第2話 1−2
オートマタ最大手のオーソリティエンジニアの家らしい白で統一された高級感を感じさせる開放的な階段と廊下を通ると、これまた広々としたリビングがそこにあった。
優人は両親が家に買ってきている間以外はこの家で一人暮らしをしていた。
いや、正確には一人ではなかった。
「優人様、猫山様、飲み物とお菓子でございます」
綺麗な合成音声でロングドレスの侍女装束姿のガールズギアが自走式配膳ワゴンから飲み物が入ったガラスのコップとお菓子が山ほど載った皿を優人たちが座っている白いソファの前にある大きなガラス製のテーブルの上に置くと、丁寧にお辞儀をして去っていった。
自動人形を扱う会社に勤める人間の家らしく、家には何台ものガールズギアやドローン、ロボットなどがいて、優人の生活を支えているのであった。
白いフカフカとしたソファに身を沈めた美也子はお菓子を一つ手に取ると口に放り込んだ。
そして、メイド姿のガールズギアの後ろ姿を見やると、
「あんなものがなかった時代って、みんなどう暮らしていたのかねえー」
と、一人問いかけるようにつぶやいた。
美也子と反対側の長ソファにユイリーと一緒に座りながら優人は、
「そりゃ全部人間がやっていたんだよ。掃除とか洗濯とか大変だったみたいだぜ。今やオートマタと
と返し、隣にいる美少女姿の自動人形の顔をちらりと見た。
オートマタ。別名アンドロイドあるいは自動人形。それは人間が技術の進歩とともに生み出した新たな「道具」だった。
ヒトの道具を扱うために、また人間の心理的影響を緩和するために人の姿をしたオートマタは、実用化されるやいなや様々なメーカーから様々なタイプの製品が生み出された。
そのオートマタの中でも、少女の姿をしたものを「ガールズギア」と称して売り出したのは日本のとあるオートマタメーカーであったが、今やその名称が世界中で広まっていた。
オートマタ、特にガールズギアはその汎用性のために様々な用途に使われていたが、
「部屋に入ったときに見たこともないガールズギアが優人を抱きしめていたから、つい出張風俗用だと思っちゃったわよ……」
とユイリーの姿を舐め回すように見たあとで、美也子がため息をついて弁解したように、風俗用途に使われることが多かった。
「言い訳はいたしません」ユイリーが自動人形らしく表情をひとつ変えずに言った。「そのようなご奉仕をご主人さまに施すのも、わたくしめの行動内容にも含まれておりますので」
「そうなんだ。……ってえぇ!?」
はじめユイリーの言葉を自然に受け入れた美也子だったが、飲み物を口にする前にその重大な違和感に気がついて盛大に大声を出した。
「やっぱり風俗嬢じゃない!」
「しーっ! ユイリーの行動データベースにそういうサービスが含まれているだけで、俺はそんなことやってもらっていないって!!」
「ええ〜? 本当でございますかぁ〜?」
「本当だって!」
美也子の追求を必死になって躱した優人だったが、内心では、本当のこと、言っちゃあいけないよな、美也子には、と堅く念じるのであった。
しかし、本当はそれどころではなかった。
自分が事故に遭い、両親の手により義体化されたこと。しかもそれがただの義体化ではないらしい、という事実を、どう受け止めれば良いのかわからない部分があったからだ。
「……」
ため息をつき、下を向いていると、
「……気になってるの? 義体化したこと?」
美也子がそう訊ねてきた。
優しい言葉が、どことなく癪に障る。
「気になってなんかねーよ。けどさあ」
ごまかすように彼女に向かってぶっきらぼうに言葉を返す。
「けど?」
美也子の返答にはじかれるように優人は顔を上げると、
「あのクソオヤジとクソオフクロに勝手に体を改造されたんだ。それがいらつくんだが」
「だが?」
美也子がわからないという顔で優人の顔を覗き込む。
すると優人は、ちょっと得意げと言うか、少しいやらしいことを考えているような顔をして、
「俺、オートマタと同じ体になったんだよなあ。知ってる? 風俗用ボーイズギアのちんこって、人間の男よりもずっと強くて、普通の女なら何度でもイカされるんだって。ミャーコもしてみる?」
その瞬間、美也子の顔がトマトよりも赤くなった。
「何言ってんのよこの変態! スケベ! ヤリチンマン!!」
そう言ってこのド変態、という顔で優人を睨みつけた。
優人はやっぱりミャーコって潔癖症だよなあ、というような顔で笑い、言葉を続けた。
「冗談だよジョーダン。でもさあ」
「でも何よ?」
「この脳と体なら、もしネットに接続できれば、自分の肉体によって規定された自己限界を超えられるだろうし……。それに、犯罪とかに使われているガールズギアを助けるのも、だいぶ楽になるんじゃないかなあ」
嬉しそうに語る優人の言葉を聞いた途端、美也子は先程とは別の種類の嫌そうな顔をした。
「また優人の悪い癖が始まった……。いい加減、それに首突っ込むのやめなさいよ。今までなんど危ない目にあったことか……」
そう言って美也子は大きくため息を吐いた。
優人は彼女を見て、心配ないよというように笑い、
「今までだって、警察やシノシェア社と連絡を取りながらやってきたし、できるだけ危なくないようにやってきたつもりだよ」
「つもりですって?」
優人の弁明に美也子はぎょろりと目を見開いて優人を睨みつけた。
ちょっと怖いなお前、そういう感想を優人は抱いたがそれをおくびにも出さず、
「大丈夫だって」
一言そう言うと立ち上がり、ソファから少し歩いた。
少し離れたところで、体や手足を動かしてみる。
痛みはまだ取れない。それに、手足が伸びたことによる違和感もある。しかし、手足の力強さは前よりもずっと強くなっていて、これが義体の力化、と驚かされる。
体を慣らすためにしばらく体を動かしていると、ユイリーと美也子が会話を始めた。
「あの、猫山さん」
「なに、ユイリーさん」
「ご主人さまは、一体何をしておられるのでしょうか? ガールズギアの保護とか……」
「あー、あれね」
美也子は苦笑すると、目の前にいるガールズギアの美少女に、まるで友達のように説明し始めた。
「あいつ、自分でオートマタの人格OSとかのプログラミングとかできるせいもあってか、オートマタ、特にガールズギアに入れ込んじゃうのよ。で、街でブラック労働されてるガールズギア、特に風俗用のガールズギアを見ると、つい助けちゃうのよねえ……」
「そんなことを、いたすのですか」
無表情ながら、興味深そうな態度でユイリーは美也子の話を聞く。
「そっ。まあ、あいつが助けるのはガールズギアの人格OSなんだけどね。その助けたガールズギアの意識OSを自分で引き取って、自分が所有するギアスペースに住まわせているのよ。『オートマタはハードよりもソフトが重要なんだ、何故かと言うとハードはメンテしないとすぐに壊れるのに対し、ソフト、特にその記憶は簡単に次のボディ《ハード》へと引き継げるからさ』、なーんて言ってね」
「わたくしも実はボディはいくつか引き継いでおります、ご主人さまが生まれた頃からお世話しておりますので。その各歴代のボディも、その時々最新の内蔵パーツを交換し組み込んでおります」
「へー。なんかおばさん臭いと思ったら、そういうわけだったのね」
「“お・ば・さん”……?」
「ちょ、ちょっと怖い顔しないでよ、ねっ……」
ガールズギアを始めとするオートマタなどは、メーカーによってハードとソフトの関係などが異なるが、シノシェア社の場合、意識OSと呼ばれる疑似人格プログラムと、人の行動や行為などを模した行動プログラムなどから成り立っている。
また、オートマタの行動方式には、自分ですべて判断する自律式(ユイリーが名乗った方式だ)。外部のHAI(高性能人工知能)などのコンピュータによって制御される他律式。端末(オートマタ)とサーバが分担して判断したり、周りのオートマタなどと通信しあって判断する半自律式(前者をクラウド式、後者を協調式と呼ぶ場合もある)などがある。
シノシェア社のオートマタは、自律・他律・半自律状態を必要に応じて自由に可変できるハイブリット型を採用していることが特徴の一つとして挙げられる。これはプログラミングやシステムとしては複雑になるが、本体とオートマタが通信障害などで通信できない場合でも、モードを切り替えれば行動可能であることから、クリティカルな要素が求められる目的、特に軍事用に採用されることが多い。
またシノシェア社のオートマタは、ハード8オートマタ本体)とソフト(人格OSなど)の分離がなされているという特徴がある。
これを利用し、オートマタの人格OSを格納しておくサイバースペースを用意し、一体のオートマタに複数の人格OSをサイバースペースを通して入れ替えさせ、様々な用途に対応させることが可能である。その仮想空間が、「ギアスペース」と呼ばれるのだ。
それはともかく。
ユイリーは先の話に触れ、こう述べた
「それにしてもご主人さまがそんなことをなさっているとは……。偉いですね」
「まっ、優人がガールズギア好きなのはもう一つ理由があるんだけど」
「なんでございますか?」
「知ってるくせに」美也子はため息を吐いた。「あいつ、人間が嫌いなのよ。両親がいるときはああしろこうしろと言われ、学校に行けば有名人の息子だ、お金持ちだとなんやかんや言われる。それにこの世の中でしょう? 優人はそういう人間に愛想が尽きて、ガールズギアを愛するようになったの。親と世間のせいで、人形好きのヘンタイの一丁上がり。そういうわけよ」
「それは偏見だなあ」
体を動かしていた優人がそう言いながら自分の席へと戻ってきた。
「だって事実でしょ。あんたクラスのみんなに影でなんて言われてるか知ってる?」
優人はソファに座りながら訊ねた。ソファが空気が抜けるような音を立てて盛大にたわむ。
美也子は意地の悪い顔をして、
「『人形とエッチするヘンタイ』だって、略して『人形ヘンタイ』」
そう言ってぷぷぷ、と笑った。
しかし優人は微塵も表情を変えず、
「知ってたよ」
とぶずっとした声で答えた。
美也子はその返答に驚いた顔をした。
「あら知ってた?」
「クソ友共に言われたよ。街でオートマタ見たときに。お前ら人形ですらモテたことない童貞なくせに、と言い返してやったが」
「友達なくすわよ……」
「俺に友達なんていなくていい」
そう言って優人は隣にいる美少女型自動人形を見た。
「俺にはお前たちさえいればいい」
人形を恋愛対象とする少年は、その恋愛相手の肩に自分の頭を預けた。その顔は、とても愛おしいと言うか……。にやけた顔だった。
「そんなんだからヘンタイなのよっ!!」
見てられないというように美也子はテーブルの上にあった皿に乗っていた飴を包装紙ごとつまむと、優人に投げつけた。
「いでで」
優人の頭に飴がぶつかるが、ちっとも痛くなかった。そのうえで、おどけてみせる。
しかし、すぐさま、こんなことしている場合じゃなかった。話があるんだった。と思い直すと、優人は顔をユイリーの方から離し、その上げた顔をユイリーに向けると、こう訊ねた。
「で、話ってなんだよ。そもそもさ、ハイブリッド・ヒューマンって、一体なんなんだよ?」
「はい、わたくしが説明すべきことでしたね」
ユイリーはそう言うと、体を優人から離し、テーブルの上のなにもない空間を見た。
すると、そのなにもない空間に変化が現れた。
それはホログラフィック画像だった。テーブルがホログラフィック画像・動画表示器になっており、ユイリーがテーブルに接続して画像を表示したのだ。
その画像には、一台の(というか実際には何台ものコンピュータがあるが)スーパーコンピュータが表示されていた。
「これはシノシェア社が所有している
「もしかしてそれが……」
美也子が何かを察したように口を挟んだ。
「はい、それがハイブリッドヒューマンの基幹技術です。人間とAIを融合させ、次世代の人間を生み出す。それがハイブリッドヒューマンの目的です。ご主人さまが重体になられた際、遵一様はこの技術でご主人さまを生きながらえさせることを決断し、同時にわたくしたちはそのサポートのために改造されました」
(……?)
優人は彼女の言葉に引っかかるものを感じたが、それを言葉に出す前にユイリーが言葉を続けた。
「本来、このハイブリッドヒューマンの技術は人類ではまだ実現できない未知の技術、オーバーテクノロジーであり、それを実用化することは世界中のHAIの承認を得なければなりません。しかし遵一様と<パンテオン>は無断でこの技術をご主人さまに施すことにしたのです。承認するにはあまりにも時間がありませんでした」
「つまり……」
「はい、ご主人さま。ハイブリッドヒューマンの技術は、まだ極秘技術扱いなのです。そのため……」
そこでユイリーはソファから立ち上がった。
そして南面に大きく拡がるガラス窓の方へ向かう。
窓の外は、青々と芝や木々がしげっており、池もある広々とした庭が見える。
と、同時に、ふいに、その庭の上空から大きな異音が聞こえてきた。
続けざまに、木々が揺れ、家全体がしびれるように震えだす。
その異変に、美也子はあちこちを見ながら怯えだした。
「なっ、何よコレ!? なんなの!?」
その問いにユイリーは顔色ヒト使えずに応えた。
「お客様のご到来です。招かれざる客でございます」
そして次の瞬間。
眼の前に黒い装甲具をつけた少女が三点着地で降り立った。そしてすぐさま立ち上がると、手にしていた何かをこちらに向け。
撃った。
杭打機かとも思える轟音がし、リビングのガラスが砕け散る。
機関銃から放たれた弾丸はユイリーを貫くかと思われた。
だが。
ユイリーの前に青く光る壁状のものが輝き、弾丸を受け止める。
弾丸はぐにゃりと押しつぶされると弾け飛んだ。
それを見て黒いガールズギアは歯噛みしながら後退する。
「ナノシールドかっ!」
「きゃああっ!!」
美也子の悲鳴と同時に優人は反射的に立ち上がり、テーブルを飛び越えて美也子の近くに着地するとそのまま美也子を伏せさせる。自分ではなんの経験もなかったのに恐怖も緊張もなくできたことに優人は一瞬驚いたが、今はその驚きを無視してユイリーに呼びかける。
「ユイリーっ!!」
「侵入者対応プログラムを発動させます。ご主人さまは美也子様とともに避難を」
そういうなり、シールドを展開したままダッシュし、侵入者を外へと押し出す。
「けど!」
と同時に、リビングにいくつかの影が飛び込んできた。家で所有しているガールズギアたちだ。その中の一体は、彼女の背丈ほどもある青い何かを両手で持っていた。
何も持っていないメイド姿のガールズギア数体が優人たちの元へ行き、優人たちを囲こもうとする。優人たちをガードして安全な場所に運ぼうというのだ。
しかしその時。
玄関に続く入口の方から異形の人型が何人も飛び込んできた。見かけは黒いプロテクターを付けたアメフト選手のようにも見えるが、手には銃のようなものを手にしている。
新たな侵入者を見た途端、優人の視界にウィンドウが開き、その侵入者の形式などを表示する。それはシノシェア社と同じくオートマタの大手メーカー、アリステラ社のPMC向けオートマタで、手にしているのは人間無力化用のテイザーガンだ。
彼らを見た瞬間、優人の頭の中がカッとなった。
──こいつら、俺んちをめちゃくちゃにしやがって!!
その瞬間。
彼は自然に立ち上がり、右手を侵入者たちに向けて突き出していた。すると。
その手のひらになにかの光が集まり、それが打ち出された。
高速で飛翔した光の弾丸は侵入者のオートマタの一機へと突き進み、直撃した。
鈍い音がして、オートマタがのけぞる。
「!?」
優人は自分のしたことに驚いた。
──なんなんだこれは!?
しかし、同時に、
──これで、戦える!
と確信した。
そして、左手も前に突き出す。
すると、次の瞬間、左右の手から何発もの光弾が打ち出され、侵入者たちに次々と命中する。
テイザーガンを打ち出そうとした侵入者のオートマタたちだったが、破壊力を持った光弾により足を止められ、何機かは一部を破壊された。
優人の唇の端が大きく歪んだ。
突然の反撃に面食らったオートマタたちは後退し、リビングの外へと逃げ出した。
──逃がすかよ!
優人もそのまま部屋の外へ出て、廊下へと向かう。
廊下に出たところで、
──よくも家をめちゃくちゃにしてくれたな!
怒りに身を任せ、玄関に向かって後退しつつある侵入者たちに光弾を浴びせ、これ以上前進させないようにする。
「優人!」
背後から美也子の悲鳴が飛んだ。
「お前は二階に上がっていろ!」
少し振り向きながら優人が叫ぶと、背後で気配がし、それが遠ざかっていくのを感じた。
──よし、いいな。
優人は内心頷くと再び前を向き、光弾を敵に向かって浴びせ続けた。
そして、もう一方で進行している事態について思う。
──ユイリーは……。
その時、耳元に音声通信が入った。
『優人様〜。こちら、「ギアスペース』のアヤネだよー。緊急事態につき、優人様をみんなでサポートしちゃいます〜』
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