第4話 2−1


 過去には終戦記念日と呼ばれていたこともあった日の午後、東京から程よく離れた場所にある高級住宅街の一角にある須賀家は、いっときの騒ぎも収まり、門前には人気もなかった。

 しかしその奥にある広大な庭にある車庫周辺は慌ただしさを増していた。ガールズギアによる襲撃事件を受け、そのターゲットであるハイブリッドヒューマンである須賀優人とのサポートガールズギアであるユイリー、そして、

「この足手まといはどうしましょうか」

「足手まといっていうなぁ!!」

 事件の目撃者である猫山美也子が、自宅にある自動運転車に乗り込む間際で連れて行く行かないで口論となっていた。

「あたし母さんに出かけるって行っちゃったし……」

 自走式キャリーバッグをそばに置き、出かける身支度をした美也子はやる気満々である。

「目撃者と言うか巻き込まれたミャーコも連れていきたいんだけど……」

「ミャーコっていうなぁ!! ね、できるだけ足手まといにならないから、連れて行って」

両手を合わせて頼み込むミャーコに対し、ユイリーは冷ややかな目で答える。

「ですが、ご主人さまだけでなくこの女も連れて行くとなるとその分リソースが割かれます。敵が潜力を増して再襲来するのが確実な以上、護衛する余裕はありません」

「こっちにも戦力はあるぞ。……おーいアヤネ」

 優人はウィンドウを開き、ギアスペースを呼び出した。

「ほいほい優人様」

「俺んちやクラブハウスにあるaスポーツ用の躯体を用意してくれ。もちろん、装備一式もな」

「はーい」

aスポーツとはオートマタで行うスポーツの総称である。野球やサッカーなど一般的なものから、格闘技や剣闘技など、躯体の破壊も許容される過激なものまで、多種多様に渡っている。

「そっか、優人は自分で作ったり悪いやつから助けたりしたガールズギアの意識OS《たましい》をいろいろなところで働かせたりしてるもんね。それで稼いだ金で自分ち何軒も持ってるし。そこにおいてあるガールズギアのボディを使おうってわけね。それなら安心だわー」

 美也子が胸をほっと撫で下ろした。

ちなみに、彼女の胸は大平原である。

それはともかく。

優人はその躯体にギアスペースにいるガールズギア人格OSをインストールし、ご栄養として使おうというのだ。

「というわけだ。ユイリー、お前だけでなくアヤネたちもいるんだ。そう意固地にならず、彼女たちも頼れ、な」

 優人がそう言うと、ユイリーはしばらく黙っていたが、

「……わかりました。それでは美也子様も連れていきましょう」

 と応えた。

しかしどうにも納得いかない様子であった。

優人は彼女の顔を見ては、

(オヤジどもの命令とコンフリクトしていやがるな。面倒だな)

 深くため息をつくのであった。


                   *


 ホームAIを留守番モードにし、何機かオートマタとドローンを留守番役に残すと、優人、美也子、ユイリー、さらにメイドオートマタの一人は高級自動運転乗用車に乗り、他の使用人たちは家にあるオートマタ輸送用自走ドローン(見た目は軍事用装甲車に似ている)二台に搭乗し、周囲に護衛用のドローンを多数伴って、半壊した須賀家を出発した。

 出発してしばらくしたところで、美也子はあることに気がついた。ユイリーの両腕が先程とは異なるものになっているのだ。腕が人間に近いものになっていて、その腕に分割線のような筋が入っている。

それに、肩や腰のハードポイントにもなにか機械が付いている。それは超小型ワイヤー射出機にも見えた。

「ユイリーちゃん、腕変えた?」

「ああこれですか」ユイリーは前方を見つつ、ハンドルをさばきながら相変わらず抑揚のない声で応えた。「対カミーラ用に腕を変えました。もう彼女に自慢げな顔はさせません」

「あらあ〜? ユイリーちゃんなんか悔しそうだねー? よっぽどカミーラに空を自由にさせられたのを根に持ってる?」

 美也子が茶化した声で応えると、

「いいえそんなことはありません。単なる傾向と対策です」

 感情を持たない声が運転席から返ってきた。

「まったまたぁ〜、本当は悔しいんでしょー? でしょー?」

 美也子がにやけた顔で追撃すると、

「ミャーコ、そのあたりにしておけ。またどこかに置いていくぞとか言われるぞ」

 そう優人に叱られたので、

「はあい」

 生返事を返し、小さく舌を出した。

(まったく、美也子もユイリーをライバル扱いしちゃって)

 優人がやれやれ、と顔をしかめたときだった。

「ご主人さま。ご両親からメッセージが一件届いております」

 ユイリーがそう告げるなり、優人の目前でウィンドウが開く。

 大きめの、メール用のウィンドウだった。

 優人は文面を見た。

 内容的にはこうだった。

優人、お前にこのようなことをさせてすまない。しかしお前を生き延びさせるためには必要だったのだ。ところで、お前に施した技術を狙って様々な国家や企業などがお前を狙っている。助けてやりたいところではあるが、私達も命を狙われているので、身を隠している。そのため表向きには何もできない。そこで、困ったことがあったらシノシェア社の日本支社に行きなさい。彼らなら、力になれると思う。頼んだぞ。

というようなメッセージだった。

それを読み終えるなり、優人はウィンドウを力いっぱいスワイプしてこう叫んだ。

「……自分勝手なことを言いやがって!!」

 その声に、隣にいた美也子がぎょっとした顔を見せる。それから少し困った顔を見せて、

「まあまあ、そう怒らないでよぉ……」

 となだめた。

 しかし、優人の怒りは収まらず、

「あいつらの言うことは聞かんからな。まず、俺の持ち家の一つへ行こう。そこで迎撃体制を整えて彼女が来るのを待とう」

 そう言って手持ちのスマホを操作すると、地図情報をユイリーに送った。

 しかしユイリーは首を横に振ると、

「住宅地などで迎え撃つのは周囲の住民を巻き込むことになります。とりあえずはご両親の言う通り、東京支社へ移動し、そこでスタッフと今後どうするかを話し合うべきです」

「けど……!」

 優人が抗議しようとしたときだった。

「優人」

 そう言うと美也子が優人の両頬を自分の両手で引っ張った。

「ふぁに……!」

「優人あんた両親が嫌いだからってわがまま言いすぎよ! 今は切羽詰まった状況なんだからああだこうだ言わずに、とりあえずは両親じゃなく、ユイリーの言うこと聞いてみたら?」

「むにゅっ……」

 それを言われて優人は黙ってしまった。ガールズギア大好きな優人のことである。好きなガールズギアの言うことを聞かなかったら、いっていることとやっていることが違ってしまう。

 優人が黙ったのを見て、美也子はニッコリとして手を離した。

「よーし、いい子ねー」

 そうやって優人の頭を撫でると今度は優人と反対側の、自分側の窓外を見た。

 ガラス窓に優人の不服そうな顔が映るが、それを無視して、窓外の光景を見る。

 車列は高速道路に入る前に、市街を走行していた。左右で町並みが前方から後方へと時間のように流れてゆく。

 その街並みのここかしこで、オートマタの姿があった。 

店で働く店員オートマタ、車を運転する運転手オートマタ、買い物をする家庭用オートマタ、交番で見張る警察用オートマタ、街を掃除する街役場所属の清掃用オートマタなどなど……。

 老若男女の姿をしたオートマタが、そこかしこで働いていた。

 これが全自動化した社会の見慣れた日常風景であった。

 その光景を見て、美也子は住み慣れた自分の部屋を見たときのような目をして、

「街はオートマタでいっぱい……。人よりもオートマタのほうが多いかもしれないし、まるでオートマタが世界の支配者みたいねー」

と冗談めいた声で言った。

 しかし優人は、不機嫌な表情を崩さずに、

「いや、冗談じゃないよ。これが世界の現実だよ」

と答え、一つ間を開けると言葉を続けた。

「もはや先進国での労働人口は人間よりもオートマタのほうが多いんだ。オートマタとHAIの実用化により先進国は少子高齢化を乗り切ったと言えるし、人類の多くは、万物の霊長が人間からHAIに移ってしまったことにまだ気がついてないやつも多いんだ」

「じゃあ、そのAIと融合したハイブリッドヒューマンってなんなのよ?」

 美也子の問いに、優人はちょっとかっこつけたような顔と声で応えた。

「……新人類、かな」

「……何よそのドヤ顔―!? あんた厨二病発症しすぎじゃない!? もうそんな連ネイなのにー!?」

「ミャーコてめえ腹を抱えて笑うなっ!! 真面目に答えたんだぞ!!」

「あー、おかしいーっ!! ヒーッ、ヒーッ!!」

 美也子は笑いが止まらなくなり、涙さえ出てきたときである。

「いいえ、ご主人さまのご回答はおかしくありません」

「ヒーッ、ケホッケホッ! ……ゆ、ユイリーさんっ!?」

 運転席から声を飛ばしたのはハイブリッドヒューマンサポート用女性型オートマタだった。

「ご主人さまの言うことに間違いはありません。HAIの実用化前、AIの開発者研究者投資者たちは、HAIのような『強いAI』が実用化されたときに何が起きるかを予測しました。その中に、人間とAIの融合という予測があったのです。それによる人類の進化も。今や、それが目の前にあるのです。ご主人さまという姿をとって」

 教師が歴史を教えるようなユイリーの説明だった。しかし、美也子は授業中内職している征途のような顔で、

「ふーん、そんなものですかね……」

 と一つあくびをすると、再び窓外を見た。

 ちょうど、優人たちを載せた車は交差点で停まったところだった。信号待ちだ。眼の前を、人間、あるいは人間に似た何か、あるいは人間の形ですらないものが歩いたり車輪で渡っていく。

 それを見て、優人が何かを思い出し、美也子に向かって問いかけた。

「なあ美也子、ガールズギアを含めたオートマタの動作方式には自律型、他律型、半自律型という三つの動作方式があるんだが、それを見た目から判断する方法があるんだ。何だと思う?」

「わかんなーい」

「こらこら初手から投げるな。ヒントは顔だ」

「かおー……?」

「そう、顔だ。で、顔のどこだと思う?」

「……耳?」

「両手で耳を持って揺らすな! ダンボじゃねえっつうの! で、どこだと思う?」

「……鼻?」

「だから鼻の穴を大きくしながら言うなっつうの! ……お前、わかってて言ってんだろ」

「ううん、本当にわかんないんです!」

「そんな顔文字みたいな顔をするな! わーった。正解は、目だ」

「目?」

 美也子が目を動かした。

 その間に信号が青になり、車が動き出した。街の景色が流れ始める。

「そう、目だ。自律型他律型ともども、目にはカメラなどのセンサーが仕込まれているんだが、自律型は目がよく動くのに対し、他律型は目をあまり動かさないんだ。どうしてだと思う?」

「……そもそも見ていないから?」

「投げやりな口調で応えるなよ。でも、一応正解なんだな。実は、他律型というのは標準では自分の視覚センサーで見ていない事が多い。じゃあどこで見てると思う?」

「……チャクラ?」

「んなところで見てるわけねーだろ! 正解は、街や家などに取り付けられたカメラや通信機器等だ。他律型は街にある監視カメラやWi-Fiなどで位置情報や信号の情報などを受け取って、それで動いていいかいけないかってそのオートマタを制御しているHAIなどのコンピュータが判断して動かしているんだ。近くに人間やオートマタなどがいるときはそれにぶつからないようにするのも、街にあるカメラやセンサーなどで判断して避けたりするんだ、もちろん、躯体にあるセンサーとかも使うけどな」

「ふーん」

「これに対し、自律型は自分の躯体に設けられたカメラやセンサーなどで情報を受け取り、自分で判断するんだ。その時、その情報を得るためにセンサーが動作する。なので自律型は目が動くことが多いんだ。他律型はその逆。目はあまり動かないんだな。そうやって自律型と他律型を見分けることができるんだ」

「じゃあ半自律型は?」

 美也子が長い説明にあくびを一つしながら質問した。

 優人は、良い質問だね、と言って、

「半自律型、クラウド型や協調型なんで呼ばれる場合もあるけど、それらは近くにいる各躯体が自分のセンサーや周辺のカメラなどを使って情報を入手し、それらが他の半自律型機体やHAIに情報を送ってそれらとやり取りしながら判断するんだ。お互いがやりとりしながら強調して動いていくので、協調式、って呼ばれるんだ。実は自動運転車もこの方式をとっているものが多いんだぞ?」

「へー」

「これら三方式には一長一短あるけど、オヤジのシノシェア社は主に状況によってその三方式を切り替えながら動作する『トライアングル方式』をとっているんだ。これの長所は、状況に応じた動作方式を使えること。短所は、システムが複雑になってしまうということかな。無論、クラウドネットによるサポートもあるし、ユーザーも人格OSもどの方式か意識しないで動けるようになってるけどね」

「優人が作ってんのも同じ?」

「ああ同じさ」優人は当然という顔をしながら返した。「俺のもトライアングル方式使ってる。ただし、クラウドネットは俺のプライベートギアスペースクラウドにしてるけど」

「じゃあさ」美也子は少し考えるような顔をしてから問いかけた。「優人はどの方式が一番好き?」

「決まってる」優人は強い口調で応える。「自律型さ。というか他律型以外の動作方式だな」

「どうして?」

「他律型には『魂』がないからさ」

「魂って……アハッ」そこで美也子はクスリと笑った。

「なんで笑うんだよ!?」

「だって、オートマタやロボットに魂なんでないじゃない。単なるOSでしょ」

「人格OSだって、ある程度の性能があれば、人間などと同じふるまいをするように見えるんだ! それに魂があると言って他になんと言うんだよ!?」

「オートマタ、というかガールズギアのことになると熱くなっちゃってぇ」美也子はおかしいというような顔で優人をからかった。

 優人がなにか言おうとした時だった。

「ご主人さま」運転席から抑揚のない声が飛んできた。「話の途中ですが」

「何?」

「おしゃべりはそこまでにしましょう」そう言ってユイリーは強くアクセルペダルを踏んだ。

「あのカミーラ型が、またやってきました」


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