第5話 地雷女


「なにこれ ? 」


 夕夏ゆかは怪訝な目で突然テレビ画面に映った文字を見る。


「『戦闘準備開始まであと 118 分』だって~ ! ひょっとして私達が戦わなきゃならないのかな~ ? 」


 うたは不思議そうな顔で左手の薬指に嵌められた、恐らくはこの現象の原因であろう指輪をじっと観察する。


「まさか……そんなことあるわけないだろ。私達はただの一般人なんだから、戦えるわけがないし……」


「でも~この『軍神の加護』ですごい能力を授かってるとか~」


「ないない ! そんなことあるわけがない ! 」


 夕夏は顔の前で手を振って、否定する。


 まるで自分に言い聞かせるように。


『ご安心ください。あなた達が直接戦うわけではありませんから』


「ほら ! ……って誰だ !? 」


 不意に聞こえた機械的な声に夕夏はリビングを見渡す。


『私は神具『軍神の加護』です。あなた達が先ほどめ合ったリングですよ』


「リングが喋った~ !? 」


「そ、そんなバカな…… ! 」


 二人の薬指のリングからユニゾンで音声が流れる。


『驚いてる暇はありませんよ。戦闘準備が始まると長丁場になりますから、今の内にシャワーや食事を済ませておくことを推奨します』


「ど、どうしよう~ ? 」


「とりあえず先にシャワー浴びてこい。私はピザでも注文しておくから」


「う、うん、わかった~」


 しばらくして、ピンクのパジャマ姿になった詩がリビングへと戻ってくる。


「……緊張感の欠片もないな」


「だって~これしか持ってきてないんだもん~」


 およそ戦闘とはかけ離れた寝間着の詩を呆れたように見る夕夏。


「夕夏ちゃんは浴びてこないの~ ? 」


「……私は後でいいよ。とりあえず食べよう」


 毎日、自ら身に纏っているはずのボディーソープの香りが彼女の鼻を新鮮にくすぐる。


 夕夏は軽く頭を振ると、まだ温かいピザに手を伸ばした。


『……食べながらでいいので、説明を聞いてください』


 再び、二人のリングが同時に音声を発する。


『これからあなた達は時空を超えて、軍神様に祈りを捧げた者に加護を授けてもらいます』


「私達が ? 」


『ええ、それが神具『軍神の加護』を身に着けた者の使命なのです。『軍神の加護』とは加護を受けるのではなく、授けることができるアイテムなのです』


「でも私達ただの女子高生だよ~援助してもらう側だよ~」


「危ない発言すんな ! 」


 「ルールを守って正しいパパ活を ! 」などと宣伝するマッチングアプリも存在する狂った世の中、詩の発言は警視庁サイバーパトロールがスマホ画面の向こうからディスプレイをブチ割って補導しに来るくらいの危険性があった。


『その点はご安心を。このレベルの文明ならばテレビゲームをしたことがあるでしょう ? その戦略シミュレーションゲームをやる要領で軍を指揮して勝利に導けば良いのです』


「……私はパズル系のゲームしかしたことない~。夕夏ちゃん、そんなゲームしたことある~ ? 」


「……私はゲーム自体しないから」


「え~ ? 本当~ ? じゃあたまにすごい顔でスマホ操作してるのはなに~ ? 」


「う、うるさい ! 」


 実は恋愛シミュレーションゲームアプリにはまっている夕夏は慌てて話題を逸らす。


「とにかくそんな軍を指揮するなんて無理だって ! 」


『……大丈夫です。私は・・最大限あなた達をサポートします。それに一度私を、『軍神の加護』を嵌めた者は、この試練をクリアしなければ生涯このリングを外すことができません。そして死後、その魂は『戦乙女』へと転生して永遠に軍神様にお仕えすることになります。それでも良いのですか ? 』


 それを聞いた夕夏は慌てて指輪を外そうとするが、まるで指と一体化したかのように外れない。


「ダメだ……。抜けない…… ! 」


「どうしよう~ ! こんな金属製の指輪をつけたままだと MRI 検査が受けられないよ~」


「……もっと心配することがあるだろ……。将来、恋人ができてもその人からのリングを嵌められないんだぞ」


『その点もご安心を。『軍神の加護』には純潔な乙女が血のつながりのない男性に触れられた瞬間、その男を爆発四散させる効果がありますから、恋人なんてできやしませんよ』


「な、なんだって !? 」


「そ、そんな~ !? 」


 その「軍神の加護」の効果の一つは、本当の意味での「地雷女」と化してしまう恐ろしい呪いのアイテムと言って良いものだ。


『軍神様に仕えるのは純潔な乙女でなければなりませんから、当然のことです。それが嫌なら死に物狂いでこの試練をクリアしてください』


「……私が『回復薬ポーション』を注文したせいだ……。夕夏ちゃん、本当にごめんね~」


 詩が瞳に涙を溜めて、夕夏を見上げた。


「……いいんだ。クリアすればいいだけだろ」


 そう言って夕夏は励ますように詩の肩を抱いた。


 この時、彼女の心に蠢く感情は怒りでも悲しみでもなかった。


 それを感じとったかのように、薬指のリングが一瞬だけ軽く締まった。



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