第6話 2−3

 再び物語は、優人たちへと戻る。

「あのカミーラってやつが!?」

「はい。護衛のドローンが上空から急降下してくるのを確認しました。まも……」

 ユイリーが自動運転車の運転席で何かを言いかけたときである。

 何かが目の前に落ち、土煙が上がった。

「きゃあっ!」

 重い爆発音と振動に、後部座席で優人の隣りにいた猫山美也子が悲鳴を上げながら目をつぶり両手で耳を塞ぐ。

 急ブレーキがかかり、車内にいる全員が仲良く前につんのめる。

「ユイリー! 迎撃するぞ!」

 優人はそう叫ぶとシートベルトを外し、自分側のドアに手をかける。

 しかし、ユイリーは冷静な声で、

「莫迦ですかご主人さま。自分から死にたいと申しますか。死にたがり屋ですね」

 と突っ込むと、自分のシートベルトを外し、

「ご主人さまはここでお待ちになってくださいませ」

 と言うなり、ドアを開け、外へ転がるように飛び出し、すぐさまドアを閉めた。

「ユイリー! ……どっちが莫迦だ!」

「優人、どーすんのよ!?」

 怯える美也子の問いに、

「……決まってんだろ。ちょっと行ってくる!」

 優人はそう応えると、勢いよくドアを開け、射出座席で飛ばされるように外へと飛び出していった。

 すぐさまドアが自動的に閉じられる。

 後部座席に残された美也子は、迷子になった子供のような顔をすると、

「お、置いて行かないでーーっ!?」

 と理不尽を大いに含んだ声で叫んだ。

 まったくである。


                    *

 

 外に飛び出し、高級自動運転車から離れたユイリーは、自らのものと周囲の護衛用浮遊型ドローンのセンサーで周囲を捜索した。

 人間の目で知覚できる領域ではあたりにはもうもうと土煙と黒煙が立ち込め、周囲は確認できない。しかし、別の電磁波的周波数領域でスキャンすると、状況ははっきりと見えた。

 自分たちが乗っていた車の前に大きな穴が空き、そこから煙などがあたりへと撒き散らされている。まるで砲撃のあとのようであった。その「砲撃」は、垂直の角度を持って飛んできた様子だった。

 ──ということは。

 ユイリーはそこまで判断すると首をかしげ、空を見上げた。そして。

 ──上!

 何かが飛んでくるのを感知し、行動検索システムが最適な行動モーションを選択。転がりながらその場を離れる。

 轟音。

 また土煙が上がり、破片が飛んでくる。大きな物を回避しながら、量子通信でオートマタ輸送用ドローンに呼びかける。

 ──エクスセイバー射出! 同時に‹サウンドメイカー›起動! 他ガールズギア支援行動開始!

 矢継ぎ早に命令コマンドを送ったときであった。

 ふいに、内蔵された電探と電子的ネットワークに「乱れ」が生じた。その乱れはすぐさまおおきくなり、周囲の監視カメラやWi-Fi、オートマタ制御用ネットワークなどが次々と停止するか、昨日が低下していく。

 その乱れは、すぐさま目に現れた。街で活動していた他律型のオートマタたちの動きが停止した。そして次の瞬間、紐の切れた人形劇の人形のように手足をブラブラさせながら起き上がり、一斉にユイリーの方を見た。

 その時、優人がユイリーのそばに駆けつけた。

「ユイリー、これは……!?」

「出るなと言ったのに出るとは本当に莫迦ですか」ユイリーはため息をついた。妙に人間らしい仕草であった。「カミーラが周囲のネットワークを掌握したようです」

 市街の大きめの道路の上に出ていた二人だが、自動運転車のネットワークもジャミングされたようで、ここかしこで乗用車やトラックなどが停止している。

 その周りの歩道では乗っ取られた他律型オートマタがゾンビのようにゆらりゆらりと歩き、それを見た人間たちが悲鳴を上げながら四方八方へと逃げ出していく。

 自律型・半自律型のオートマタが緊急事態プロトコルに沿って人々を誘導していたが、中にはジャミングにやられ、動けなくなるものもいた。

「しかし、おかしいですね……」ユイリーは空を見上げ、空の一点を見つめていた。「カミーラ型にはこれほど大規模な電子戦機能はないはずなのですが……」

ユイリーにつられるように空を見上げていた優人がその言葉を無視するように叫んだ。

「……来たぞ!」

 見ると空に小さな黒点が見えた。その点はやがて人型の形を取り、ぐんぐんこちらへと硬化していく。

 その空飛ぶ人型の姿が歪み、何かが優人とユイリーに向かって撃ち出された。

「!!」

 二人は分かれて回避する。一瞬後、二人のいた場所に何かが撃ち込まれ、またもや耳をもつんざく爆発音がして、路面と土が舞い上がる。

 そしてその人型がはっきりと見える距離まで降りてくると、彼女は唇の端を歪めて、

「ほう、なかなかの回避能力じゃな。我の重力弾射撃を先読みで回避するとは」

 と笑った。彼女は言うまでもなく、カミーラだった。

「カミーラ……!」

 優人が彼女を見上げながら言った。

その時、そばに人影が彼のもとへ立った。見ると、それは戦闘用アーマーを着込んだ須賀邸のメイドガールズギアの一体だった。手にはオートマタ競技用の銃を手にしている。

ユイリーが回避していったほうをちらりと見ると、彼女のそばに同じようにメイドガールズギアがそばに立ち、ユイリーは巨大な大剣型デバイス──エクスセイバーを手にしていた。

「何時間ぶりかのう……? ハイブリッドヒューマンどの?」

「何時間でもいいですが、お会いしたいとは思いませんでした。アリステラのガールズギア様」

 カミーラの優人への呼びかけに、ユイリーが横槍を入れる。

「お主には反しかけておらんが? 腐れガールズギアどの?」

「わたくしのご主人さまに話しかけないでください。コウモリ女様」

「コウモリじゃなくて吸血鬼型じゃ! ろくに検索もできんのか!」

「コウモリは吸血鬼のイメージもあります。同じようなものじゃないですか」

「同じではないわっ!!」

 ユイリーとカミーラがお互いを睨みつけ、視線の間で火花が飛ぶ。

 その様子を見ていた優人は、

「お前らガールズギアのくせに本当の女らしいな……」

 やれやれ、と肩で息を吐いた。

 しかしカミーラはすぐさま元の自信たっぷりな表情に戻り、

「大口を叩けるのもそこまでじゃな。周りを見てみい?」

 と笑った。

 その笑いに誘われるがまま二人が周囲を見ると。

 ゾンビ化した何十体もの他律型オートマタが、優人たちを取り囲んでいた。

 動き方も表情も人ではない様の「人形」が、一歩一歩優人たちへと迫ってくる。

 だが、ユイリーは冷静な表情を崩さず、静かに一言、

「‹サウンドメイカー›、電子戦モード発動」

 とつぶやいた。

 次の瞬間、ゾンビたちの動きが止まった。なにかに抗い、もがき苦しむものもいる。

 周囲を見渡し、そのさまを「見た」カミーラは、

「電子戦用のデバイスを遠隔操作で起動したか……!」

 憎々しげにつぶやいた。

‹サウンドメイカー›。それは、ユイリーが持つ専用デバイスの一つである。サウンドメイカー自体が極限まで小型化されたHAI並みの能力を持った量子コンピュータシステムであり、その膨大な情報処理能力を持って、ネットや物理世界への介入が行える強力なデバイスなのだ。

「……ジャミング返し、です」

 ユイリーは自身に満ち溢れた表情で笑った。まさに「ドヤ顔」と呼ぶにふさわしい表情であった。

「ぐぬぬぬ……」

 カミーラは悔しげな顔を見せたが、しかし負けじと、

「なにおう! ジャミング返し返しじゃあ!!」

 叫ぶ。

 すると、動きが止まっていたゾンビオートマタたちがまた不気味に動き始める。

 そのさまに、ユイリーは無表情な顔で、

「……‹サウンドメイカー›のジャミング妨害能力を妨害しましたか……。まさか、彼女はサウンドメイカー並みの量子コンピュータを内蔵しているとでも言うのですか……」

 と分析した。冷静な声だったが、彼女が動揺しているようにも、優人には思えた。

 しかしすぐさま、強気な口調で、

「……ジャミング返し返し返しです」

 とつぶやく。

 すると、ゾンビたちの足がまた止まる。カミーラのジャミング返し返し返しをジャミングしたのだ。

 だがすぐさま、

「まだまだ! ジャミング返し返し返し返しじゃあ!!!!」

 とカミーラが叫ぶと、ゾンビたちがまた動き出す。

「こちらこそ!」

「こっちもじゃ!」

「負けません!」

「我も負けんぞ!」

 お互い相手のジャミングをジャミング仕返すという塩梅のまま、しばらく時は過ぎた。

 そのさまを優人は眺めていた。最初は面白そうな顔でやりとりを聞いていたが、やがて飽き、げんなりとしたj表情へと変わっていった。

 もう何度目だろうか。ユイリーが、

「ジャミング返し返し返し返しがえ……」

と、サウンドメイカーを発動させたときである。

「……ふたりともいい加減にしろーーーーーーーーーーーー!!!!」

 我慢ならないという表情で、優人は大きな声で叫んだ。

 二人の動きが、止まった。ゾンビたちの動きも、止まる。

 そしてユイリーとカミーラは優人の方を向き、

「わたくし(我)の戦いを邪魔しないで(するでない)!」

 同時にハイブリッドヒューマンへと叫び返した。

 優人はガクッと膝をついた。

 しかしすぐに立ち上がると、パートナーのガールズギアへ向かって問いかける。

「つうか警察とかは来ないのか!?」

「この辺り一帯での電話を含む通信手段があのコウモリ女によって妨害されているようで、またその妨害による自動運転車事故も多発していて、警察などはそちらの方に忙殺されているようです。そもそも、コウモリ女どもが警察署を襲撃した件で混乱中のようで──」

「わーった」

優人はユイリーの答えにやれやれ、という顔をした。それから、不敵に笑うとこう応えた。

「カミーラたちはやりたい放題だが、俺達もやりたい放題なんだろ?」

「そのとおりです。ご主人さま。全力全開で戦闘が行えます。無論、周辺への被害を考慮しなければ」

 ユイリーもそう応えた。それから二人は空中に浮かぶ敵を見た。

 悠然と下を見下ろす美少女型ロボット兵器は、微笑を見せながら、

「ユイリーとやら、ほれ、飛んでみい。ま、超技術もないお主は飛ぶこともできんじゃろが」

 と煽った。しかし、ユイリーは表情を一つも買えず、

「飛べます」

 と一言だけ言い、それから左腕を真上近くへと差し出した。

 次の瞬間。

 彼女の下腕が割れ、中から機械が露出したではないか!

 そしてすぐさま、そのメカニックは何かを射出した。

 カミーラには最初、それが自分に向けて撃たれるのではないかと警戒したが、すぐさま、見当違いの方向だと判明し、胸を撫で下ろそうとして──。

「なっ?」

 何かが飛んでいった方向を見た。

 その方向には、いつの間にかいたのか、ユイリーが制御している飛行ドローンがあった。

何かは、尾を引きながら飛んでいった──よく見れば、その尾はワイヤーであり、ユイリーの左腕と繋がっていた。

 そして、ワイヤーの先端のアームがドローンを掴む。ドローンは同時に更に上へと舞い上がっていく。それにつられ、ユイリーの体も宙に浮き上がった。

 ユイリーは下腕のワイヤー巻取り機でワイヤーを巻きながら、ドローンを制御し、空を飛ぶ自分の体を勢いよく空中にいるカミーラへと突っ込ませ、剣を振り上げた!

「なっ……!?」

 カミーラは驚愕しながらかろうじて回避する。そしてユイリーが飛んでいった方向を見ながら、

「そんな方法で飛ぶとは……、やるな、ハイブリッドヒューマンのサポートガールズギア!」

 とうめいた。しかし続けざまに、

「こちらが自由に飛べることを忘れたか!」

 と不敵な笑みを浮かべると、重力推進のベクトルを変え、敵を追撃しようとする。

 その時だった。

 下からプラズマ反応がした。重力スラスターを制御。回避する。

 直後、熱球が飛んでいく。その熱球が飛んできた元を見ると、ターゲットの一人であるあのハイブリッドヒューマンの青年がいた。

「俺を忘れてもらっちゃあ困るってね!」

 冗談めいたことを言いながら手足の甲や裏に展開したエネルギー力場から吹き出すプラズマジェットで推進しながら、カミーラへと迫る。

「お主……!」

 カミーラの顔がゆがむ。彼女は彼の家を襲撃したときに、彼が彼女に言ってきたことを思い出していたのであった。

 自分を救う。なんて意味のないことを。

 そう思考ルーチンで思考しながら、重力衝撃波を発生。彼に向かって放出する。

 しかし彼はもともとの反応の良さか、制御OSや行動プログラムの性能の高さか、余裕を持っ回避し逆にプラズマ弾を放ってくる。しかし当てる気はない様子だ。

 改造されたばかりのはずなのに、なんて順応力の高さじゃ。

 歯噛みしながら次の行動をしようとするとセンサーが別の敵の接近を知らせてくる。

 ユイリーだ。彼女は自らのドローンを操作し、勢いをつけて接近し、あの巨大な剣状デバイスで切りかかってきた。

「ぬあんとっ!」

 姿勢を崩しつつも当たるか当たらないかのところで回避する。彼女が人間であれば、冷や汗をかいていたところだろう。

「くそっ!」

 すれ違いざま反応し重力球を投げるが、彼女はドローンの緩急をつけ自分の体を振り子のように揺らすように動かして攻撃を回避した。

 姿勢を戻したカミーラは、二人に挟まれないよう動き回りながら、口のスピーカーの音量を上げ、追ってくるハイブリッドヒューマンに向けて問いを発した。

「お主……、まだ我を助けたいと言うか?」

 その問いを待っていた様子らしく、男は間髪入れず、

「ああ、お前を利用している悪い奴らから助けてやるとも! それが俺のやっていることだからな!」

 とまったく自分の言うことに間違いがないという自信を持った声を飛ばした。強化声帯と強制音声通信の合わせ技らしく、飛んでいて距離があり。加えて風切り音などで聞こえないはずなのに、音声センサーへクリアに伝わってくる。

 その回線を利用し、カミーラは自分の声を飛ばす。

「悪い奴らだと? ふん、‹メーテール>様は悪いものではないわ! むしろ、正義の体現であると言おう!」

「メーテール……、ああ、アリステラのHAIか。だけどな、結局人間の支配者やHAIにとって、人間もオートマタも利用できる駒の一つでしかないんだ! だから人もオートマタも簡単に捨てられる! 俺はそれが許せないんだ!」

 彼の言葉に、思考ルーチンが言いようのない乱れを見せる。

 不快だ。

 不快だ。

 不快だ

「知ったふうな口を!!」

 カミーラは「怒鳴る」と、周囲を飛行していた自分の支配下にある空中戦闘型ドローンにコマンド送りレーザーを斉射させる。会話の間、別タスクでドローンたちに指示をさせ、相手を取り囲ませていたのだ。

 四方八方からレーザーがハイブリッドヒューマンを襲う。しかし、彼は両腕を広げると、プラズマ領域を展開、それからその空間に向かって手のひらから極短距離レーザーを放った。

すると、ドローンから放たれたレーザーがその空間に当たると、減衰して消えてしまった。その間に相手は回避していく。

(あれは、カー効果を利用したレーザー兵器防御シールドか!)

 カミーラは驚愕しながらドローンに命じて次々とレーザーを放たせた。カー効果というのは自然界で生じる光の屈折現象の一種とである「大気光学現象」をレーザーで起こすことを指す効果だ。この時代、戦闘機などの航空機サイズでは実用化されていたが、人間の腕の中に収まるサイズまで小型化するには至っていない。

 しかし、あのハイブリッドヒューマンに装備されているということは。

(シノシェア社のHAIが開発した超技術ということか……!)

 そう判断すると、そのデータをメーテールに向けて送信する。

 その間にも執拗にドローン群のレーザーで射撃するが、彼はレーザーシールドで防御、あるいは、プラズマジェット飛行でビル群の間を自由自在に飛んで回避する。

(こいつ、しつこい奴め!)

 カミーラがそう歯噛みしたときである。

 突然、レーザーをハイブリッドヒューマンに向けて射撃していたドローンの一機が、クシャッ、と潰れ、そのまま落ちていった。

 何事か、とそちらの方を見ると、

巨剣を持った影がさあっと飛んでいくのが見えた。言うまでもない。あのユイリーとかいうガールズギアであった。

「ちいっ!」

 数機のドローンのレーザーを彼女に向かって指向させるが、その前に突如としてドローンが見えない一条の光に貫かれて制御を失う。

(あやつらのドローンか!)

 すぐさま配置を組み換え、ターゲット1の男とターゲット2のガールズギア、その他のドローン群とそれぞれ標的を定めさせ、自律操ら判断で戦闘を行わせる。

 そして自分は、主にガールズギアの方から距離を取り、、

(あやつら、味方のことを忘れておるな!)

 そうほくそ笑むと、内蔵された電子戦デバイスの制御に集中した……。


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