第6話 その女、脳筋につき


『さてそれでは食事をとりながらで結構ですので、今の内にあなたがたに状況を説明しておきます』


 指のリングの音声と共にテレビ画面に変化を訪れる。


 映し出されたの地図だ。


 中央の国を囲むように東西南北に一つずつ国がある。


「この五つの国の外側には何があるんだ ? 」


 夕夏ゆかが、ただ五つの国の国境線と国旗の他は何も描かれていない、今やオンラインで周辺のおすすめスポットまで教えてくれるどころか、行動履歴からパートナーの浮気を知ることすら可能な便利すぎる地球の地図と比べてあまりに不親切な画面の地図について質問した。


『魔物が蔓延はびこる未開の地ですよ。その未開の地の先には海がありますが、東のドラグゥーン・アスゥーリ国と北のトルトーラ・ネグラ国以外は海まで開拓が進んですらいないので、港を持っていませんね。とは言っても海岸線の一部までしか到達していませんし、海のモンスターのせいで海上交易もままなりませんがね』


「じゃあ三つの国は海なし県なんだね~。やっぱり海のある国にコンプレックスを炸裂させてるのかな~ ? 」


 うたが呑気な感想を述べた。


「……そんな日本みたいなことがあるわけないだろ」


 夕夏が呆れたように返す。


『いえ、ありますよ』


「あるのかよ ! 」


『ええ、まあそれは置いておいて、今回あなた達が加護を授ける人物は……ドラグゥーン・アスゥーリ国のマルガリータ姫です』


 画面には黄金色の髪を肩で切り揃え、青い瞳の凛々しい少女。


 鎧を纏い、いかにも「姫騎士」といった佇まいだ。


「すごい美人だね~。強いのかな~ ? 」


「いや、女の子だし、軍略に優れている軍師なんじゃないか ? 」


『では彼女のステータスを見てみましょう』


 統率 125

 武勇 111

 知略 3

 内政 5

 外交 2


 得意戦法「全軍突撃」


「ひぃ~ ! とんでもない悩筋だ~ ! 罠を避けずに食い破るタイプだ~ ! 」


「……味方にいると頼もしいけど、絶対に配属されたくないな。この姫様の部隊には……」


 夕夏と詩は外見からは想像もつかないマルガリータ姫のステータスに驚愕する。


『ゲームで言えば彼女があなた達の操作キャラです。彼女に軍神として託宣を下して、彼女を勝利に導いてください。どのような手段を用いても構いません。彼女が生存している状態で『魔王』を討伐すればクリアです』


 リングの音声に夕夏が怪訝な顔となる。


「『魔王』 ? 戦争相手は人間じゃないのか ? 」


『ええ、簡単にこの世界の状況を説明しましょう』


 リングが語る画面の向こうの世界の状況は以下の通り。


 この世界の五つの国が存在する大陸は数十年ごとに「魔王」の襲撃を受けている。


 魔王の軍勢は毎回、異なる方角から現れるが、その度に進軍ルートに位置する国が軍を挙げて対応し、他の国は援軍や兵站の補給を援助してきた。


 基本的に魔王軍との戦闘は防衛戦となる。


 時間を稼いでいる間に、攻め手である「勇者」が「魔王」を討伐すれば、魔王軍は統制を失い、撤退する。


「軍隊で『魔王』を倒すんじゃないんだ~ ? 」


『ええ、歴史的に色々あってそういう形式に落ち着いたみたいです。例えば国軍総出で魔王討伐に進軍した隙に他国に領土を切り取られてしまったりしてね』


「……人間全体の危機だってのに何やってんだ ? 」


 夕夏が呆れたように溜息を吐く。


『……そうは言いますが、地球で同じようなことが起こったら果たして全ての国が一致団結するでしょうかね ? 』


「それは……」


 思ってもみない返しに彼女は鼻白はなじろむ。


 日本の近くに存在するこのご時世に領土拡大に勤しむ大国を思い浮かべたからだ。


『さて、時間となりました。それでは戦闘準備を開始します』


 テレビ画面は黒い背景に白抜き文字で「シナリオ──『滅ぶ世界』難易度:超上級」と。


「……タイトルと難易度が不穏すぎるんだが……」


『今回は攻め手である『勇者』がすでに殺されてますからね。とりあえず後のことは考えずに初戦に勝つことだけに集中してください』


「今、なんかすごいことをさらっと言わなかった~ ? 」


「ああ……大丈夫なのか……これ…… ? 」


 不安げな二人に些かの配慮もなく、画面は堅牢な山城を映し出した。



────



「……いい天気だ」


 マルガリータは眩しそうに目を細めながら、雲一つない青空を、彼女の瞳と同じ色の空を見やる。


 彼女が身を預ける城壁の欄干の向こうの山道からは、やがて魔王軍が大挙してくる。


 数日前、山を越えた先にある平原でドラグゥーン・アスゥーリ国の二万の軍勢を破った軍だ。


 総大将である彼女の兄は軍を王都で再編するため、彼女にこの山城で籠城し魔王軍の足止めをすることを命じて、撤退した。


「……死ぬのには良い日ってわけですかい。勘弁してくれよ。あんたの巻き添えで死ぬなんて俺はごめんだ……。それに少しでも時間を稼ぐのが命令だろうが……」


 目の下が妙に腫れぼったい、痩せた男が嫌な笑みを浮かべながら言った。


「ベニャト……どうせもう終わりだ。勇者様は消息不明、それに先の戦闘で我が軍は壊滅状態。ここにいるのはたった千人、随分前に他国に出した援軍要請はどういうわけか返事がない……。ならば最後に華々しく散りたいのだ……」


 マルガリータは笑んだ。


 こんな状況なのに、彼女は無骨な鎧を纏った将であるのに、それは花がほころぶようであった。


「マルガリータ様 ! おっしゃる通りです ! この隘路あいろを通らねば王都へは進行できません ! この道の狭さです。魔族とも一対一で戦えます ! 一人が一対一でニ十回勝てば良いのです ! 」


 目が細く、表情の読めない優男が気勢をあげた。


「ロドリゴ ! 良く言った ! いつでも出陣できるように準備を整えろ ! 私は軍神様に最後の祈りを捧げてくる ! 」


 何かを言おうとしたベニャトを目で制して、マルガリータは城内に割り当てられた自室へと向かう。


 彼女が常に持ち歩いている小さな軍神像に見事な戦死を迎えられるよう祈るために。


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