第8話 もう逃げない

 翌日の夕方頃、彼は花束を受け取りに来た。私は、彼にピンクのチューリップの花束を渡して一つだけアドバイスをした。


「きっと彼女も君と同じ天邪鬼なんだと思う。だからさ、君の想いを真っ直ぐにぶつけて、彼女の言葉に耳を傾けてあげてね。彼女が逃げ出しそうになっても引き止めるくらいの覚悟で頑張るんだよ!」


「ありがとう、姉ちゃん。俺頑張るわ!」


 彼は私にピースサインをして、走り去って言った。上手くいくといいな、彼の告白。


 ――あれ、そう言えば彼の告白の相手は多分私だ。こっちの世界の私は彼の告白を受け入れることが出来るのだろうか。なんだか少し不安も残ったが、きっと彼なら大丈夫。そう思って信じることにした。店に戻ってからは連日の疲れのせいか睡魔が襲ってきた。いつの間にか私は眠ってしまっていたのだった。



 ◇◇◇



「・・・・・・花、舞花!」


「ふぇっ!?」


 目覚めると、そこは教室だった。目の前には陽斗が居て私を心配そうな目で見下ろしていた。


「大丈夫か? 授業からずっと寝てて、昼休みになっても気づかないからさ」


「そ、そっか。起こしてくれてありがとうね」


 ここは夢、なのだろうか。それにしてもあまりにリアルすぎる気もする。制服を着ている感覚も、椅子の硬さもしっかり感じているから。


「それで、放課後に話があるから教室で待ってて」


 彼はそう小さな声で言うと自分の席に戻って行ったのだった。――ちょっと待て。今はいつなのか。慌てて壁にかかっているカレンダーに目を凝らしてみる。その日付は三月七日。西暦は二〇十七年。忘れもしないのあの日だった。


 次々と様々な思考が現れては消えることを繰り返すこと五分程。少し、自分が置かれている状況を把握することが出来てきたかもしれない。


 私は今、何かしらの理由で中二の私に中身だけが入れ替わっている。そして、恐らくここはBの世界線のままだ。つまり、彼はあのチューリップの花束を持って私に告白をして来る。私がするべきこと、やらなくてはならないこと、それはただ一つ。


 ――。ただそれだけだ。


 放課後までの時間はあっという間に過ぎてしまった。ギリギリまで忘れた状態でいようと授業に没頭していたせいだろうか。SHRが終わっても、私は一人自席でぼーっとしていた。そして、クラスメイトが部活へと向かい一人、また一人と教室を去っていく事に、私の心には緊張が芽生え始めるのだった。


「お待たせ、待ったかな?」


 何分経ったのかは正確に覚えていない。静寂に包まれていた教室に彼の声が響いた。いつもと違って、なんだか尖っている声に聞こえた。


「ううん、大丈夫。話って何?」


 動揺を抑えながら、手を握りしめて聞く。目線は彼と合わせられなくて、右へ左へと彷徨っていた。


「俺ずっと、ずっと前から舞花の事が好きなんだ。話していて楽しいし、とっても落ち着く。舞花と話しているとあっという間に時間が流れてしまうような気がするし、笑顔を見ているだけで不思議と俺も元気になれるんだ」


 そう言って彼は私の元に近寄ると、花束を前に差し出した。それは、さっきまで私がラッピングしていたあの花束。声に出そうとしても、出るのは乾いた空気ばかりだった。


 そんな自分が恥ずかしくて、この場から逃げ出したくなってしまう。彼がこんなに一生懸命気持ちを伝えてくれたって言うのに、私は、また逃げるのか。また同じことを繰り返すのか。そんな風に思っても、私の脳には響かなかった。


 教室には暫くの沈黙が続いた。遠くからは部活動をやっている生徒の声が聞こえてくる。私の足はとうとう堪えきれなくなり、ドアに向かって駆け出してしまった。――その瞬間、彼の手が私の腕を掴んだ。


「待って! 舞花の気持ちを教えてくれないか? もしも、前回みたいに傷つけていたならごめん。でも、辛いなら辛いって、嫌なら嫌って。ちゃんと舞花の言葉で伝えて欲しい。ほらちゃんと前、見てさ」


 そう言って彼は私の腕をグイッと引っ張った。私と彼の視線が初めて交錯する。彼はひどく震えていた。頬も耳も見たことの無いくらいに真っ赤で、目からは涙が零れ落ちそうな程だった。私の気持ちは固まった。たった今、揺るぎないものとなって心に宿った。


「私も、陽斗のことが好き。いつもいつも、素直になれなくてごめんね・・・・・・」


 後半は涙混じりの声で、か細くなってしまったが、私の思いは伝わったみたいだ。彼は私を抱き寄せると、いつものあの温かい笑顔で、私の髪を優しく泣き止むまでずっと撫でてくれていた。それはとても心地よくて、安心する温かさだった。

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