第5話 2−2
少し前。
優人たちの遙か上空に、一つの影が静止していた。
いや、静止していたというのは正しくない。墜落しない速度ぎりぎりの速さで飛んでいた、というのが正しい。
その影──アリステラ社子会社PMSC所属ガールズギアカミーラ04号機は両翼を長方形の板のように広げ、それで揚力を稼ぎながら自らのセンサーで地上を捜索していた。
この翼の形は、低速で飛ぶことに適しており、アメリカの軍事用偵察機U-2 や地上支援用攻撃機A-10などで採用されている。
カミーラは光学的電磁的など、様々なセンサーで地上を走査しながら、これまでのこと、これまでのことを整理していた。
拉致作戦に参加した他のオートマタたちは回転翼機で米軍基地に撤収させた。日米地位協定や国際法などにより、米軍基地に逃げ込んでしまえば、日本側は介入できない。
アリステラ社PMSCはこれを利用し、米軍基地をベースに作戦を行ったのだ。だからああいう派手なことをしても、捜査の手は鈍るだろう。
それはいい。それはいいのだが。
ターゲット、特にあのハイブリッドヒューマンの少年のことが、カミーラにとって気にかかっていた。
なぜ自分を救おうとするのか。
なぜ自分が悪いものに操られているというのか。
ターゲットの個人データでは、あのターゲットは違法行為に従事しているガールズギアイアやボーイズギアなどのオートマタを「救助」しているという。
バカバカしい。なにが「救助」だ。救っているというのは、あのターゲットの思い上がりではないのか。
しかしその思い上がりが本気なのならば。
私は……。
そこまで意識OSの思考ルーチンが思考したときであった。
『カミーラ04、カミーラ04、応答せよ。こちらアリステラセキュリティ管制室』
アリステラ社のPMSCからの通信であった。歳をとった男の声だ。それなりに経験と責任を持った声をしていた。
「こちらカミーラ04」
『カミーラ04、ターゲットは発見できたか?』
「こちらカミーラ04、ターゲットはまだ発見できない。……ん」
『カミーラ04、どうした?』
カミーラは配下の偵察用ドローンから演算機内に流れ込んだ情報を確認すると、
「こちらカミーラ04、偵察中のドローンから情報が入った。ターゲット達の乗る車を発見。現在高速道路へ向かって市街を走行中とのこと」
とその情報だけを告げた。
『カミーラ04了解。作戦通りターゲットを捕獲せよ。できない場合は破壊し演算機を回収せよ。交戦規定は犯罪者捕獲プロトコル。できるだけ武器の使用は控えろ』
「了解。これより作戦行動に移る」
『幸運を祈る』
そう告げて管制室からの通信は終わった。
なにが幸運を祈る、だ。バカバカしい。そのようなことを言うのは人間だけだ。
カミーラの思考ルーチンがそう思考したときである。
再び通信が入ってきた。
〔……カミーラSp、聞こえていますか?〕
それは声でも文字でもなかった。機械の言葉といえばいいのだろうか。人間には理解できないたぐいの通信であった。
〔聞こえております<メーテール>様〕
先程の通信とはまるっきり異なるかしこまった態度でカミーラは応えた、
<メーテール>、それはアリステラ社が所有するHAI《高度人工知能》であり、アリステラ社の多くの業務はこの<メーテール>によって決定されている。
〔カミーラSp、貴女に命を与えます。貴女が追っているターゲットを、完全に破壊してしまいなさい。人間が言うように、演算機などを回収しなくても構いません。我々にとって将来邪魔となるであろう、あの『新人類』を排除するのです。それに、交戦規定についても無視しなさい。あなたの思うまま、存分に行動しなさい。良い知らせを待っていますよ〕
〔……仰せのままに。<メーテール>様〕
そして通信は先程のようにふいに途切れた。
しばらく天空から地上を見下ろした後、カミーラは口元を楽しげに歪めた。
そうか。人間どもの言うことは聞かなくも良いと。
そして情報分析部にフォーカスを移す。
地上の風景にいくつもの情報が重なる。そしてその景色が拡大し、日本の大都市によく見られる街中の道路を走る一台の高級乗用車の姿が映し出された。
……あれだな。
カミーラは口元の妖しげな歪みを顔中に広げると、是中の翼が文字通り形が変わった。
そして獲物を狙う鷹のように、眼下の目標へ向かって落ちて行った。
そのさまは、恋人の元へ飛び込む少女のようにも思えた。
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