第11話 スターチス
「また来る時は仲良く珈琲でも。」
「はい。」
店から帰る愛香ちゃんを見送る。
「あ、一つ言い忘れてた。」
ふらりと振り返る彼女に託す。
「聖也くんのことは、頼んだよ。」
ゆっくり微笑むと、彼女も微笑んだ。
-------------------- 和解
七海さんからメールが届いた。『今日、学校帰りに店に寄ってほしい』
新作ができたのかと思い、わくわくして行くと七海さんはいつもより険しい顔をしていて、何か別のことだということはすぐにわかった。
「どう、したんですか?」
少し心配になって眉間にシワを寄せてそう聞いた。
すると七海さんは悲しそうに眉を上げて、あの写真を俺に持たせた。
しっかり見たのは初めてで、やっぱり俺と瓜二つの顔がそこにあった。2人でにっこり笑っていて、仲の良さが伝わってくる。
七海さんは俺の座っているカウンターに片手を置いて、もう一つの手は写真の男性を指さした。
「この人祥太っていう人で、私とは友達だった人なの。あなたに、似てるでしょ?」
いつもより準備がよくて珈琲が2杯、もうカウンターに置かれていて。
少し荒々しく、七海さんは喉に沢山の珈琲を流し込んだ。
店の中にはマグカップを置く音だけが響く。
七海さんは話した、彼の事を。
『大西祥太』は大学のサークルで知り合った病弱な人で、おにぎりと珈琲を組み合わせた七海さんの原点。
しかし俺が丁度入院している時期に、脳死で死亡判定になった。
彼は死んでしまったのだ。
-------------------- 『真実』
「だからね、君があまりに似ているから。懐かしいなって、普通のお客さんには見れなかったの。」
七海さんはあの『言葉』すら言わなかったけど。
「聖也くんの友達の愛香ちゃんはね、それに気付いてたんだって。」
きっと俺のことなんか。
「愛香ちゃんと約束したの、私の本当のことを言うって。」
-------------------- 『記憶』
『大西祥太』という名前がなぜか頭に残った。
残ったのではなくて、あったのだ。
どこかで、ぱっと見ただけなのか。そのくらいに薄い印象だったけど、ふと自分の過去を遡ると鳥肌が立った。
「七海さん、俺思い出したことが。」
脳死の場合、本人、家族の同意があれば臓器提供をできる。
ブルガダ症候群を患って心臓に問題が起きた俺は誰かの心臓で生かされていた。
「この俺の心臓は、大西祥太さんのものです。」
臓器は元々合う合わないがあるけど、たまたま自分の体に合う心臓を見つけることができた。
たまたま、偶然、必然かもしれない。
七海にはこの前病気のことを話したことがあった。だから理解が早かったのだろう。
ポケットから取り出した手紙を両手で丁寧に掴み、俯いて涙を流した。
「私、この手紙が怖くて読めなくて。それが自分の生きる価値になってたの。読めるまで死なない、どうしたら読めるんだろうって。」
するとゆっくりこちらを見て、暖かくなった手を俺の胸に当てて鼓動を確認した。
きっと祥太さんの心拍数よりも多く上がっていた鼓動は、俺のものではなくて、しっかりと彼のものだった。
「私も君も、祥太に生かされてたのね。」
人は死に、消滅していくが、生き続けていく。永遠に。
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