第386話 アメリカの圧力


 実証研究館に侵入した男たちは、地下の通路の先に三つの人影を見て立ち止まった。

「チッ、警備員か?」


 男たちは銃を構え警備員らしき者たちに向け引き金を引く。乾いた発射音が数回響き、銃弾が警備員の胸や腹部に命中する。


 警備員たちが倒れた。侵入者は倒れた警備員の横を通り過ぎようとした時、よろめいた。血を流す警備員が侵入者の足首を握ったのだ。


「クソッ、死んでなかったのか」

 侵入者は銃弾を警備員の背中に撃ち込む。警備員の身体がビクッと痙攣し手が離れた。


 銃を手にした男たちが奥に向かおうとして立ち止まる。また三人の警備員が現れたのだ。再び拳銃音が響き、警備員が倒れる。


 侵入者の背後で、死んだと思われた三人の警備員が立ち上がった。

「何だ……こいつら?」

「防弾チョッキを着てるんだ。頭を狙え!」


 警備員たちの頭に銃弾が撃ち込まれた。着弾した衝撃で、警備員の頭が揺れる。警備員の頭に銃痕が刻まれ血が流れるが、警備員は倒れない。

「ど、どうなっている」

 侵入者の声が高くなっている。


 侵入者が動揺しているのは、一目瞭然だった。

 額に銃痕が刻まれた警備員が侵入者に襲い掛かる。銃弾が尽きるまで銃が発射された。穴だらけになりながら警備員が侵入者にしがみ付く。


「ウッグアアアーーー!」

 ゾンビと化した警備員が絶叫を上げながら侵入者に抱き着き、その肩に噛み付いた。侵入者は思わず悲鳴を上げ、ゾンビ警備員を突き飛ばす。


 地下の通路は地獄となった。魔法が使える男がゾンビ警備員に向かって<炎弾>の魔法を放った。ゾンビ警備員が炎に包まれ消える。


「魔法攻撃なら、始末出来るぞ!」

「それなら、早く始末しろ!」

 残りのゾンビ警備員が一斉に魔法を放った男に襲い掛かった。その男はあちこちゾンビに噛まれ、血を流しながら倒れる。


「退却だ!」

 侵入者の一人が大声を上げた。だが、その判断は遅く侵入者の全員が引き摺り倒される。


 その一部始終を、俺は警備員室で見ていた。

「あいつらは死んでないんだよな?」

 荒瀬主任が頷く。


「大丈夫です。ゾンビの歯には麻痺毒が仕込まれているだけですから」

 警備員の一人が恐る恐る。


「あのー。本当に、こんなトラップが必要だったんですか?」

「必要だった……とは言えないな。カオルとトラップを仕掛けようと話し合った時に、盛り上がり過ぎてお化け屋敷の仕掛けみたいになっちゃったんだ」


 荒瀬主任は肯定的だった。

「魔法を使える人間も居たんだから、このくらいは許容範囲です」

 地下通路のゾンビは、<ソンビ召喚ゾンビアタック>で幻獣召喚したものである。警備員のゾンビにしたのは、警備用のトラップだったからだ。


 この状況を記録した映像は、証拠として警察に提出された。映像は日本政府の閣僚も確認する。それだけではなく、コピーが諸外国に流れた。


 その映像を見た諸外国のトップは、決まって顔を顰めたという。

 そして、<ソンビ召喚>の映像は抑止力として有効だったらしい。中国黒社会も、その映像を手に入れて見たらしく、それ以来手を出さなくなった。


 ところが、今度はアメリカがじわじわと圧力を掛けて来た。貿易問題と米軍基地の問題も絡めて来たので、総理や閣僚は大いに頭を悩ました。


「総理、新技術の共同開発という形で、少しだけアメリカに技術の供与を出来ないか提案されてはどうでしょう? もちろん、その場合、政府がマナ研開発に補助金という形で技術料を支払う事になります」


 外務大臣が提案した。技術を少しだけという所に、自国の技術を渡したくないという心情が表れている。


 その提案を聞いて、三田総理が、

「待て、それでアメリカが満足すると思うのかね。必ず全ての技術を寄越せと言って来るに違いない」


 話を聞いていた檜垣防衛大臣が、不快そうな顔をする。

「マナ研開発は、自社の技術を他人に渡すような事はしないと思います」

 三田総理が溜息を吐いた。


「判っている。私も総理として、ノーという気概は持っているつもりだ」

「でしたら、マナ研開発が販売する魔粒子を手札として使ったら、どうでしょう?」

「どういう意味かね」


「アメリカがこのまま圧力を掛けるのなら、魔粒子をアメリカだけには売らないと脅すのです」

「だが、アメリカもパワースポットを探し、魔粒子の自国生産を研究していると聞いている」


 アメリカだけでなく、中国やイギリスなどもパワースポット探しを始めている。同時に、採取した不活性魔粒子を活性化させる方法も研究していた。


「マナ研開発から聞いた話では、パワースポットから採取可能な魔粒子の量は、かなり限定的だそうです」

「なるほど。だが、それほどの需要があるものなのかね?」

 三田総理は疑問に思った点を檜垣防衛大臣に質問した。


「我が国の研究者の中には、魔粒子を動力源とする高出力の推進エンジンを研究をしている者が居るのですが、どうやら可能なようなのです」


「その推進エンジンというのは、何に使おうとしているのかね?」

「飛行機やロケットです」

 年々増え続ける膨大な飛行機燃料の消費は、環境問題にもなっている。一部にバイオジェット燃料を使おうと開発している国もあり、日本も研究していた。


 三田総理は環境問題に積極的に取り組んでおり、興味を示す。

「魔粒子は環境に影響しないのかね?」


「当然ながら、二酸化炭素は排出しません。魔粒子は魔力に変換され消費されるので、排出物は不活性化した魔粒子だけのようです」

「ふむ、飛行機の燃料として使うようになれば、その需要は莫大なものになるな」


 総理を納得させた檜垣防衛大臣は続けて告げた。

「それに、アメリカを真似て魔導兵器を研究する国も増えています。しかも、地球上での使用を前提とした兵器です」


 その魔導兵器の開発には、膨大な量の魔粒子が必要らしい。

「魔粒子は非常に重要な資源となる訳だ。ますますマナ研開発の生産技術が重要になるという事か。アメリカが欲しがるのも当然。だが、それほどの重要技術を同盟国とはいえ渡す訳にはいかんな」


 国益を考えれば、当然の判断だった。三田総理はアメリカの圧力を押し返す手段を考え始める。

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