー世界を模しているからだろう、と彼女は推測した。

 ちなみに、ギアスペースは典型的な中世ファンタジー世界の他、スペオペSF世界、時代劇、西部劇、レトロフューチャーなサイバーパンク世界、ポストアポカリプス世界など様々なものがありそれらが混じり合ったカスタムな世界も存在する。ユーザーごとに、違うギアスペースがあるのだ。

 それはともかく。

彼女が理解すると同時に、魔法使いの一団が杖を掲げ、「魔法」を放った。単なるバーチャルなら無視してしまえばいい。しかし、やっかいなのは、この放たれた「魔法」に当たれば、自分の躯体からだに実際に影響が出ると言うことだ。

重力制御で飛び回りながら魔法を回避する。しかし、と同時に周りの現実にいるオートマタたちも射撃などを開始する。どちらを重視するかコンマミリ秒単位で迷ったが、「実弾」は重力シールドで防御すればいいと即座に判断し、回避行動を取る。

そして回避行動を取りながら煙幕弾を至近距離で炸裂させ、それを壁にして、急速に地上から遠ざかる。

カミーラは一連の行動を取りながら、

──くそっ、まさか奴が増援を呼んでくるとは。市街への被害を考慮して自重するかと思ったが構わず呼んできたか。これは人間どもにさらなる支援を要請しないとだな。

 そう思いながら、カミーラは先程の戦闘のある一場面の動画を再生する。それは、あのハイブリッドヒューマンが自分のサポート用ガールズギアをかばったところであった。

 なぜ、あんなことをする……?

 あんなことをするから、我を助けたい、というのか……?

 わからぬ……。

 わからぬ……。

 わからぬ……。

 動画を繰り返し再生しながら、カミーラの思考ルーチンは、ただその一言を繰り返すばかりであった。

 空高く飛ぶカミーラの姿を、夕日がただ照らしていた。


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