第3話 1−3
一方。
須賀邸の広々とした庭へと、侵入者の黒いガールズギアを押し出したユイリーは、サポートに駆けつけた配下のメイドガールズギアから青を基調とした、彼女の身長程はある巨大な剣状デバイス《エクスセイバー》を受け取ると、そのまま敵対ガールズギアに対して戦闘を開始した。
「デバイス」とは、オートマタが制御し運用する専用の「道具」のことであり、オートマタが手に持って運用したり、ハードポイントに装着したり、オートマタが搭乗したり、オートマタが無線有線でコントロールするものなど、様々なタイプが有る。
この《エクスセイバー》は文字通り巨剣型のデバイスであり、主な用途はズバリ自衛用=戦闘用である。
その巨剣型デバイスが、黒い装甲のガールズギアに向かって薙ぎ払われる。
しかしどことなく吸血鬼を思わせる風貌のガールズギアはそれを上に避けた。
そしてそのまま空中へと浮かぶ。
その上空遠くに、軍用ヘリコプター数機が旋回していた。あれでオートマタたちを載せてきたのだろう。
「フライングデバイス装備ですか……」
ユイリーは憎々しげに、しかし冷静な口調のままでひとりごちた。
と同時にネットのガールズギアデータベースを検索する。当該機はすぐに見つかった。アリステラ社配下の民間軍事警備会社が所有しているカミーラタイプガールズギア《カミーラ》だと判明した。
宙に浮かんだ吸血鬼風味のカミーラはユイリーを見下ろしながら、
「ほれ、我のように飛んでみい。できんじゃろできんじゃろ」
とニタニタ笑いながら挑発する。
しかしユイリーは眉一つ動かさず、
「わたくしは別に飛べなくても構いませんが?」
とだけ答えた。
言い終わるが否や、じゅっという音がしてカミーラがいたところに何かが走った。
カミーラはなにかを回避すると、
「レーザー発振器つき飛行ドローンかの……。やりおるは」
みれば、庭周辺に何機もの空中浮遊型ドローンが空に浮かび、カミーラを取り囲んでいた。
レーザー発振器が一斉に女吸血鬼型ガールズギアへと向けられる。
そして、レーザーが斉射された。
しかし、レーザーは彼女の周りでネジ曲がり、あらぬ方向へと富んでいった。
カミーラは再び笑うと、
「防御手段を持っているのはお主だけではないぞ?」
そう言い、手を一つ払う。
空間が歪み、周囲のドローンが吹き飛ばされた。ユイリーたちもその歪みに押され、後ろに押されていく。
暴風のような風のなか、何かに切り刻まれるように手足を包む長手袋とハイソックスがビリビリと破け、そこから鋼鉄色の機械の手足が姿をあらわす。
ユイリーはそれを気にせず、
「重力波発生機構……。《アリステラ》が開発した超技術ですか……」
表示されたデータを参照しながら大剣をかざし、重力波を受け止める。
「ですが」
その大剣エクスセイバーの切っ先を空中にいるカミーラに向けて構える。
「大したことはありませんね」
言うなり大剣が真ん中から二つに左右に割れ、中にあった黒いものが露出する。
次の瞬間、黒いものの先端から白い光条が射出された。
光条はカミーラの重力波壁に命中した。一瞬、光条は壁によって受け止められたかと思われたが、次の瞬間、重力波壁に穴を開け、カミーラへと富んできた。
「ちいっ!」
カミーラは急速回避して光条を避けた。光条は天空手と突き進んでいき、やがて消えた。
「プラズマキャノンか……。お主のところの超技術ってわけかい……」
ユイリーは無表情のまま、機械とは思えないほど驚愕した表情のカミーラにプラズマキャノンの砲口を向け、
「ロックオンしました。次は、逃しません」
冷たい視線も向けた。
その時だった。
「ユイリー!」
リビングの方から声が飛んできた。優人だった。
彼はユイリーのそばへ駆け寄ると、空にいるガールズギアを見上げた。
「あれ、ガールズギア?」
「そうです、アリステラ社のカミーラ型ガールズギアでございます」
優人は頭の先から爪先までカミーラを舐め回すように見ると、とんでもないことを言った。
「あのガールズギア、いいガールズギアだな……! ちょっとしたいな……!」
「……こんなときにそんな事言いますか。悪い癖がでましたね」
そう言ってユイリーは呆れた顔を見せ大きなため息を吐いた。
その言葉に、カミーラも一瞬呆然とする。
「で、玄関から侵入してきたオートマタはどうしました?」
「うちのものが応対してる」
「うちのもの? ……ああ、ご主人さまのギアスペースの皆様方ですが」
「そういうこと。で、ちょっとこのカミーラっていうガールズギアに聞きたいんだけど、良いかな?」
「話をするのは良いですが、戦闘能力を無効化したほうが良いと思いますが」
不安そうな目で答えるユイリーに対し、
「だーいじょうぶだって。こいつは話のわかるやつだって」
「根拠はあるんですか」
「ない」
「根拠のない自信。人間らしいですね。それでまた怪我でもなされたらどうするんですか。ご主人さまのご両親に合わせる顔がありません」
ユイリーのある言葉に、優人はすこしむくれた表情になり、応えた。
その言葉を出したことに、ユイリーはしまった、というような少し複雑な表情を見せた。
「……あいつらなんてどうでもいいよ。とにかく、話しさせてもらえるかな?」
「……わかりましたご主人さま。ただし、相手がおかしな素振りをしたら撃たせてもらいますからね」
「わーかった」
優人が笑うと、ユイリーは再び小さく息を吐いた。どういうわけだか人間めいた仕草ではある。
いつの間にか吹き飛ばされていたドローンたちも再びカミーラの周りを取り囲んでいた。
ユイリーはあいかわらず二つに割れたエクスセイバーを構え、空中で静止しているカミーラへと向けている。
それを確認すると、優人は一歩前へと踏み出し、女吸血鬼型ガールズギアを見た。
二人のやり取りを見ていたカミーラは呆然とした顔で下にいる少年に質問する。
「……お、お主ら仲いいな?」
「アメリカにいるときはいろいろとご奉仕をしてもらっているんでね」
「ご奉仕、じゃと?」
「そう、朝から夜までね」
カミーラはその答えで一瞬ユイリーを見て、それからふたたび優人の方を見ると、何かに納得した様子の表情をした。そして、にやにやと笑い出す。
「……ほほう、そのガールズギア、性的機能付きじゃな? ならばそういう仲か。面白いやつじゃな。ガールズギアと恋愛関係にあるとは」
「おかしいかよ」
「いや、もしろ素晴らしいわい。人間と機械の垣根を超えた恋愛、素敵なものではないか」
「だろ?」
「まあそんなお主を今から捕まえるのが、我の仕事だがな。それとコレとは別じゃ」
優人は彼女の返答を聞いて、やっぱりこいつ、ガールズギアでしかないんだな。と内心でため息を吐いた。
それからカミーラに向かって問いを投げる。
「でだ。お返しに質問する。お前、どうしてこんなことをした?」
優人に質面を返され、カミーラは笑いをやめ顔をしかめると彼に向かって応えた。
「たわけが。雇用主に任務を指令され、それを遂行しているだけだ」
その答えに、優人はそうか、と言い、一回下を向いた。
そして、もう一度カミーラを見上げ、言葉を続ける。
「お前はその依頼主に運用されているんだな?」
「そのとおりじゃが?」
「可哀想だな……。悪いやつに使われているなんて」
「コレに良いも悪いもないが。ただの任務じゃ」
「だからだよ。お前みたいな可愛いガールズギアが、悪いことを悪いこととわからずに使われているのが、嫌なんだ」
そう言って優人は拳を強く握った。
その言葉にカミーラは目を丸くし、そして笑いだした。
「ハハハッ。オートマタとはそういうものだ。良いも悪いもない。ただ人間やHAIなどの指令を受け。それを忠実に実行する。それだけだ。……だから」
カミーラは笑いをやめると、機械的な冷たい表情へと変化した、それは闇に生きる女吸血鬼そのものであった。
「こうさせてもらう!」
彼女はそう叫ぶと、手にしていた機関銃を構え、連射した。
無数の弾丸が、カミーラから優人へと襲いかかる。
「危ない!」
ユイリーはそう叫ぶと、優人の前へと飛び、剣を振りかざした。
プラズマの刃が全面に広がった剣で、弾を受け止める。受けきれなかった分はシールドを展開。受け止める。
機関銃のマガジン内の弾丸をすべて撃ち尽くしたあと、カミーラは銃を捨て重力波攻撃に切り替えようとしたときだった。
ユイリーの横に出た優人が、飛んだ。
足の裏からプラズマ力場を展開し、そこからプラズマで推進することで、空を飛んでいるのだ。
──人間が、道具もなしに、飛んだだと!?
カミーラが驚愕する暇もなく、真一文字に唇を噛み締め、こちらをまっすぐ見つめる優人は拳を振りかざし、急速に接近すると、自分の意志を込めてこう叫んだ。
「俺にその力があるってんなら……! ガールズギア! お前を助けてやる!」
そして、渾身の一撃を加えた。
重力力場を展開できず、懐に入られて殴られたカミーラは空中で吹き飛ばされ、制御を失った。
そして、数メートル吹き飛ばされ、ようやくのことで制御を取り戻す。
と同時に優人は落下し、落ちる寸前に手足からプラズマ力場を展開し、三点着地で降り立った。
立ち上がると同時に、優人はカミーラを見た。
カミーラの驚愕はまだ収まっていなかった。AIであるはずの彼女が、大いに動揺していた。
数秒にらみ合いをしたあと、通信で、
『作戦は失敗だ! 一度撤退し、次作戦を実行する! 各機、回収ポイントへ集合せよ!』
そう告げると、突然、躯体から煙を吐き出した。黒と灰色が入り混じった煙はあたりを包み、何も見えなくなる。煙幕だ。
ユイリーはセンサーを切り替え、赤外線などで探すが、見つけたときにはもう遅く、。カミーラは遠くへと飛び去っていた。同時に、上空で滞空していたヘリコプターたちも去っていく。
「逃げてったな……」
優人は遠ざかるヘリとガールズギアを見ると、そうつぶやいた。安堵の声色がある。
しかし。
隣に立ったユイリーが、いきなり優人の頭を叩いた。
「いでっ!」
「莫迦ですかご主人さま。あんなことしたら任務を達成するまで何度でも襲いかかってきますよ。あとどこぞのラノベのような決め台詞叫んでパンチとか莫迦ですか。莫迦ですか」
ユイリーは無表情な顔を崩さずに叱った。
大事なことだから二度言った模様である。
「だからって叩くことないじゃないか……」
優人が頭を擦りながら抗議する。義体化したとはいえ、結構痛そうだ。
「まあ、また何度も襲いかかられてご主人さまは後悔するがいいですね。いい薬になるでしょう」
「そんなぁ〜」
少し情けない声を出し、頭を擦ったあとで、優人は気になったことを口にする。
「そういえばそもそもあいつらの任務ってなんだったんだ?」
「第一にご主人さまとわたくしを捕獲して拉致すること。それが達成できなければ破壊して回収すること。その二点でしょう」
ユイリーは即答した。
「わかりやすいなあ。つまり、俺と……ユイリー? あれ?」
「なんですか?」
優人がユイリーの顔というか全身を見ておかしな顔をしたので、ユイリーはわけが分からず、量子演算機内が全力で検索モードに移る。
それを知ってか知らずか、優人は自分の中にあった問いを投げた。
「お前、戦えたんだ。まあ俺もだけどなっ!」
その瞬間、僅かな時間だが、量子演算器の機能が止まる。そして意識OS内で、そんなことで、と思考ルーチンが思考し、次の瞬間、動作プログラムがコントのずっこける動作を実行する。
この間、わずかな間である。
「そんなことですか……」
オートバランサーで姿勢を取り戻しながら、ユイリーは動作プログラムで表情と声色を作って、ジト目の表情で優人を見ながら返事をした。
続けてこほん、と咳払いをすると、
「いいですか、わたくしユイリーはハイブリットヒューマンに進化したご主人さまのサポートガールズギアとして、同時に改造されました。戦闘から夜のご奉仕まで、ありとあらゆる世界を揺るがす大事から些細な小事までご主人さまをサポートし、ご奉仕するのが、わたくしの役目です」
「まあ、それはわかった。でも」優人は言いながら自分の両腕を眺めた。「俺もいきなり戦えたんだけど」
ユイリーは手慣れた口調で説明をし始めた。とはいえ、優人の両親が作成したマニュアルのQ&Aを読んでいるようなものではあるが。
「ご主人さまの肉体は基本的に戦闘用オートマタの動作プログラムを実行できるよう、ハード・ソフト両面での互換性があります。さらにご主人さまには全身各所に超小型化されたデバイスがいくつも内蔵されており、それらは戦闘用にも転用できます。例えば、先程お使いになられた手足のプラズマ力場発生器もそうです」
同時に優人の視界内にウィンドウが開き、そこに優人の3Dモデルが表示され、そこにさらに小ウィンドウが表示され、それぞれに画像と説明が表示されていく。どうやら優人の耐兄にあるデバイスの説明らしいが、優人にはよくわからなかった。
まあいいやと優人が視線入力でウィンドウを閉じたときだった。
「やっぽー、生きてるー? ……、それにしてもここぐちゃぐちゃねー」
猫山美也子が状況に似合わない声色でリビングから呼びかけてきた。
避難のときに護衛していたメイドオートマタたちも一緒だ。
彼女らは家の破損を確認すると、まずはその破片を片付け始めた。
「お前なあ……。こっちは大変だったんだぞ」
美也子の空気読めない態度に優人は憤慨気味に言いながらも、
「まあ、お前に怪我はなくてよかった」
と安堵のため息をついた。
「まー、あたしの避難の仕方が良かったからねっ」
「俺の指示が良かったからだろ……」
優人は頭を抱えたが、それを無視して美也子がユイリーをじっと見て、それから子供を注意するかのように言った。
「ユイリーちゃん、機械の腕が出ちゃってるわよー」
「気にしておりません。機械は機械なのですから」
「あっそ」
ユイリーのそっけない回答に、美也子は残念そうな顔をしたがすぐにいつもの顔に戻ると、
「でもこうしてみると、ユイリーちゃんがオートマタなのを思い出させるわねー。特に彼女は見た目人間そっくりだし」
「まあユイリーの型は人間そっくりなのを第一のセールスポイントにしてるからな。それと手足を脱着可能にするなどして、多種多様な状況に対応可能としているのもセールスポイントにしてるが」
優人もユイリーの機械の手足を見てはそう言い、それから、
「この二つのコンセプト、どうにも合わない気がするんだけどなあ……」
と今日何度めかというため息を吐いたときだった。
「マスター―。ご無事ですかー?」
玄関の方から、ユイリーが操っていたドローンとは異なる型のドローンが一機飛んできて優人のすぐそばに空中停止すると、ドローンからホログラムが投影された。
そこに映し出されたのは、赤い肩程度までの髪に赤い目の一人の美少女だった。しかしその姿は、ユイリーとは異なっていた。
非人間的でありながら、ギリギリ実在感を感じさせるユイリーに対し、彼女は完璧にアニメ調の姿で、あまりにも非現実的だ。
そんなリアリティ皆無の美少女に対し、優人はクラスメイトの親しい女友達に呼びかけるような話し方で、
「ああ、無事だぞ、アヤネ」
と返した。
もちろん彼女は生体チェック機能などで自分の無事はわかっているだろうが、挨拶は大事なのである。
彼女は優人が所有するガールズギアの人格OSのアバターの一人、アヤネだ。
優人が自分でプログラミングして作ったガールズギアの人格OSの最初期の一人であり、優人のギアスペース内でも最古参の一人であった。
「で首尾はどうだったんだ?」
優人が成果を尋ねると、ホログラムのアヤネは嬉しそうな表情になり、
「バッチリです! ギアスペースのみんなで協力して、MRハッキングをかけた結果、敵オートマタは混乱して撤退していきました!」
MRハッキングとはミクスチャーリアリティ《混合現実》ハッキングのことで、仮想現実の延長線上である混合現実を利用したハッキングである。ハッキングする側はホログラムや仮想現実の中のキャラクターの姿で姿を見せたり攻撃するモーションをするなどを行い、そのホログラムを使った視覚や聴覚インターフェースなどを通して(映像などにウィルスプログラムなどを紛れ込ませることも含む)相手の機械(コンピュータ)に侵入し、その制御を奪ったりデータを盗んだり機能を停止させたりするハッキングである。
「というかお前らが勝手に迎撃やりたいゆーから……」
「ま、これであいつらもしばらく襲撃してこないでしょうね!」
アヤネは自信満面のドヤ顔で両腰に両手を当てて、えっへん、という顔をした。
「おいアヤネ、多分あいつら民間軍事警備会社だと思うが、あいつらを莫迦にすんなよ。多分、依頼を完了するまでしつこく俺たちを付け狙ってくるぞ」
優人はガールズギアのアバターをたしなめた。彼の両親が属するシノシェア社も民間軍事警備会社を所有していて、その任務の苛烈さを知っていたからだ。
「大丈夫ですよ。マスター。わたし達にまかせておいて!」
AIなのに根拠のない自信だなあ、と優人が内心ぼやいたときだった。
「はじめまして。アヤネ様、ですね。わたくしアメリカでご主人さまのお世話をしております、ユイリーと申します」
二人の会話を黙って聞いていたユイリーがホログラムの方を向いてお辞儀した。
ドローンのカメラがユイリーの方を向き、レンズの絞りが変化する。
ややあって、ホログラムから声が飛んだ。
今までとは思いもよらない声だった。
「あなたがアメリカの方でマスターのご両親のもとでお世話しているガールズギアね。マスターを家までお運びなされて、本当にご苦労様でした」
アヤネの口調が突然変わったのに美也子はぎょっとした。
ホログラムの方を見ると、顔は笑顔だが目は笑っていないようにも見える。
何よコレ。まるでビジネスのやり取りみたいじゃない。今までの優人との会話とはまるっきり違うじゃない。
そう思いを抱く間もなく、ガールズギア同士のやり取りは続く。
「貴女達のMRハッキング戦、ドローンの中継で見ておりました。かなりの手前のようですね。そこで折り入って依頼なのですが、わたくしたちと共にご主人さまの──」
「お断りするわ」
アヤネは最後まで話を聞くまでもなく、即答で応えた。そして言葉を続ける。
「ユイリーさん。貴女以下、米を含む須賀邸に配備されているオートマタ及びガールズギアは須賀家、さらに正確に言えばマスターの両親の支配下にあります。対して
そして間を一息空けて、突然笑いと嘲りを混ぜ合わせたような顔をして、
「ざーんねーんでしたーぁー!!」
そして元の表情に戻ると、
「ご了承ください。テヘペロ」
とぶりっ子めいた声で謝った。
その返事に、ユイリーは思わず鋼鉄の拳を強く握る。そして、無表情のまま、
「貴女は──」
と言いかけたときだった。
「その言い方は失礼だぞアヤネ」
優人が強い口調でアヤネを叱り、ユイリーの言葉を遮った。
「ユイリーだって俺を守ってくれたんだ。それを無視して、協力を断るってないんじゃないか」
「しかし、このガールズギアはご両親の支配下にあります。マスターが自分の好きなように行動したいのであれば、ユイリーの言うことは聞くべきではありません」
「……それはそうだが……」
アヤネの言葉に対して、ややあってからの優人の一言。それからまだ黙り込む。同時に、彼はユイリーの方を見た。
その後で、意を決したように口を開いた。
「データの共有とかネットの相互乗り入れとかはしなくていい。ただ、お前たちとユイリーたちは俺を守るということに関しては目的が同じだ。だから、そのことに関しては協力してやってくれ」
ドローンのカメラが動き、それに合わせてホログラムのアバターの方もわずかに考える様子を見せる。
そして、
「はあい、わかりましたマスター。でも、私達は完全に心を許したわけじゃないですからね」
すこしむくれた表情をして、アヤネが返答すると、
「……ちょっとあたりを見てきます」
更にそう言ってホログラムは消え、ドローンはその場から飛び立っていった。
優人はドローンを見送ったあとで、
(「心のあるロボット」ってのも考えものだな)
とぼやくと、ユイリー達の方を見やった。その仕草を見るなり、ミャーコが少し困惑気味で優人に訊ねた。
「ねえ、あんたんとこのオートマタって、ちょっと薄情や過ぎない?」
優人は、
「まあ、あいつらも俺のことを第一に考えているんだよ。あいつらも、俺がオヤジたちのことを嫌いだっていうの知ってるしな」
「それにしても……」
「良いんです。美也子様」
「ユイリーさん……」
二人の会話にユイリーが割って入り、淡々と語りだした。感情が薄いか、全く無いような語りに、美也子は少し背筋が寒くなった。
「しょせんわたくしはオートマタです。オーナーの命令には絶対なのです。あのアヤネという人格OSも、ご主人さまの護身を第一に考えているのですから、それは理解できます。物理的行動による協力はしてもらえるようですから、当分はそれで構いません」
「……貴女はそれでいいの?」
「構いません。目的が達成できるのであれば」
そう言い切ると、ユイリーは黙った。
「彼女もこう言ってるし、しばらくは、それでやるしかねえんじゃねえか」
優人はそう言うともう何度目だろうかというため息を吐いた。
その時だった。
突然、優人の視界内にウィンドウが開いた。
それはSMSサービスのウィンドウだった。そのリストには優人や美也子のクラスメイトの名前とアイコンがずらーっと並んでいる。
そこには、
『優人、大丈夫か?』
『なんかオートマタに襲われたって本当?』
『美也子ちゃん大丈夫?』
『おめーのオートマタすげえな!』
などなどというクラスメイトたちからのメッセージが並んでいた。
メッセージに目を通した優人だが、そこで
(なんで事件のこと知ってるんだ? そもそも、俺がなんで帰国していたことしってるんだ?)
と訝しがったところで、ある可能性に気がついた。
そして、美也子を睨んだ。
「お・ま・え、スマホで実況中継してたな!?」
「てへっ、ごめんなさい☆」
「星つけるような言い方ぁ!!」
美也子は少し悪びれた様子で謝ったが、それで収まる優人ではなく、更に叱りつけようとした。が。
「ご主人さま、それ以上はよしておきましょう。わたくしがネットを監視し、この剣について流出などありましたら逐次削除しておきますので」
そうか、と応えた優人であったが、ものすごく恐ろしいことに気がつく。
「お前、ネットに介入って……」
「はい、ハイブリッドヒューマンサポート用に改造されたときに、電子戦用デバイスも導入されています。ネットへの介入は造作もありません」
「あんまり怖いことするなよ……」
優人が応えたところで、それとは別のあることに気がついた。
「警察とかはどうしたんだろうか。来る気配ないけど」
そう、アレだけの騒ぎになりながら、警察や救急などが来ないのはなぜだろうか。
そのことを不思議に思っていると、その言葉を聞いてしばらく黙っていたユイリーが口を開いた。
「ニュース速報によると、一番近い警察署がすでに襲撃されていました。死傷者多数の模様。先に狙ったことにより、ここが襲撃されてもすぐに警察が駆けつけるということを避けた模様ですね。彼女らは」
「え!? そ、そうか……。しばらく警察はそっちの方に注力するだろうから、俺達の方はすぐには手助けしてくれないかもな」
「はい」
「家にいちゃまた襲われるな、こりゃ。今度はもっと戦力を増やしてくるかもしれないし、しばらくこの家を離れたほうが良さそうだな」
優人はリビングのガラス壁が粉々に砕けた家を見て吐き捨てるように言った。優人はこの家が好きではないようにも見えた。
優人は玄関の方に周りながら、
「ここを出る準備をしよう。メイドオートマタやドローンを何人か残しておいていろいろ応対させておけ」
そうユイリーに指示した。彼女は、
「了解しました。ご主人さま」
一礼をすると、リビングの方へと戻って行った。
優人が玄関先に出ると、美也子が靴を履いて玄関から出てきた。もっとも、玄関のドアも、侵入してきたアリステラ社の軍用オートマタにより粉々に砕け散っていたが。
優人と美也子は玄関先に立つと、そこから家の門の方を見た。
そこには騒ぎを聞きつけた近所の人達が押しかけており、須賀家のメイドオートマタが、応対していた。
しかし、彼らは人間ではなくすべてオートマタであった。人の形をした機械に向かって、優人の家の自動人形が、何度もお辞儀をして謝罪する。
その光景を見て、美也子が独り言をいうように言った。
「おかしいわよねー。人間じゃなく機械同士が日常会話や井戸端会議をするなんて」
「……これが俺たちの「世界」なんだ。良くも悪くも、な」
「ご近所付き合いまで、全自動化、か……」
二人はそこでその光景を見ながら押し黙った。
甲高い蝉の鳴き声があたりに響いていた。夏の日差しがじりじりと二人を焼いていた。
しかし、少年の肌は汗一つかいていなかった。
隣にいる少女は彼のその姿を見たあと、何かが遠ざかっているのを見たような顔をした。そして体を翻し、先程いた家の中へと戻っていくのであった。
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