第5話 花束に想いを込めて
「これは、フレンチマリーゴールドの花束です。花言葉はご存知の通り『私を傍に置いて』。紫乃さんから話を聞いた当初は、貴方に感謝の気持ちを伝えたいとの事でしたが、時折、悲しげな表情をされては何処か遠くを眺めている様でしたので心に秘めた想いがあるのではないかと思いまして・・・・・・ここから先はあくまで私の推測ですので、聞き流して頂いても構いません。紫乃さんは貴方の傍にいたいのだと思います。貴方から離れて一人あの街にいる方が苦しく、辛いのだろうと言うのが感じられました。お互いに気を使いあってしまうのもあるかもしれません。しかし、二人で一緒に暮らせる場所に移り住んだ方がお互いにとって良いのかもしれないですね」
夢雨は語りかけるようにそう言って、青年の肩を優しくゆすった。青年は涙でぐしゃぐしゃになった顔を、手で覆うと嗚咽を上げながら更に泣いたのだった。まるで、心にずっと溜まっていた物が一気に流れ出したかのようだった。これが相手の気持ちを汲み取り、一歩踏み込んだ依頼のやり方。私はただただ驚愕し、そして感嘆するばかりだった。
「お見苦しいところをお見せしてしまってすみません・・・・・・確かに、紫乃はいつも僕の為に頑張り過ぎてしまっているところがあって、一緒にいるとかえって彼女を苦しめてしまうと思ったんです。僕に向ける笑顔の裏に辛さを隠しているような気がしてしまって。でも、逆だったんですね」
そう言って、彼は涙を払い真剣な眼差しで夢雨を見つめた。
「貴方に一つお願いがあります――紫乃に僕の今の気持ちを伝えたいです。どうか、花束を依頼出来ませんか?」
あれから一週間後、彼はアイリスの花束を持って紫乃さんの元へ向かったと言う。そして、想いを伝えて、晴れて結婚し二人で暮らせる場所に移り住んだと言うことだった。彼が知らせを伝えに来た時の笑顔は忘れられない位輝いていて、私の心に深く響いた。何度も何度も感謝をし、去っていった彼の背中は初めて出会ったあの日よりも真っ直ぐで、何処か自信に溢れているようだった。
「それにしても、君も中々人を見る目があるね。将来は有望かもしれないな?」
夢雨は笑いながらそう言った。
「私もああいう経験があったから。想いを隠している時の表情って何となく分かるの」
私はそう呟いた。暫く沈黙が続く。店内に流れる軽快な音楽が独り無駄に明るく流れている。
「そっか、でも今回の依頼は大成功だったよ。これは、頑張ったご褒美」
彼は沈黙を押し破る様にそう言って、私に小さなアイリスのブローチをくれた。きっと夢雨が残った花をアレンジして私の為にこんな素敵な物を作ってくれたのだろう。その気持ちがとても嬉しかった。
「あ、ありがとう」
私は半ば照れながら、その日は部屋に戻った。今日貰ったそのブローチを制服に付けてみた。紺碧の小洒落た制服に紫色の花弁がよく映えて、とっても綺麗だった。鏡の前で何度も確認しては、自然と笑顔になってしまった。今日は幸せな日だった。こんなに満たされた気持ちは久しぶりだ。笑顔を運ぶ仕事だけれど、それ以上に素敵な思い出を沢山貰った気がした。
この日以来、私は日記に日々のことを綴ることにした。多い時は一日に二件程依頼が舞い込んできて忙しい日々が続いた。日記には一つ一つの出来事を詳細に書いて、後で見返した時に思い出せるように夢雨に余った花を貰い、押し花にして挟んだのだった。
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