第7話 脆く、儚い

 依頼の花を製作する途中でふと、私は彼とのことを思い出していた。


 彼は、クラスの輪の中心にいる人で、何処か遠い存在だった。私と正反対の性格だったから、関わることなんてないんだろうな。って何処か羨ましげに、そんな光景を本を読みながら、私はぼんやりと眺めていたっけ。


 初めて話したのは、舞雨花期の時。君の名前が入っていて素敵だね。なんて、生まれて初めてそんな風にほめてもらって、嬉しいような、なんだか、むず痒いような不思議な気持ちになったのだ。そこから何かと話すようになり、気づけば一緒に遊んだりする程になっていた。


 彼の人柄はまるで、太陽そのもので周りにいる人達を温かく幸せな気持ちにさせてくれる。眩しいくらいの笑顔が印象的な素敵な人だった。でも、普段は優しい言葉遣いなのに私の前では毒舌だった。その時に起きたのがあのこと。


 舞雨花期が終わる頃、クラスの女の子が男の子から白いマーガレットの花束を貰ったらしい。花に疎い私でも知っているその花言葉「こころに秘めた愛」


 ずっと片想いだった彼が勇気をだして彼女に告白をしたら、実は両想いだったという話らしい。


 クラスメイトは二人をはやし立てて、黄色い声を上げている。――全く、くだらない話だわ。花なんかで想いを伝えないで、自分の言葉で伝えた方が嬉しいんじゃないのかしら。そんな風に考えていた。彼はそんな私の考えに苦笑しながらもこう言ったのだった。


「お前なんかに花を向けるやつなんていないだろ」


 冗談半分で言った言葉だと思う。だって、私が花が嫌いなことはクラスの皆が知っていたし、彼だってそれを分かって言ったんだと思う。けれど、何故かその言葉は私の胸に深く突き刺さって抜けなかった。――勿論、彼の耳が赤く染まっていることなんて知る由もなかった。


 教室を飛び出し学校を抜け出して、走って、走って。息が乱れて涙が溢れてきて、もうなんだかグチャグチャだった。空がユラユラと揺れていて、目の前の道も歪んでいた。あんな些細な言葉なんか、いつも聞いているじゃない。何で、こんなにも苦しいんだろう。そう思っていた。


 今なら、分かる。あの時の私はきっと彼に恋をしていたんだ。だから、朝の髪のセットだって前よりも綺麗に出来るように努力したし、身なりを整えて、少しでも可愛いって思って貰えるようにした。そんなこと、って思われるかもしれないけど当時の私にとっては最大限の努力をしていたんだと思う。


 けれど、あの一件以来彼と私の間には深い溝のようなものが出来てしまって、以前のように話したり出来なくなってしまった。


 それでも彼は、その年の三月に私に告白をしてくれた。素敵な花束をくれたのに、私はそれを「いらない」なんて言って、投げ捨てるようにして去ってしまったのだった。三年の月日が経った今もその事を思い出しては、後悔している自分がいることに、酷く不甲斐なさを感じるのだった。過去の記憶との邂逅の余韻に浸りながら、私は彼への花束の仕上げに突入したのだった。

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