第3話

「お疲れ様。辛かった?」

「いえ、あっという間でした」

「それなら良かった。……でも、いくらビルドアップをかけたとは言え、驚くほどタフね、あなた」

「……それも、分からないことなんです」

「ふーん……まあ、いいわ。じっくり話を聞いてあげる」

「はい……」

 

 女性は魔法……グラウンドダッシャーを解除すると、俺に待機指示を出し、歩いて町の入口に立っている衛兵の下へと向かった。

 話している途中、一度こちらを振り向いた。俺のことを紹介してくれているらしい。

 

 どうやら、無事に衛兵を納得させられたようで、こっちへ来いと手招きをされた。

 入口を通る時、決して嫌な感じではないが、衛兵に横目で動きを追われたので、会釈をして門をくぐり抜けた。

 

 村ではなく町で、街ではなく町で、といった具合の、一言で表すなら、老後はここで過ごしたいって感じの、活気と落ち着きのバランスが理想的な町だった。

 

 建物は基本的に煉瓦れんが造りで、温かいオレンジやブラウンの光景が目に優しく映る。道幅にも余裕があって、ごみごみとした印象は全くない。

 

「どう? いい町でしょ?」

「はい。本心で、そう思います」

「でしょ? あたしも好きなんだ、この町」

「すごく分かります」 

 

 ──あれ? そう言えば、この女性の一人称『あたし』なんだな。

 まあ、確かに、『わたし』でもなく『わたくし』でもなく、まして『僕』でもなく、『あたし』が似合う雰囲気ではある。気は強いけど、性根は優しい、みたいな。

 

「それじゃ、あたしの家に向かうから。そこであなたについて、色々と聞かせてもらうわ」

「あっ、その、良いんですか? いきなり……」

「じゃあ、そこらの地べたに座り込んで話す?」

「お邪魔いたします」

 

 よし、と彼女は歩を進める。

 ──彼女? ……まあ、いいや。彼女の一人称を知ることができた記念だ。彼女でいこう。

 

 道中、彼女が町の人から声をかけられる度に会釈を繰り返した。今はとにかく、警戒をされたくない。無害な男でありたい。

 

 そうして歩いていくと、これまでに見てきた民家と比較すると少し大きな、しかし特別に贅を尽くしたわけでもない二階建ての家の前に着いた。

 

「着いたわよ」

「良い、お家ですね」

「あたしのお父さん、町長なのよ」

「ああ、なるほど」

 

 これまでと同様、彼女に付いていくようにして歩を進める。

 

「ただいまー」

 家に入ると、彼女は元気よく帰宅を告げたが、特に返事はなかった。家族は留守にしているようだ。

 

 直前に町長の娘と知り、執事長やらメイドさんやら、最低でも質素なお手伝いさんくらいはいるかと思ったが、まるでそんなことはなかった。

 

 それでも、新しく誰かと出会う度に頭を下げる心構えはしていたのだが、結局、彼女の私室に辿り着くまでに誰かと顔を合わせることはなかった。

 

「それじゃ、そこに座って」

「はい、失礼します」

 

 なんとなく想像はついていたが、彼女の私室もまた簡素なものだった。パッと見た感じ、部屋の中央にテーブルと椅子が四脚、部屋の奥にベッド、あとは両脇に本棚やタンスがあるくらいだ。絢爛豪華けんらんごうかな調度品や絵画などは一つもない。

 

 尤も、西洋風の部屋で、テーブルからタンスに至るまで全て白色で統一されていたので、日本人の俺から見るとちょっとした異世界感はあった。


 先に椅子に座って待っていると、彼女はなにやら水晶玉のようなものをテーブルに置き、俺の正面にある椅子に腰を下ろした。

 

『ダージリンで良いかしら?』のくだりはなかった。

 

「ん? どうかした?」

「いえいえ、何も!」

「そう」

 

 じゃあ、と彼女は自己紹介を始める。

 

「あたしの名前は、セフィラ・リンドブルム。この町の長、サンドラ・リンドブルムの娘で、町をモンスターから守るガーディアンの仕事を任されています。あなたは?」

「あ、僕は、大代大吾といいます。あ、大吾、の方が名前で、その、ファーストネームです。趣味は、じゃなかった、えっと……それ以外は、何も……」

「自分の名前以外、何も分からないの? 出身は?」

「あ、それなんですが……」

 唇を真一文字まいちもんじに結び、意を決する。

「……驚かないで、聞いてくださいね?」

 

 俺は洗いざらい、ではないが、話すべきことを全て話した。

 自分が異世界から来たこと、この世界について何も知らないこと、自分がこれからどうするべきかも分からないこと、それらを彼女に正直に話した。彼女には、正直に話しても大丈夫……むしろ、正直に話すべきだと思ったからだ。

 

「……異世界、か」

「……はい」

「嘘じゃ……ないのよね?」

「はい!」


 十秒ほど、見つめ合う。

 しかしそれは、ロマンスなどとは程遠く、言わば、面接官と求職者のそれだった。

 

 やがて、彼女の方が、一息をつく。

 

「……分かりました。あなたを、信じます」

「ありがとうございます!」

「それじゃ、まずは……簡単にこの世界のことを教えてあげるわね」

「お願いします!」

 

 なんとか、信じてもらえたようだ。まだ、信頼とは言わないまでも、信用くらいまでは。彼女の本来の口調が、こんなにも心地良いとは。

 

「この世界はマナフェリアって呼ばれている世界で、どうやらあなたには衝撃的なようだけど、魔法が当たり前の世界なの」

「当たり前、ですか?」

「そう。人間も、さっきのコボルトも、エルフもドワーフも、二足歩行をする生物はもれなく、魔法を使えるわ」

「全員が、ですか……」

 

 おいおい。マジでガチの魔法世界じゃねえか。しかも、さらっと言われたけど、エルフとかドワーフとかもいるのかよ。いや、立って喋って魔法を使う獣人を見た時点で、そこはなんとなく想像していたけど。

 

「そう、全員。ただし、種族であったり、同じ人間でも、天分によって使える魔法は人それぞれだけどね」

「天分……生まれつきってことですか?」

「その通りよ。経験を積むことで覚えられる魔法は決まっていて、他に習得する方法はないわ」

「なるほど……」

 

 要は、RPGの職業みたいなものだな。レベルの上昇に応じて、新しくスキルを獲得していくわけだ。ただし、天分である以上、転職はできないと。

 

「同じ天分の人は、同じ魔法を覚えるんですか?」

「同じ天分なんてないわよ。外見や内面と同じように、覚える魔法も人それぞれよ」

「ああ、あなたは何何って定義されるようなものではないんですね」

「もちろん。でも、覚える魔法によって得手不得手は生まれるから、自然と生き方や性格は影響を受けるけどね」

 

 なるほど。それで、防御や補助を得意とする彼女はガーディアンの仕事を……フリーズランサーは、えらく攻撃的だけど。

 

「魔法って、何種類くらいあるんですか?」

「それは正直、分からないわね。あたしが知っているだけでも百を超えるし、特定の種族しか覚えられない魔法もあるみたいだし」

「百、ですか……じゃあ、同じ魔法を使う人には中々出会わなさそうですね」

「いえ、そんなことはないわよ。初期に覚えるようなポピュラーな魔法は使い手も多いし、それなりに生きていれば、成人するまででも十以上の魔法を覚えられるものだからね。まあ、性能はステータスによって人それぞれだけど……」

「ステータス……と言うと、何かこう、自分の能力を数値で見たり、みたいなことができるんですか?」

「あら、察しが良いわね。じゃあ、世界のことについてもう少し話してからにしようと思っていたけど、先にそこから済ませましょうか」

 

 と言って、彼女は水晶玉を手に取る。

 

「これがまさにその、ステータスを確認できる魔道具よ。これに触れて念じることで、今の自分のステータスを可視化してくれるのよ」

「それは便利ですね」

「それだけじゃないわよ。これを通じて自分を知ることで、初めて、自分が覚えた魔法を行使できるようになるの」

「ああ、覚えたら頭の中に勝手に浮かんでくるとかじゃないんですね」

「そういうこと。まあ、本当は道具なんか使わなくても、自分の内側に問いかける、みたいなことができるらしいんだけど、今ではそんな人、見たこともないわね」


 文明の利器によって忘れ去られた、あるいは失われた技術、ってところか。便利なものがあると、それはそうなるよな。

 

「そんなわけで、この魔道具を使う一番の目的は、自分を知ること以上に、魔法を正式に自分のものとすることなの」

「なるほど。覚えただけならダウンロード、これで確認して初めてインストール、というわけですね」

「ダウンロード? インストール? 何、それ?」

「あっ、いえ、僕の元の世界にあった言葉です。すみません……」

「別に謝らなくても良いけど……まあ、とりあえずやってみましょうか」

 

 彼女は手に取った水晶玉を、元の小さな座布団のような台座に戻すと、俺を側に呼び、右手を当てたまま念じ始めた。

 

 すると前方の空間に、まるで炙り出しのように、丸い枠と文字が浮かんできた。文字がハッキリと読めるまでになると、彼女は左手で指差しながら、その解説をしてくれた。

 

 セフィラ・リンドブルム

 LV:35

 STR:85 VIT:92 DEX:71 AGI:125 INT:181 LUK:93

 

 ABILITY:マジックブースト

 

 SKILL:ガード、プロテクション、ビルドアップ、アイスエッジ、ヒール、ウォーターガン、アクアフォレスト、グラウンドダッシャー、フリーズランサー、リカバリー、メイルストローム、プリズナー

 

 おお……!

 おおおおおおお……‼

 これは……くすぐられる! 俺の、童心が!

  

 彼女……セフィラの説明によると、ステータスは魔法世界に生きる者としては凡庸、とは言わないまでも、特に珍しくも優れてもいないとのことだったが、アビリティには恵まれたようだった。『マジックブースト』は攻撃魔法の威力を増幅するらしく、『アイスエッジ』『ウォーターガン』『フリーズランサー』『メイルストローム』は迎撃用の攻撃魔法として重宝しているらしい。

 

 その他は補助や回復、撹乱系の魔法のようで、こちらもガーディアンとしての仕事を大いに捗らせてくれているようだ。

 

 セフィラ曰く、ガーディアンは天職ね、とのことだった。水や氷系の魔法に偏ってはいるが、それとセフィラの人間性については何とも言えない。「覚える魔法によって生き方や性格は影響を受ける」とのセフィラのげんかんがみると、『鶏が先か、卵が先か』の話だ。

 

 しかし、一つ気になった点はあった。愚問と思い、あえて聞きはしなかったが……HPとMPがない。

 これはつまり、HPは数値化できるものではなく生命そのもの、MPがないのは……魔法の使用に制限がないということに他ならないのだろう。

 

 とんでもない世界だ。

 改めて、そう思った。

 

「じゃあ、次はあなたの番ね」

「はい……でも、どう使えば……」

「難しく考えなくても良いわ。そうね、『出でよ、我がステータスよ!』とでも念じれば、それで大丈夫よ」

「そんなものですか……」

 

 悪魔、もしくは眷属けんぞくの召喚みたいな念じ方だな。……結構、楽勝そうで助かるけど。

 

 ──よし。

 

「じゃあ……いきます!」

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