銀髪の乙女

 結論から言おう。

 社長は不在だった。

 五層にある社長室と思われる異質な部屋には誰も居らず、作業中と思われる六層も探したが不在。

 このふざけた労働条件では失踪するのも無理は無い。

 俺は顔も知らぬ社長の未来に幸が有らんことを祈り、新しい社長が派遣されるまでその席を温めておく事にした。

 なんせ社長不在でもショップが使えた。

 ならば居ないうちに好き勝手やってやろうと開きなおるのは許してほしい。


 それからはレベルやスキル上げと並行して部下を増やし、自らの能力の研究を始めるようになった。人道から完全に踏み外したその研究は、このダンジョンで趣味の無かった俺を没頭させた。

 最近では食事すら部下に運ばせ、自分で狩に行かないほどだ。


 しかしそんな人間的道徳や倫理をさっぱり忘れたおかげか研究は捗った。

 最大の成果は魂の器の拡張だ。簡単にいえば無理矢理そいつの能力を上げる方法だ。しかし、誰構わず出来るものでは無かった。適合者以外はピクリとも動かない廃人となる。

 適合条件はすぐにわかった。清く歪みの無い魂だ。そこでふと思った。歪みを矯正してから伸ばしてみてはどうだろうかと。

 作業は難航したが無事に成功する事もあった。


 没頭し過ぎてこの研究にどのくらい時間をかけたか判らないが、ダンジョンは八層まで深くなっていた。

 新社長の就任はまだ行われては無い。


 次はどんな研究を試みるか試案していた時だ。ゴブリンソードが血相変えてこちらに向かってきた。

「どうした? 異変か?」

 ゴブリンソードはそうだと言わんばかりに、頭身を回転させアピールしてくる。

「案内してくれ」

 ひさしぶりにゴブリンソードの背後を歩きダンジョン上層にむかう。意識疎通が一方的だとこういった事態に弱い。

 

 思念とか使えるようにならんかね。

 あったら最高に便利なんだが。

 研究するにしても、取っ掛かりがなさすぎて、何からやればいいかもわからない。

 せめてダンジョンのショップにでも魔術書でも置いてくれれば文句もないんだが、問い合わせ先が不明で苦情も要望も送れないのが現状だ。

 欠陥だらけだ。


 そしてそいつらを見た瞬間、ゴブリンソードの慌てようが理解出来た。


「おぉ! 人間!?」

 人間だ!

 これはすごいっ!

 ついにコミュニケーションがとれる。

 このダンジョンの外の知識をようやく習得できる日が!

「すごい!9人もいるのか、もったいないから死体の方から実験する。お前達は捕虜を逃さないように見張ってくれ」

 急がなければ! もしかしたら俺が1番求めていた人材かもしれない。

 5人は死体があるんだ。とりあえず色々ためしてみよう。


 まずは死んでる男に魔術をかける。剥離している魂を無理矢理定着させる。ゆっくり、ゆっくりと馴染ませる。

 出来れば記憶を維持したまま魂人形になって欲しい。兎に角、丁寧に扱う。


 意外だったのはゴブリンも人間も魂はさほど変わらない事だ。

 言語は肉体に依存しているって事だ。

 知能は肉体も魂も関係性があり、能力は魂の依存が大きそうだが、肉体とも切り離せないか。

 魂の研究意外にも肉体を研究する必要がありそうだ。


 施術が終わり、経過を見守る。

 ドキドキする。

 

 そして、むくりと男が起き上がる。


「どうだ? 喋れるか?」

「はい、問題ありません」


 おぉ!すごい。


「体はどうだい?」

「問題なく支配できています。傷もすぐに癒えるかと」

「記憶はどうなっている?」

「無論あります。自分の記憶だとは認めたくはありませんが」

 どうゆうことだ?

「君は国に帰りたいかい?」

「いえ、ここで貴方様のお側で働きたいと思います。よろしいでしょうか?」

「それは助かるよ。喋れるだけでも貴重なんだ。待遇はお世辞にも良くはないが、そのうちなんとかするよ」

「はっ、有難うございます」


 見ず知らずの人の為に働きたいと言う、頭いかれ野郎が爆弾したわけだ。魂の在り方は心の在り方。魂が歪むとまるでそれが本心のようになる。

 しかし、歪ませすぎると廃人になるし、歪みは能力のキャパを狭める事になる。

 ジレンマだ。


「マーティン! 怪我は大丈夫なのか! そいつは誰だ!?」

「お静かに願います。後でわかりますよ」


 捕虜の男が混乱して声を荒げたが、俺が蘇らせたマーティンは塩対応だ。

 

 そんな悲劇の会話より、今は少しでも急がなければ。

「マーティン君、この中で一番優秀な子はどれだい?」

「死体ならそこにうつ伏せにたおれている金髪の男です。生きてる人間だと、その銀髪の女です」

「なるほどね」


 生きてる優秀なやつは最後だ。

 死体の方は早めに施術してやろう。


 おれは次々と死体の施術を終わらせ、ついに生きた人間にたどり着く。

 

「みんな、この人の体抑えて。生きてる人間から魂を抜き取る実験をしたい」

「やめてくれ……」


 みんなが手足を抑え込んでいる間に魂に触れる。

 なるほど、死体とは違うな。

 死体は抵抗がないが、生身は抵抗を感じる。しかし、それ以上にこちらが把握出来る情報も多い。


 抵抗が無くなるように、試行錯誤を繰り返しながら徐々にコツを掴んでいく。

 気づけばあっとゆうまに時間が過ぎて、ついに最後の1人になった。


「じゃあラスト始めようか」


 そう言って始めようとすると、その女がこちらに顔を向ける。


「貴方はなんなんだ? 悪魔か?」


 俺は思わず息を飲んだ。その美しさに。

 てっきり人間卒業して、そういった感情は無くなったと思っていたが、よくよく考えればゴブリンの顔しか見ていなかった。


「悪魔じゃないつもりだけど、どうだろう? これでも元々人間でね」


 その美貌に負けて、ついつい会話してしまう。男のさがてやつだ。


「私の部下達はどうなっている? 別人に乗り移られたのですか?」

「いいや、彼らはそのまま使ったから、紛れもなく本人だよ。ただ魂を少し歪めさせてもらっただけだ」

「捨て駒にするつもりですか?」

「それこそ有り得ないよ。意思疎通できる部下が居なくて困ってたんだ。間違いなく一軍だよ」

「わかりました、抵抗はしません。ただお願いがあります。

 私は歴史に名を刻みたかった。こうなってしまった以上は悪名でも構いません。未来の私を上手く使ってやってください」

「出来る限りは善処しよう」


 見た目は完璧な女性だが、どうも中身は中々にやばい人らしい。


 施術を始める。本当に抵抗は無かった。

 そして驚く事にその魂は余りに美しかった。

 清く歪みは無い。

 なぜ?

 魂は心の在り方を決めるはずなのに?

 そんな疑問が浮かんだが、それより今はこの魂をいじりたい。


 まずは器の拡張だ。

 シワ一つないこの魂は如何程のばせるのか興奮する。ゆっくり丁寧に愛をもって広げていく。

 今までの実験で行ってきた器の大きさは簡単に飛び越え、はるか先の景色をみせる。

 こいつは化ける。

 とんでもない怪物を作れる。

 今まで経験した事のない高揚に満たされる。


 器の拡張が終わった。

 予想を遥かに超えて巨大化した器に関心する。

 後は魂を調整して……。

 ん?


 今まで息を吸うように感覚として理解している作業のはずが、一切手が動かない。

 何故なら、既に完成されているからだ。

 美しく、清い。

 それ以上の事は無い。つまりこれが俺の理想で、他の魂はこれに近づけさせようとしていたのだろうか?

 そうゆう事……なのだろう。


 少しだけいじるなら、彼女の魂が欠ける事が無いように肉体の支配だけは解放させよう。これで完璧だ。


 自分で最高のものが作れると思ったら、既に出来ていたなんて肩透かしもいいとこだが、まぁいいとしよう。


 俺は施術をやめ、彼女をながめる。その在り方を歪めて無いので、反抗される可能性がある。我ながらバカな事をしているが、これも種族特性と思って諦めるしかない。

 抗えない欲求とはあるものだ。

 

「どうだい? 君の場合そうとう飢えているだろうけど」

「ん? 終わったのですか? 確かにお腹が減りました」

「あぁ。君の魂は美し過ぎて、いじる必要が無かったよ。肉体の支配からは解放したけどね」


 銀髪の乙女がキョトンとした瞳でこちらを覗いてくる。

「それは、貴方なりのプロポーズなのでしょうか?」

 理解不能な事を言われたが、よくよく思い出してみると、そう取れなくもない。


「そんなつもりはなかった。魂フェチとでも思っておいてくれ」と苦笑いしながら答える。


 銀髪の乙女は、少し考えたそぶりを見せた後、やっぱり理解出来なかったのか、渋々「わかりました」と言ってきた。


「それで君の名前は何て言うんだい?」

「名前ですか? 生前はフルー・レティでした。しかし、もう魔族側なので改名した方がいいでしょう。人間の名前では魔族の英雄になるのに壁になる可能性があります」

 

 美しい花にはトゲがあるように、美しい魂にもトゲがあるらしい。まったく彼女の思考にはついてはいけないが、こちらにも理がある話だ。


「じゃあ君はヴァルキュリヤだ。どうだい?」

「聞いた事の無い名前です。どんな意味なんですか?」

「戦の女神みたいなものかな? 英雄になるならちょうどいい名前だ」

「わかりました、拝命します」

「俺は七瀬だ。よろしくね」


 銀髪の乙女ヴァルキュリヤはペコリと頭を下げる。

 それと同時にぐぅ〜と彼女のお腹がなり、真っ赤に顔を染め上げている。


 お腹は鳴らないはずなんだけどなぁ。

 不思議な女性だ。

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