日常 20

 それからというもの、生首の部屋だったり、市松人形の部屋だったりを通り過ぎ、ようやく出口が見えてきたところで、葉月の絶叫が小さくなっていく。



「大丈夫?」



 無言でしょんぼりと頷く葉月。心なしか顔が青ざめているようにも見えた。



「ほら、出口だよ」



 希望の光に顔を上げた葉月だったが、突然通路の回転扉が開き、和服姿のチョンマゲゾンビが現れた。


 低い呻き声と共に早歩きで腕を伸ばし近付いてくるそれを見て、初めて恐怖の声を轟かせる透花。作り物ではない。脅かし役の人だろう。思わず目を閉じて顔を背けてしまっている。最後の最後でとてつもないクオリティの高いお化けが透花の浴衣に手をつけた、その刹那。まばゆい雷光が葉月の腕に纏った。


 シッ、と口の両端から短く息を吐き、ゾンビ役の鳩尾に掌底を叩き込んでいる。


 今までえんえん泣いていた彼女とは大きく違っていた。衝撃にて背進した前髪。雷光にて一瞬見えた獅子のような顔は、明らかに普通の女子高生ではなかった。


 葉月を中心として突風が吹きつけたように、お化け屋敷が揺れる。


 ゾンビ役は、葉月の掌底にて、無重力空間にいるかのように大きく外にフッ飛ばされた。



「やばっ……! ヒト……!?」



 言うが早いか、葉月はフッ飛んだゾンビ役の背後に一瞬にして回り込み、受け止める。しかし、受けきれない。大人と子供の体格差はあるだろう。二人はもつれるようにアスファルトへと叩きつけられた。



「いったぁ……」



 偶然かそれとも故意的にか、全て葉月が下敷きになる形となった。



「き、君! 大丈夫か?」


「はい……。あなたは、平気ですか? 魂、痛くないですか?」



 ゾンビ役の人は血だらけだ。本当に血が出ていないか、確認する葉月。



「た、魂? 何や分からんけど、俺は大丈夫や。何を言うてんのか分からんやろうけど、バイト中、突然目の前が光って、えげつない風が吹いたんや」


「よかったです。何事もなくて。とっさのヒーリングが間に合ったんですね」


「えっ? え? ひーりん……?」


「とにかく、無事なら良かったです」



 遠くから葉月を探す声が聞こえる。爆発とは違い、単なる風のようなものだったのでそれほど大事にはなっていないようだ。



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